第18話 フェルク・レスタム① 朝・『彩り』を拵えて
出店や、イベント用装飾で彩られた店舗の数々を見て回りつつ。時折、電子掲示板に映るバンドのライブ映像に注目する。
『Another one's Bloom』の演奏が終了すると同時に、曲調が自然な流れで移行した。
「あっ、2曲目がはじまる」
「次は何なんだ?」
「これは『Synthetic Faith』。ミュジ・シャニティのとしこうぞうそのものをひゆした、っていう曲だったはず」
「なるほどな。『トーヴァ・レクシス』がトップバッターを務めた理由が分かった気がするぜ」
ミュジ市で結成されたアーティストで始まり、ミュジ市で結成されたアーティストで締める。
それだけで無く、『トーヴァ・レクシス』には誂向きの曲があり、スタートダッシュを飾るに相応しいアーティスト集団であった。
今回の順番の意味をジンは何となく理解出来たが、同時に気になる事も増えた。
「…そういえば。1年前と2年前のアーティストの順番ってどんな感じだったんだ?」
「『ラ・ダ・リーシェ』は1日目の7番目で、さいしょとさいごはべつのグループがやった。おととしは『ラ・ダ・リーシェ』がトップバッターだった。ちなみに、『トーヴァ・レクシス』は今年がはつさんか」
「マジか。……それはそれとして、大躍進、と言って良いのか? 『ラ・ダ・リーシェ』の配置は。まァ、集客の必要がねェからトップバッターとトリはあんま気にしなくて良いんだろうが」
ポップカルチャーの最先端たる南の島ミュジ・シャニティが新たな音楽イベントを始める、となれば大きな注目を集める。
1年目の時点で大盛況で幕を閉じた、という情報はジンも調べており、トップバッターやトリに贔屓の意味合いは無いと確信していた。
「でも、今年だけミュジ市のアーティストがさいしょとさいごをやる。ふしぎ」
「……ここ最近増えてきている異変に関わるのか? オレの考えすぎかもしれねェが」
とは言え、被害件数が増えている上、自身も結華も遭遇経験のある空間異常からの異変は無視できない。
運営側が何も対策をしていないとも思えず、もう一度電子掲示板に映るライブ映像に注視する。
気合いの入ったパフォーマンスでドーム内を大いに盛り上げる彼らの表情は、とても明るい雰囲気に満ちている。
初参加と思えない程の実力を示し、他のアーティストの人気を食らわんとする程の気概を見せていた。
「イベントの日ぐらい、何も起きねェと良いんだがなァ……」
目の上のたん瘤が何の心当たりの無いまま腫れ上がる。そうした状況をジンは危ぶんだ。
一方、市長室は市役所内にて『フェルク・レスタム』と並行して業務に取り掛かっていた。
少々古いデザインの固定電話が鳴り、市長室の職員の女性が応対する。
受話器を戻した後、彼女はリーゼントヘアの男――ミュジ市市長のバレク・セン・羽島=ジェーオ・ミンドリンの方へと振り向いた。
「全ての海岸線に自動迎撃用術式の配備が完了しました!」
「予定より速かったなァ。これで警察署のお偉いサンも肩の荷が降りるだろ」
ノートパソコンの入力をしている為、市長の椅子から動いていなかったバレクも一仕事終えたような様子を見せる。
実際、懸念事項の1つである、異界から襲い来る怪生物『べモン・ベルス』が海岸線より侵入してくる問題への対抗策が整い。優先的に取り掛かる仕事が1つ減ったのは紛れもない事実だ。
魔導警備隊の負担が減る事で、『フェルク・レスタム』会場のバレルドーム並びにその近辺への警備を強化できる相乗効果もあって、この吉報には市長室の面々は素直に喜んだ。
「お父さんに良い報告が出来ますっ!」
