第15話 『骨子』は常に共にある
立ち上がろうとする己を支える骨をジンはちらと見る。
構成要素はあくまで、骨を模した魔力の塊。曾祖母譲りの能力なのか、一目見ただけでそうだと確信を抱いた。
「発現……発現したのか? まだ粗いが十分、だろう…」
握っている箇所の太さは先の枝と大差無い。1.2倍も長くはなっているが今の自分が最適な物として生み出したのだと彼は考える。
少し地面にめり込んでいた先端を引き抜きつつ、体のふらつきを抑えてようやくジンは立ち上がる。
体の痛みはすっかり感じなくなっており、寧ろ、体が軽い事に驚いた。
前のめりの姿勢は手負いの獣の様に見える。この間にも傷は癒えていくが、彼自身は今に相応しい様だと思う。
息を整えつつ睨む目線は勇者型を見据える。先程まで彼を嗤っていた顔は一変、元の無表情に戻っていた。
「嗤えねェ、ってかァ? 元からそうだったろうが」
様子の変わった巨大な人型達に怒鳴る。所詮こいつらは抵抗出来ない、力無き者を甚振る卑劣な輩に他ならない、と。
沈みゆく日と共に暗くなっていく空。付随して、彼の眼差しは灰色の光を帯び始める。
骨を握りしめる力を強めれば、3体の怪物が少しずつ下がろうとしているのが見えた。
発現したばかりで、この骨を模した物体を作り出す力が何なのかは彼自身にも分からない。だが、使える物は使う。それだけの事だ。
睨み合いの続く状況を変えようと、緑の魔法使いが先と同じように火球を落としていく。
「……」
視線を火球へ移したまま、ジンは今度はその場から動かない。直後に勇者型と戦士型を見る。
剣や斧といった得物を持っているにも関わらず、仲間の攻撃の範囲から離れている。
「追い打ちを掛ける絶好の機会、とは見做さねェのか」
剣と斧の間合いはジンの持つ骨と比べ物にならない程広く、火球が着弾する直前まで攻撃する、という連携もあり得た筈だが。
連携をする様子はまるで無く、自分達が火球の影響を受けないよう遠ざかっていた。
「……見方を変えれば考えも変わる、か」
自らが傷つくのを良しとせず、安全圏から相手を甚振り楽しむ。
今まで戦ってきた異形達とは程遠い卑劣ぶりに闘志は一層研ぎ澄まされていく。
連携をしてこない。ならば、突破口はある。
己が得た骨の力を信頼し、行動に移る。
逃げる必要は無い。真っ向から叩き伏せるのみ。着弾まで残り3mの段階でジンは骨を構え、一気に踏み込む。
直後に発生した大爆発の連鎖。ジンの姿が見えない事に魔法使い型の顔が歪んだ束の間。
生じた爆発を突っ切り、爆風の勢いを利用して中段に構えた骨を、ジンは横薙ぎに振るう。
「おおォッ!!」
構えて防御するという考えは無かったらしく、あっさりと直撃した骨が魔道士型の頭を粉砕する。
見た目の割に頑丈、なんて事も無く。灰色の火の粉を撒きながら当たっていく骨は勢いを維持したまま、怪物の顔面を削り取った。
散らばっていく砕けたブロックの数々。カラフルなものは表面を形成する物だけであり、その中身は色が抜け落ちたような、灰色に近い暗色だらけだった。
内側に近づくにつれ、暗色の濃さが増す中身をジンは顔色1つ変えずに凝視する。
「…ハリボテか」
寧ろ、構成に用いた物質を考えれば妥当だろう。ジンはそうとも思った。
活動を停止した魔法使い型の人型は後ろへ倒れていく。地面に接触する瞬間にジンは倒れるブロック塊を踏み台に飛び、衝突の衝撃を回避する。
同時に、ブロック塊は砕け散り、粒子状に分解されて消えていく。
ブリキ人形の時と同じ現象を目にし、ジンは魔法使い型の撃破を確信した。
しながら、軽快な着地をする。次、と言い出しかけた時、振り向きざまに戦士型の斧の刃が迫ってくるのが見え。
斧の軌道に合わせてフルスイングをぶつける。またも火の粉が軌道を描き、斧の触れた箇所を容易く砕いた。
この結果に首を動かし反応を示したのを見逃さない。斧の刃を裂きながら安全を確保したタイミングで跳躍し戦士型の目と鼻の先へ出る。
得物を壊された戦士型もまた、碌に動けないまま頭を抉り飛ばされ活動を停止する。今度は両膝を突いた状態で消滅していった。
残るは、勇者型。状況は1対1となりジンの優勢が揺るがぬものとなる。
彼の灰色の視線が合った時、確かに青い人型はたじろいだ。どころか、少しずつ後退ってすらいる。
強者に対し恐れを抱いているかのよう。仲間の2体を短時間で倒されれば、この様子になるのも無理は無い。無いが、返ってジンの神経を逆撫でする行いだった。
