第17話 開幕『クレッシェンド』
子ども達3人が巨大人型に襲われた事件は、思いの外事を荒立てずに済んだ。
発生日時が『フェルク・レスタム』前日というのもあるだろうが、当の被害者である子ども達が怪我をした自分達の身よりも、1人現場に留まり巨大人型の相手を引き受けた中学生の少年の身を案じたのも結果に多大な影響を及ぼしている。
通報を受け、駆けつけた魔導警備隊9番隊が到着した頃には巨大人型の姿は確認出来ず。現場に居た少年の証言から、消滅したものと一先ずは断定する事となった。
……現場にもう1人、幼い少女の姿が発見されたが、少年と彼女の証言から事件とは無関係であり、尚且つ少年の身内である事が判明した。
そして、翌日。巨大人型を相手取ったとされる少年――屍守 ジンは。
朝10時前時点で、ミュジ市にあるミュジ中央総合病院の一般外科に居た。
「ふぅむ……」
4番診察室の担当医である丸眼鏡を掛けた僅かな口髭の、恰幅の良い丸刈りの医師がジンの触診を行う。
色白の細い腕を両手で軽く握られつつ、少々時間が掛かっている状況に少年は息を呑んでいた。
それから少しして、医師は両手を離し少し下がる。
「今回診るのは魔力の運用機能だったね。…レントゲンからは異常が見られないし触ってみても特に異常は無い。至って正常だし健康体だよ君」
「そ、そうなのか……」
無茶な運用をしたという自覚はあったが、何も問題は見られない事に寧ろ驚愕する。
彼の体に少々疲労感こそ残ってはいるが、前日の夜に泥のように眠っただけで今朝の食欲は十分にあった。
曾祖母のエツコからも強く推奨されて来てはみたものの、問題無しとの診断を受けて拍子抜けを覚えた。
「それで、まだ疲れが残ってると」
「ええ、まあ…」
「体の動かし過ぎだね。今日一日体を休ませるのを意識すれば良くなるよ。心配なら栄養剤を処方しようか?」
「いえ、大丈夫…の筈です。これから祭りに行く予定なんで嵩張るし、義妹に心配かけさせるのも気が引けるんで」
「君の事なんだが…。まあ、君がそれで良いならそうしよう。では、お大事に」
「ありがとうございました」
診察を終え、ジンは挨拶をしながら部屋を出る。
彼の姿を見送った丸刈りの医師は、看護師の追記を足したカルテを受け取り、その内容に改めて目を通す。
何より目を見張るのは、異質と呼べる程の自己回復能力。傷は直ちに癒え病気も長引かない、健康に生きる事を義務付けられたような、特異体質。
「…あいつが言った『霊に愛されている』、とやらは事実かも知れんな……」
そもそも、ジン当人が発言する事を予測されていた魔法能力と、今回発現した骨を生成する能力は一致していない。
全く別の力に目覚めたが、驚くべき事に彼の従来より持つ性質との相性は極めて良好であった。
そして。骨を生成する能力は応用力の高い、つまりは、彼自身の成長に比例して出来る事が増える可能性が濃厚である。
「仕込みを疑う程、彼に都合の良い力だ。これも、魔女の血が成せる業なのか……?」
医師は知る由も無い。今しがた部屋を後にした少年を近くより見守る存在が居る事を。
◇◆◇
診察室の通路を抜けて、人だかりの出来ている会計へとジンが歩いてくるのを少女と老婆が目で追う。
少女の名前は七桜 結華。現在屍守家に居候しており、行方不明の姉を探している黒紫の髪と薄ら紫の肌を持つ幼い少女である。
老婆の名前は屍守 エツコ。『魔女の料亭:アルテ・モファウ』の経営者にしてジンと結華の保護者である。小柄で痩せ細ってはいるが、只者でない雰囲気を持つ。
大事を取って同行した2人はジンの顔色に然程変化が無い事から、何時も通りに接するのだった。
「お兄ちゃん。どうだった?」
「特に問題はねェんだと」
「それじゃあ、経過観察も要らないんだね?」
「かもな。今日一日は休息日にした方が良いとの事だが」
会話の後、受付番号が電子掲示板に表示されるのを見て、エツコが会計窓口に向かう。ジンは結華の右隣に座った。
こちらも、何時も通りの無表情ではあるが、時折ぱたぱたと座りながら足を振る様子は年相応の児童に思えた。
「『フェルク・レスタム』にいってももんだいない?」
