第14話 伝播する『意思』
河川敷から急いで離れ、気付けば繁華街へと辿り着いていたシノ。
3体の巨大な人型が追ってきていないのを把握し、息を荒げながら子ども達の様子を見る。
彼らもまた、怪我が増える事無く付いて来れていた。
疲れきった様子ながら、逃げ切れた事に安堵している。
「…怪我の具合を見ないと!」
日没は近付いてきている。ジンが体を張って稼いでくれた時間を無下に出来ないとシノは急いで3人の怪我を見る。
泣き腫らした顔の子ども達は、少し落ち着いて会話が出来そうにあった。
「ねぇ、痛むところはある?」
「ここと、ここ……」
黄緑髪の少年が指し示したのは、膝と前腕から肘にかけて出来た擦り傷。怪物のしてきた仕打ちの凄惨さを目の当たりにし、彼女は思わず息を呑んだ。
街灯が灯り始める中、怪我をした子ども達がぐすぐすと音を立てる様子は、他の通行人達の注意を引く。
ざわつきが聞こえてくるのを背中で知りつつも、シノは子ども達への対応を優先した。
「痛みは我慢できそう?」
「…うん、けど、はやくなんとかして」
「分かってる。…他は? 寒いとか手が震えるとかはある?」
「…いたくて、わかんない……」
黄緑髪の少年は自分の怪我よりも気になる事があるようで、悩みながらもそれを口にした。
「……ねぇ。あのおにいちゃん、だいじょうぶかな…」
あれから少し待てど、ジンの姿は見えない。3体の怪物を相手取り、河川敷にまだ留まっているのだろう。
シノもまた心配であるが故に口を引き結ぶ。堪えたところで彼女は答えた。
「――大丈夫だよ! 大丈夫、大丈夫!」
無理な作り笑顔は返って子ども達を不安がらせる。だからこそ、精一杯を。
見せた笑顔は、彼らを泣き止ませるには十分だった。
役者を出来た自分を心の中で褒めながら、直ぐ様シノは続ける。
「すぐに元気な姿で、顔を出してくれるよ!」
そうは言ってみせる一方で、「本当に?」と問いかける彼女自身が居る。
「貴方が彼の何を知っているの?」と続けて問う彼女が論拠とするのは、1年前の暗い影のあるジン。
入学したばかりの彼は心を閉ざしており、誰に何を聞かれても淡白とした言葉を返すばかりだった。
重い過去を引き摺る彼を今と変わらない姿にするのには、長い時間を要した。
それは、根負けしたからなのか、シノという人物を信用したからなのか。彼女自身にも明確な答えは出ていない。
見せる笑顔を崩しにかかる自問自答に、彼女は同じく論拠をぶつける。
義理の妹が出来た事で、一層明るくなった彼の姿を。今、信じている彼自身を。
「あんな奴らに、負けないんだから!」
最後に見た彼の目には、成し遂げんとする決意と、強い説得力が宿っていた。
彼ならば、あの怪物たちを倒してくれるに違いない。あわよくばではなく、必ず。
ジン譲りの勇気を抱いた眼差しは、子ども達にも安心感を分け与えた。
逃げ出したばかりにいたたまれない様子だった、ショウという名の青髪の少年も、涙を拭いて顔を上げる。
「……もう、いたみなんてない。へっちゃら」
立ち直ったショウに続いて、黄緑髪の少年も黄色髪の肥満少年も彼に倣う。
「たすけてくれたおにいちゃんのために、できること、ある?」
「――たすけをよぼうよ。あのにいちゃんがボクらをたすけてくれたようにさ」
3人がジンを助ける為の方法を考えようとする最中、騒ぎを聞きつけ、ある大人達が駆け付けた。
「ショウ! ショウ! 無事か!?」
「メルズちゃん! どうしたのその腕!」
「ポゥノ! あんたまたショウくんに迷惑かけたのかい?!」
ショウの父と、メルズと呼ばれた黄緑髪の少年の母と、ポゥノと呼ばれた肥満少年の母だ。彼らは腕や肘の怪我を近くで目の当たりにした途端、血相を変えた。
しかし、身を案じる子ども達が怪我を痛がっている様子は無く。顔が合った彼らは意を決して家族に相談を持ち掛けた。
「ねぇ! たすけたいひとがいるんだ! どうすればいい?」