「今更、逃げるのか。ガキ共追い回す癖して、逃げるのかァ!!」
見つけた頃の子ども達の様子と然程変わらない行動ならば、尚の事。
元より逃がすつもりは無かったが、倒し切る方針をより強固にする。
「ああああァッ!!」
荒々しい咆哮と共に地面を擦らせ骨を振り回す。構え直したと同時にジンは突撃した。
一歩踏みしめ。力強く蹴っていく度に、足跡が刻まれそこに灰色の火が残る。子ども達が巨大人型に恐怖したように、勇者型もまたジンの今の姿に恐怖した。
先の欠けた剣を振り下ろされるが、追随する風圧も大質量が生む威力も彼を阻むに至らない。
薙ぐように上段へ振るった骨の先端が砕き、振る勢いを利用した追撃で更に破壊していく。段階的な武器破壊は解体作業の様相を見せていた。
最早柄の先に短く付いている程度のそれを叩き落とし、勇者型の懐へ飛び込む。
勇者型は慌てるように左手の盾を構えるが、全くと言っていい程使ってこず、今更進行方向上に来る円状に広がる巨大物体は、寧ろ好都合であった。
盾の上に着地し、間髪入れずに骨の強打を叩き込む。表面の亀裂に確かな効果を実感し。
「オマエなんぞ、勇者じゃねェよ!!」
直ぐ様もう1発。亀裂の中心へと当てた事で盾もまた砕け散った。阻むものが無くなり、ジンの目は近づく無表情の顔を捉えた。
空中で1回転。構えを変えたジンは槍投げの要領で手に持っていた骨を投擲する。漲る力のままに投げ飛ばしたそれは勇者型の顔面へ深々と突き刺さった。
勢いと衝撃に押され仰け反っていく巨大人型に追撃すべく、もう1本の骨を新たに出現させる。振り上げる骨の狙いはただ1つ。
「――アイツらの分! 受け取れェェェ!!!」
顔面から突き出る骨を更に押し込み完全に入りこませる。途端に、勇者型は活動を止めた。
空中で緩やかに回り、勇者型だった残骸へ掴まると、顔面の砕けた人型が背中から倒れ始めた。
地面に激突する寸前で跳び、ジンは軽快な着地を見せる。振り向くと、勇者型も体が崩壊しつつあった。
周囲を見渡すが、他に巨大人型の仲間らしき存在は見当たらない。戦いが終わった事を実感すると緊張の糸が解けた。
強い疲労感が全身に襲いかかる。最早立っていられないと思ったジンはその場に背中から倒れ込む。
手放した骨が軽快な音を立てる。一方で彼は目を瞑りながら息を荒げていた。
「はァ…、はァ…。もう、動けねェや……」
怪我は治っても使った体力まで回復している訳では無い為、活動限界が近かった。
その前に決着が付き、ジンは深く安堵した。
「…アイツら、無事帰れたんだろうな?」
巨大人型から逃げ切れるよう時間を稼いでいる間に、別の異変に襲われては元も子も無い。
……そんな最悪の状況は考えたくも無いが、異変は突如として出現する。この性質がある以上考慮しない事は不可能だ。
状況が落ち着いてきた頃合いで子ども達とシノの身を案ずる矢先、誰かを呼ぶ声が段々と聞こえてきた。
「――おーい! 誰か、居ないのかー!?」
「ジンくーん! 居るなら、返事してくれー!!」
「……誰だ?」
声に答えようとしても、体を起こせる程の余力は残っていない。それでも何らかの反応を返すべきだろう、とジンは起き上がろうとする。
倦怠感と疲労感に阻まれながら藻掻いていると、近付く人影が目に映る。
注意をこれに向け、ジンはようやく正体に気付く。結華の姿だった。
「お兄ちゃん。だいじょうぶ?」
聞き慣れたその愛嬌すらある声に、ジンは更なる安心感を抱く。
無理に起き上がる必要は無いと判断し、呼ぶ声は一旦無視する事に。
「あァ。……と、言いてェがこのザマだ。笑えるだろ?」
「わらわないよ。お兄ちゃんががんばったあかし、だから」
「…分かるのか?」
「うん。――もっと、たのもしくなってる」
的確に、欲しい言葉を掛けてくれる彼女が時折末恐ろしくなる。だが、この労いの言葉が良く身に沁みるのもまた事実。
報われた気がする。そんな思いが彼の心を軽くしていた。
「『あきらめわるく生きるから、りそうにたどりつける』だったよね、お兄ちゃん」
「あァ、そうだったな。諦めなかったから、オレも強くなれたんだ。……だが、これで満足するつもりもねェぞ」
「うん。今日よりも、ずっと。りそうにちかづけるように」
「頼りになる奴に」
「お姉ちゃんに会えるように」
「「なってやる」」
呼ぶ声の主である、緊急出動した魔導警備隊が2人を保護したのは、この10秒程後の事だった。




