第13話 『勇ましき者』
「うわぁぁぁぁん! うわぁぁああ!!!」
「ショウちゃん! ショウちゃん! どうしよおお!!」
黄緑の髪の小柄な子どもが泣きじゃくり、黄色い髪の肥満少年が青髪の少年へ叫びながら抱き着く。
小柄な子どもの手には携帯用ゲーム機がしっかりと握られており。その液晶画面に「GAME OVER」の文字が点滅する。
ショウちゃんと呼ばれた青髪の少年は、震えながらも拾った枝を構えようとした。目の前より迫る巨体の怪物達へ。
「や、やい! このショウさまがあいてだぞ!! ぼくは、ゆうしゃなんだぞ! おまえらなんか、こわく、こわ、く……」
自分を奮い立たせる為に、必死に考えた言葉を大声で唱える。が、それでも3体の怪物は依然として迫りくるばかり。
残り5mを切ったところで、堪えていたものが決壊した。
「――うわぁぁぁ!! やっぱりむりだああぁぁぁ!! だれかぁ、たすけてぇ!!」
一番前へ出ている勇者を模した大きな青い人型が、その右手に握る剣を振り上げ始める。
わざとらしくゆっくりと上げていき、子ども達の恐怖心を掻き立てたところで、速やかに振り下ろす。
その瞬間、勇者の無表情が嗤ったように見えた。
――数秒後、目を背けるように固まりながら背中を晒した子ども達は何も起きていない事に気づき、恐る恐る怪物達の方を見る。
青い勇者は剣を中途半端に止めて動かない。少し体を起こしたそれの視線の先を、涙に塗れた目で追う。
そこには、白と黒に分かれた髪をした一人の少年が立っていた。大柄でも小柄でも無い、平均的な身長の彼は足元にあった大きな石を拾い上げる。
直後、石を力強く投げ飛ばした。さながら剛速球と形容できるそれは青い勇者へと迫り――――。
――――小気味の良い金属音が開けた空間へ響く。青い勇者が左手に持つ盾が、石を防いだ為である。
これと同時に、白黒の少年は大きく息を吸い込み、そして。
「――走れェ! ガキ共ォ!!」
固まってばかりだった子ども達に逃げる事を促す。誰かも分からない相手だったが、一瞬見えた灰色の力強い眼差しがとても心強く見えて。
「「「うわぁぁぁぁぁぁん!!!」」」
一目散。涙と鼻水を撒き散らした無様なものではあったが、命拾いをした事に変わりはなかった。
最早、何が見えているかも分からない滲んだ視界で、ただ足がもつれないように気を付けながら。
「――こっち、こっちだよ!!」
向かった先から聞こえてきた少女の声に従い、そのまま真っ直ぐ突き進む。進んだ先で待っていたのは柔らかい感触で。3人を優しく抱き止め迎え入れた。
「怖かったのに、よく頑張ったね。えらい、えらい」
誰かも分からない、ぼんやりとした輪郭の焦げ茶の人に、涙と鼻水を付けてしまう事を幼心ながら申し訳無く思いながらも。
今はこの感触に安心感を覚えた。
◇◆◇
「ふゥーーーーッ……」
慣れない大声を出した直後のクールダウンとして。ジンは負けないくらいの深い息を吐く。
汗が滲んできたが、この程度は誤差の範疇と見なし、次の行動に出る。
「シノォ!! ……先に行け!」
まだ安心し切るには速い。目の前に据えた巨体の数々から逃げ切らねば子ども達を逃がした意味が無い。
再び叫び、背後で子ども達と合流したシノに指示を出す。直接は見ていないが、快諾を得られた…そんな気がした。
「…行こう。慌てないで、転ばないように!」
ぐずる声が聞こえなくなったところで、ジンは敢えて3体に近づきつつ木の枝を拾い上げた。
それなりに太く長い棒ではあるが、勇者の手にあるそれとは比べ物にならず、心許ない。
しかし、無いよりはマシ、と割り切り棒で素振りをする。それなりの重量はジンの手によく馴染んだ。
何度か木の棒を振るった後、呼吸を整えて念の為を試みた。
「聞きてェ事がある。……何でオマエらはアイツらを狙うんだ?」
ブリキ人形の異形と、芸術を貶めた怪物とも相対した時も行った、会話が可能かどうかの確認。既に遭遇している2つの異変の時は聞く耳持たずで何の意味も為さなかったものの。
今回も懲りずにやってみる。すると、勇者は手に持つ武器を下ろし、他の仲間共々対面の位置にあるジンへ顔を向けた。
気味が悪い程の静けさが数秒訪れる。その間、冷や汗が出たもののジンの目の色は変わらない。
落ち着いて見てみれば、高さ10m程度の体格は威圧感を覚える。子ども3人が怯えて他の子へ縋りつくのも無理からぬ事だった。
状況証拠は見間違いなく視認している。それでも、護身用の武器を備えて返答を待つ。
――勇者型が動く。赤い戦士型と緑の魔法使い型に顔を見合わせ、再びジンへと向き直ると。
剣を振り上げ、直ぐ様振り下ろした。地面と衝突した事で土煙が大きく舞い上がる。