「うちの母さんもきっと喜んでくれるだろうな」
漁師を父に持つ若手の女性職員や海岸へ赴くのを趣味とする母を持つ壮年の男性職員が喜ぶ中、更に別の壮年男性職員が浮かれてはしゃぎだす。
「後は街中に出現する『べモン・ベルス』さえ対処できれば……あっ」
「――かかッ、そうだな! 仕事熱心なのは感心するぜ」
喜びムードが一変し、はしゃいでいた職員も我に返った。褐色肌の秘書が無言で眼鏡のズレを直し、バレク唯1人だけ口角を上げていた。
丁度入力が一区切り付いたらしく、キーボードを叩いていた手は片方を頬杖に、もう片方をマウスの上に置いている。
ブラインドの付く窓越しから差し込む光の反射で、指輪の数々が一層煌めいて見えた。
「まァ、その為に『ラ・ダ・リーシェ』をイベントの最後に据えたんだからな。仕事が目まぐるしく増える訳じゃねェから安心しろって」
どの程度安心出来るのかは明言しない。その事実に他の職員は背筋が凍る思いをした。
言い出しっぺのお調子者は1人、失言に強い後悔を覚えていた。
一方で、落ち着かない様子で腕時計を確認した若手の赤髪の男性職員が、「あのっ」と手を挙げる。
この短い所作だけでどの用件かを把握しているバレクは直ちに反応を示した。
「おォ、もう10時半かヨウヘイ。『オヒメサマ』達迎えに行くんだろ。気にせず行って来い」
「『ゲート』の出現位置はスマートフォンに転送済みです。ではお気を付けて」
「はいっ、失礼します!」
急ぎ足でも礼儀の所作を忘れずに。ヨウヘイと呼ばれた若手職員は市長室の集まる部屋を出て駆けて行った。
足音が聞こえなくなった頃合いで、女性職員の1人がバレクへ向け尋ねる。
「しかし、何でヨウヘイなんですか? ……いや、まあヨウヘイの持つ能力が彼女達の支えになるのは分かるんですが」
「何だ? オマエも行きたいってか?」
「それは……っ! …そうですけども。だって、違う世界の住人、それも可愛らしい女の子だなんて! 羨ま…失礼。素敵じゃないですかぁ!」
所々本音が漏れている女性職員の発言に空気が冷え込む。サブカルチャーにある程度の理解があるバレクですらも、サングラスがズレる程の唖然を見せた。
唯一、秘書だけが顔色1つ変えていないが。光の反射で見えなくなっている目に宿る感情は察する所がある。
「オマエを行かせなくて正解だったかもしれねェな……」
「同感です」
静寂が訪れた部屋で、先程母の話をした壮年職員が恐る恐る手を挙げる。
秘書と市長の2人に発言を促され、咳払いをしつつ尋ねた。
「…あの、『オヒメサマ』、でしたね。市長室に入ったばかりのヨウヘイに任せる理由は私も気になります。……いや、彼女と同意見という訳では無くて」
「――んなこたァ分かってる。…んで、ヨウヘイに任せる理由だったな。単純にメンバーの中で最年少だからだ。アイツまだ21だろ」
「は、はぁ。確かにそうですが……」
「年離れてっとォアイツらが気を遣うだろ。便宜上は観光客なんだから気疲れさせても悪ィ。来る来ないは向こうの都合にしろ、どうせなら楽しませなきゃァな」
「!」
両手を組みながら腕を伸ばすバレクの言葉は真摯さそのもの。この島が存在する理由に深く切り込む発言には、一同納得せざるを得なかった。
目だけを彼に向ける秘書が、微笑みを浮かべたのは見間違いでは無いだろう。
「もてなしの心を忘れるなよ。ココ『ミュジ・シャニティ』は生活圏以前にポップカルチャーの最前線だぜ。常々、民衆の思う『楽』とは何かを念頭に置いておけ」
緩みつつあった空気が引き締まるのを実感する。切り替えの速さにバレクは顔色1つ変えないまま、高く評価するのだった。