「制限とかも何もねェな。まあ、疲れも抜けてねェが」
「色々、見て回れる?」
「はしゃぎすぎて、振り回さねェでくれよ」
「うん、分かった」
担当事務員に丁寧なお礼を述べた後、エツコが窓口から戻ってきた。全員揃い、出立の準備を整える。
「それじゃあアタシは一足先に戻っとるよ。楽しんどいで」
「あァ、世話かけたな。じゃあ行ってくるぜ」
「おみやげ、きたいしてまってて…」
そのやり取りを皮切りに、病院の外で解散する事になった。
時刻は既に10時を過ぎていた。病院から300m程離れた繁華街は何時も以上に人混みが出来ている。
視界に映る範囲だけで何千、何万と居そうな彼らの賑わう様相に、ジンも結華もイベント開始後だと確信を抱いた。
今年の開催を以って通算3回目となる、音楽の祭典『フェルク・レスタム』。ミュジ市中央エリアの一角を担うバレルドーム内に、総勢40組のアーティストが国内外より集う。
2日を掛けて、全員が持ち曲と人気の曲、それから新曲を含めた3曲程度の番を割り振られた上でライブを行い。1日20組ずつ、更に昼の部と夜の部に分かれてそれぞれがこの大舞台へ持ち味をぶつける、そんな祭りだ。
ドーム内では直でライブが見れる他、ライブ映像とドームの熱狂ぶりは生中継という形でミュジ市に点在する電子掲示板により外部からでも閲覧できるようになっている。
現在は開始直後と言う事もあり、トップバッターを務める『トーヴァ・レクシス』の1曲目、『Another one's Bloom』が現在流れている。
『Another one's bloom』とは、4ピースのオルタナティブ・ロックバンドである『トーヴァ・レクシス』が1年前にリリースした、静かな導入から爆発的終盤へと緻密な全体バランスによって繋げていく静と動を体現した楽曲。
発表された当時は『ラ・ダ・リーシェ』を特に意識しているのでは、と第一報の段階で噂されており、MV公開とリリースで全容が明らかになれば疑惑は確信に。
最初期こそ物議を醸したものの、既に1年が経過した今となっては根強い人気を得られており、1回目のサビに入る頃合いで会場は段々と盛り上がっていく。
電子掲示板周辺にも、いつの間にか人々が密集している。
「すっげぇ、流石ポップカルチャー最先端の島。トップバッターすら無茶苦茶上手ぇ!」
「絶対に失敗させねえ、っていう意思を感じるな。けど、この衣装何だ?」
「鰭とか鱗みたいな装飾を付けてるの、あれこの島の流行?」
「いや、あれは違う。……ほんと、同じ日にライブを出来ないのが口惜しいな」
口々に『Another one's Bloom』や『トーヴァ・レクシス』メンバーへの感想を述べる民衆。その中には、明らかに島外から来たであろう人々の発言もあった。
ジンもカメラ映像を切り替えながら映るメンバーの容姿を見る。見るが、特にこれといった感想が出て来なかった。
気まずさを露わにする義兄の様子に、結華が顔を下から覗き込んだ。
「お兄ちゃん。どうしたの?」
「い、いや。何つーか、独特のセンスだな、ッつうか……」
「ひょっとして、あんまりくわしくない?」
「……」
珍しく歯切れの悪い彼は図星を付かれ、顔を赤くする。軽く俯いた後、恥ずかしそうに目を逸らした。
「クラシックとかなら? ――授業でやってるから分かるけども。最近のバンドとかは、さっぱりでェ。……悪かったな……」
結華の本来の目的に協力する、という事で『フェルク・レスタム』に来たのは良いものの。主な催し物である音楽に関しては知識が疎い。
参加アーティスト一覧を見て調べてみても、出演するバンドやグループの曲を全然聞いた事が無いジンは開催日当日になっても分からずじまいで居た。
まごつく彼の姿が余程、おかしかったのか、結華はくすくすと笑った。
「な、何だよ。ユイカ」
「お兄ちゃんにも、ふとくいなことあるんだね、って。分かった。わたしがおしえてあげるね」
「……すまねェな」
『フェルク・レスタム』を人探しの機会だけと捉えていなかったようで、結華の方は事前知識に富んでいた。
折角の機会を楽しむべく入念な準備を整えていた結華に主導権を託し、ジンもまた、祭りを楽しむ事にするのだった。