その衝撃を、少年は動じる事無く一身に受けた。――何故ならば、そもそも当てに来ている軌道では無かったから。
舞った砂に学生服が汚されようと厭わない。目や鼻に砂が入らないようにする程度で、晴れた瞬間に再び棒を振るう。
逃がしたばかりの子ども達の怪我の状況を思い出す。次に、勇者型の行動の意味を考える。剣を振り下ろす前に見た顔の変化も――――。
「オマエが、何をしたいのかは分かった。後ろに居るヤツらも同意と見て違いないな?」
勇者型は得物を甚振る為に使った。子ども達に迫った時もそうだ。そして、それを楽しんでさえいる。
返答は無い。が、今後何を言おうと聞き入れないと決めた。
「……ふざけやがって」
その声の震えに恐怖の色など無い。湧き立つ怒りがこれを示している。
刃を引き摺り、再度振り上げる勇者型は、今度はジンに狙いを定めた。先程より表情を歪めながら。
巨大剣が勢いづいていくのを真っ直ぐ見据え、少年は構える。そして――――。
切っ先に、振り切った棒の先端を的確に当てる。灰色の火の粉を走らせたそれが接触した途端、巨大剣を欠けさせながら軌道を逸らした。
横の角度が付いていく事で威力を削がれ、狙いより大きく膨らんでいったこの結果に、勇者型は驚く素振りを見せる。
一方で、額に青筋を立てるジンは構えを取り直し、睨んだまま青の巨体へ突き進んだ。
狙いは、巨体を支える足。姿勢さえ崩せば多少は有利になるだろうと思った矢先。
攻撃を弾かれた勇者型は、後ろに飛び退いた。気付けば、戦士型と魔法使い型の姿が見えない。
「!」
左右に散開した為、と把握したのは戦士型の持つ大斧の影が見えてから。前に跳んで斧は躱したが問題はその後。
風圧を背中に受けると、頭上から更に巨大火球が降り注いでくる。魔法使い型が杖を構えているのを見て弾き飛ばされた勢いを利用しながら範囲外へと転がった。
火球が次々着弾し、大爆発の連鎖が巻き起こる。一番近かった火球の爆風が当たり、背中に吹き飛ばそうとする高温の熱風を感じ取る。
「がァァ……!」
灼けるように熱い。崩れた体勢で放り出されてはまともに受け身が取れず、飛び石のように地面に当たり鈍い痛みも何度か体感する。
肩が。腰が。膝が。頭の激突だけを辛うじて回避し、火球の痕を目にしたのは勢いが止まってからの事だった。
激痛に呻きながらどうにか体を起こそうとすると、勇者型が背後から少しずつ近付いてくるのを影で確認する。
直後。咄嗟に枝で防ぐ事を選んだ自分自身を評価する。またも吹っ飛ばされ、背中から叩きつけられる事になったとしても。
「かッ…」
次に見たのは夕暮れの空。平穏の時と変わらない光景れ、不穏なる存在が映り込みだす。
手に持つ武器を構えようと掲げてみれば、既に原型を留めていない。威力をまともに受けた為に壊れてしまった。
どころか、持ち上げた腕すらも滲む血と土に塗れている。
見下ろすのは、相対する3体の怪物。無表情だった顔が嗤っているように、尚の事見える。
甚振るのを楽しんでさえいるからこそ、圧倒的有利な状況下ですぐに行動に移さない。
全身に走る激痛で、動く事すら碌に出来ないジンはこの間で考える。
(――オレは、何の為に、戦う…?)
負ける気は無いが、勝てる算段も無い。
シノの言うように、立ち向かう必要も無い。だが、誰かが時間を稼がなければならなかった。
子ども達は、シノは、無事に逃げ切れただろうか。危機が眼前にまで迫っていて尚、彼女達の身を案じる。
割に合わなくとも。子ども達が、シノが、家族の元へ帰れるならそれで良い。
(……だからこそ、だ)
両親の居る者達に、失った者と同じ思いをさせたくない。
己を奮い立たせる理由はこれだ。探し求めていた最後のピースを見付けたような、晴れやかな感覚が弱っていた体に力を与える。
直後、視界に鱗粉のように振り撒かれる灰色の火の粉が見えた、気がした。
「ぐッ……うああッ…!!」
痛みよりも動こうとする意志が勝る。短いせめぎ合いの末、今日に限って治りの遅い体がジンの意志へと同調を始める。
「そうだ…ッ! やられっぱなしじゃ、いられねェよ!」
傷よ塞がれ。痛みよ治まれ。骨よ、強くなれ。
細胞の全てよ、理不尽に抗え。
強い祈りは、やがて現実をも凌駕する。
変化にようやく気が付き、勇者型が剣を振り下ろす。
その剣がジンへと到達する前に、強い衝突音が鳴る。
剣先が砕け、魔法使い型へと破片が突き刺さった。先程では起き得なかった事態に、3体の怪物は明らかな動揺を見せた。
一方でジンは立ち上がる。白色の棒状の物を地面に突き立て、治りゆく体を支えながら。
棒の正体、それは上腕骨を模した長い骨。闘志が湧き立つのを彼は全身で感じ取るのだった。