ショウの問いに、父親は間髪入れず答える。
「うぅん、そんな時は消防か警察を呼べば良いかな?」
「おおきな、かいぶつにおそわれてるの! こんなときは!?」
続いて、メルズが母親へと問う。困った顔をしつつも、少し間を置いてから答えた。
「警察の、魔法犯罪対策課に連絡…かしら。…でも、その怪物なんて、どの部門が対応するのかしら……」
「普通の獣害なら猟師に掛け合うのが正しいですけど、魔法生物であれば市の消防団と警察の魔導警備隊という組織なら対応してくれる筈です。猟師の管轄を越えますので」
メルズの母の疑問にショウの父が直ぐ様答え、ポゥノもまた自分の母へと問う。
「かーさん、まどうけいびたい、っていますぐしゅつどうできないの?!」
「今すぐ、ったって出来る訳無いよ! それなりの準備が居るってもんだい!」
この問答をしている間にも、時間は経過していく。逸る気持ちを隠せない子ども達に、寄り添おうにも期待に答えられそうに無い大人達は申し訳無さを感じていた。
そんな彼らへと、更に歩み寄る男が。
「あの~、少しよろしいですかぁ?」
ショウの父のフォーマルな服装と違い、カジュアルな出で立ちの若い彼は気だるげな様子で会話に加わる。
一同が静まりながら視線を向けるのを目の当たりにしつつ、彼は平然と続ける。
「さっき、聞き間違いが無けりゃ。魔導警備隊、と聞こえたんですが…何かあったので?」
「「「おにいちゃんが! かいぶつにおそわれて! ピンチなん」」」
「だ!」「です!」「だよ!」
ショウ、メルズ、ポゥノの3人による必死の訴え。これに気圧される事無く、若い男は冷静に再び尋ねる。
「場所は? 何処で襲われてます?」
「むこうの、かせんじき」
ショウが指差すのは、逃げてきた方向。その方角を見るやいなや、男の気だるげな表情が一瞬にして引き締まった。
口元を抑え、「川の近くでも、出没出来るのか……」と呟き、それから子ども達に向き直る。
「――なるべく早く手配しましょう。人命が掛かってると言えば向こうも無下には出来ない筈」
「あっ…ありがとう!」
メルズの感謝に微笑みで応対する彼の正体が分からず、親達は戸惑いを露わにする。
そんな中、ショウの父だけはその白いメッシュの混ざる濃灰のパーマヘアと隈のある青い眼に、既視感を抱いた。
「…し、失礼を承知で伺いますが、もしや削星 ゼンタロウ様ですか……?」
「はい。今日は非番だったんですけど、緊急事態なんで致し方無し、ですかね」
魔導警備隊8番隊所属の、組織の主戦力の一角を務める男。そんな男が子ども達の願いに答えたという事実に大人達と、熱気の外に居たシノは驚愕を露わにした。
営業スマイルと形容出来る作り慣れた笑顔を見せた後、ゼンタロウの青く鋭い目は事件現場である河川敷の方を睨むのだった。
一方、屍守家のダイニング。カーテンを閉め照明を付けたその部屋では結華が部屋着でお絵描きを楽しんでいる。
ジンのそれとは比べ物にならない程稚拙なものではあるも、夜闇のような目はにこやかで、鼻歌交じりに絵を描く手は進む。
そんな中、テーブルに置いていたジンの指人形が小刻みに震える。結華が視線を向けると、震えは増々強まった。
「――お兄ちゃん?」
初めての現象に、原因が何かを考えているとエツコが部屋に入ってきた。
「おばあちゃん」
「ジンはまだ帰ってきてないようだね。…遅くなりそうだから、迎えに行ってくれるかい」
「分かった。おばあちゃんは行かないの?」
「アタシは夜まで仕事だからね、まだ手が離せないのさ」
「じゃあ、行ってくる」
席を立ち、速やかに自室に行こうとする結華をエツコは「まあ待ちな」と引き止めた。
「どうしたの?」
「オマエ徒歩で行こうとしてるだろ。近くまで送ってやるから、着替えたらココに戻ってきな」
「どうやって?」
「どうやってってそりゃオマエ。アタシは魔女さね」
この一言に納得した結華は、改めて着替えに自室へ向かうのだった。




