第11話 ふつふつ『フラストレーション』
『フェルク・レスタム』の開催を翌日に控え、23日の金曜日が訪れる。
が、この日の屍守家は騒がしかった。敷地内に異変が発生した為である。
「うおおッ!」
色の濃いカラフルな粘体の数々が走るジンに向かって飛んでくる。
それらは彼の足のあった位置に当たり、人工芝を粗雑に砕いていった。
今、必死に攻撃を回避している彼を狙うのは、2体の異形。1つは、人間の顔面を幾何学的な形状になるよう分解して描かれたような物体。
もう1つは、悪夢をそのまま具象化したようで芸術性を見出す事の出来る物体。
それらの表面からは、溶けた絵の具のようなカラフルで濁った粘液が滴り落ちている。ジンの反応は一定周期で口らしき箇所から飛んでくる絵の具弾を躱しながら、距離を詰めていく彼の姿が何より示していた。
「立体派もアール・ブリュットも立派な美術だろうに……クソッ!」
弾の発射動作と次の発射動作までの間を利用し、攻撃の来ないタイミングで浮遊する異形へ向け跳躍する。
トレーニングウェアを着ているだけで丸腰のジンは、自分の握り拳を構え、突き出す他無かった。
一瞬、灰色の炎が左手に宿るも。彼は見ていない。
鋭利な槍のように力強く打たれた拳は、キュビスム型の異形に命中し大きく歪ませる。
威力は勢いよく地面に叩きつけられ、バウンドしたそれが証明する。
「…どうだ!」
ジンは吼える。が、その顔に自信はあまり無い。手応えの無さを殴った瞬間に実感したからだ。
1度跳ね、再び空中に戻り立て直した異形は、凹んだ箇所をゴムのように反発で元に戻す。
弾力で衝撃を和らげたのは、誰がどう見ても明白だった。
「……やっぱりか、どうすりゃ良いんだ」
ブリキ人形の異形と違い、打撃が通用しないのでは打つ手が無い。
鋭利なものがあれば切り裂く事が出来ただろうが、それを取って来るだけの猶予を許す相手とも思えない。
着地体勢のまま悩んでいる彼へ、異形の絵の具弾は飛んできた。
「くッ……」
急ぎ、後ろに跳んで回避すると間髪入れずにアール・ブリュット型が攻めてくる。
近付いてきたそれの大きな黒丸と目が合い。異形の手が芝へ触れた途端、複雑な描き込みのなされた剣山が芝生の中から飛び出してきた。
空中ではどうしようも無いが、ジンは腕を交差させ防御態勢を取る。軽傷では済まないのを覚悟した瞬間――――。
――彼を囲う球状の結界が、迫る剣山の先を砕き。彼は無傷のまま着地する。
一同の視線は、乱入者の方に向いた。
「――ユイカ!」
何時ぞや、写真で見たのと同じ、DJ姿の結華がそこに立っていた。
翳しているスライムで大きくなった手を下ろし、一歩ずつ異形へ近づく。
「…おそくなって、ごめん」
「いや、丁度良いタイミングだった! オレじゃ有効打を与えられねェ、頼む!」
「分かった」
彼女がその場の大気へマイクに似た杖を突き刺し、半透明のDJシステムを展開するのを尻目に。ジンはせめて時間を稼ごうと再び動き出す。
アール・ブリュット型の注意は依然結華へ向いたままだが、キュビスム型の方はジンへ振り向いた。
右と左を交互に、遅すぎず早すぎない程度に繰り出していく。それらの拳打は、不思議とDJシステムから流れ出す曲のBPMに合わせたものとなった。
打つ度に灰色の炎が刹那的に宿るも、火の粉程度しか見えず、彼が集中しているのもあってまだ気付けない。
だが、リズムに沿った打撃は先と違い、少し手応えを感じる効果は見られた。先と同様に殴られる度反発力で元に戻ろうとするも、その動きが鈍い。
「これならッ!」
もしかしなくても、行けるのではないか。上がっていくテンションに従い調子付くも、一方的に殴らせてくれるとは限らない。
蛸が身の危険を感じた時に墨を吐くように、キュビスム型の異形は右の拳を打とうとする彼へ絵の具弾を噴射した。
「うわ!」
結界が防ぐも、絵の具弾は球状に沿ってジンの周囲に纏わり付く。視界が阻まれた事で彼は異形を見失った。
直後に結界を強く叩く音が聞こえてくる。衝撃で結界ごと押されている感覚に対し反撃をしようとするが、空振ってはまた押される。
もうすぐで掴めそうだった感覚が、遠ざかっていく。逆転してしまった状況も含め、徐々に彼の顔に焦りと苛立ちが募る。
そんな中打った左の拳も空しく空を切る。何とかしなければ、と考えている内にそれは起こった。
結界が溶けるように消えていく。この現象に合わせて纏わりついていた絵の具もまた消滅していった。
何が起きたか、と思えばキュビスム型の異形が稲妻マークを描いた大きな弾に貫かれて爆散していくのを目の当たりにする。
「あッ……」
間抜けな声を漏らしつつ結華の元へ振り向くと、DJシステムを操作している彼女の視線の先で、アール・ブリュット型の異形も衛星付きの球体弾が引き起こす連鎖爆発に巻き込まれて消えていった。
こうして、結華の活躍により突発的に起きた戦いは終わったのである。
何が目的で異形達は襲いかかったのか。
結華は何をして、異形達を倒したのか。
そもそも、あの感覚は何だったのか。
これらに答えが出ないまま、呆気なく終わった。
「……」
こうなっては、構えていた拳を下ろして元の平穏に戻る他無い。やりきれない思いは、表情だけが示している。
悔やむような悲しむような様子に、変身を解き部屋着へ戻った結華が急いで近付いてくる。
「お兄ちゃん。どうしたの?」
首を傾げ俯く顔を覗き込む結華。彼女は悪くなく、寧ろ最善を尽くした。
少なくとも、今の気持ちをぶつける先は彼女では無い。不満は残るも一先ずは納得するしか無い。
「…いや。何でもねェよ」
それでも、少しだけ声が低くなる自分に、ジンは嫌気が差した。
この日の昼。クラスも学年も関係無く出席した生徒がいつもの如く食堂へ集まるも。いつもと違う賑わいがそこにあった。
話題は、いよいよ翌日開催となる『フェルク・レスタム』であり。
「『トーヴァ・レクシス』がトップバッターか~。2日目なら『ラ・ダ・リーシェ』との実質的対バンになったのによ~」
「『リキッド・フォレスト』来るの!? すごっ超やばいって!!」
「この『アルテス・ヴェアマヒトニス』って有名? どんなの?」
「なんていうか、ロックでも古い方? の再構成をするんだとか……」
「『夕蘭亭』って和風ロックのとこだっけ。あの独特の旋律クセになるんだよね~」
口々に、国内外から参加するアーティストの情報を共有する喧騒の中、ジンは席に着き弁当の包みを広げる。
弁当箱を開けようとした時に丁度、シノが学食を持って対面の席に座った。
「ジンくん、今日もいっしょに食べよ♪」
「…いつもの事ながら、オレに構うよなァ……」
都度有償ではあるが学食を取るか、弁当を持参するか。私立の中学校故に生徒1人1人の家庭事情に基づく選択が示される。
学食を選ぶとどうしても『魔女の料亭』の店主の料理との味比べになってしまう……との判断からジンはエツコの手作り弁当を。
ある程度裕福な家庭故に授業のある日全てで学食を取っても支障が無い故に、シノは学食を選んでいる。
今日は採れたての新鮮な鶏卵をふんだんに使った卵とじ丼らしく、ジンの持参した弁当に負けず劣らずの香ばしい匂いを漂わせていた。
そんな彼らを差し置いて、『フェルク・レスタム』の話題は今回の本命へと移る。
「――でもさぁ、色んなアーティストが来るからって。『ラ・ダ・リーシェ』に敵う訳無くない?」
「だよねー。あれを超えるパフォーマンスを見た事無いし」
「インディーズバンドも幾つか来るんだっけ? 大トリにビビってしょうもない結果に終わんなきゃ良いけど」
「ミュジ市に住む奴で、『ラ・ダ・リーシェ』嫌いな奴居ないっしょ!!」
先程から度々耳に入るキーワード。食べ進める手を一旦止め、意を決してシノへと問う。
「なァ……」
「んん? なーに?」
「『ラ・ダ・リーシェ』ってどんなバンドなんだ?」
そのバンドを支持する人々は口々に言う。「『ラ・ダ・リーシェ』は生が一番」だと。
この程度の知識しか無いジンは、恥を忍んで目の前のクラスメイトへ尋ねた。
咀嚼と嚥下を終え、シノは彼の質問へ応える。
「…今話題のバンドだよね。勿論知ってるよ。独特且つ巧みな電子音楽を扱う覆面の7ピースバンド――」
シノが言うにはこうだ。
元々は7年前にミュジ市にて結成された異なる名前の3ピースのインディーズバンドであり、当時は低空飛行ながらそれなりの支持を得ていた。
5年前、メンバーが2人追加され、バンド名も今と同じ『ラ・ダ・リーシェ』へ改名。此処から覆面のバンドへ変貌していく。
『ラ・ダ・リーシェ』になってから音楽性を維持しつつも全く異なる雰囲気の楽曲をリリースするようになり、注目を集めるように。
4年前には更にメンバーが2人加わり、今の方向性へとなっていった。
「今年で3回目になる『フェルク・レスタム』には毎年欠かさず参加しているそうだよ。去年まではそうじゃなかったけど、大トリが務まるようになるなんて大出世だね」
「ほォ…」
「因みに、脱退したメンバーは今まで1人も居ないんだってさ。正体は分かんないけど本人達がそう言ってるんだから信じても良いと思う」
「そうなのか、ありがとうな」
「どういたしまして♪」
3ピースバンドだった頃を知る奴は居ないのか、と考えたがジンは聞かなかった。それよりも、『ラ・ダ・リーシェ』が順当に出世している事の方が気になったからである。
トントン拍子という訳では無いだろうが、きっと、為すべき事を為してきたからであろう。そして、それを可能としたのが――――。
「――才能、か」
「急にどうしたの?」
「いや、何でもねェ…」
出会った当初は然程無かった差も、今となっては大きく開いているように感じる。
朝に見た結華の姿を思い出して、尚の事自分の焦りを実感せざるを得なかった。




