一話
初めて長編の小説を書きます。
誤字脱字などありましたら教えていただけると嬉しいです。
生まれたばかりの雛鳥とはこんな気持ちなのだろうか。
恐れ、不安、困惑、焦り。
鳥は生まれてすぐ目にした動くものを母親だと思う習性があると記憶している。生まれたばかりでは何も分からず判断もつかないからとにかく動くものについていくその行動が、人間には親に頼る子に見えたのだろうな。
兎にも角にも、今のワタシにもその親となる存在が現れて欲しい所ではあるが、そんな都合良くいかないのが人生だとワタシの心が言っている。ここがどこでなぜここにいるのか、自分の名前すら分からないワタシの心はなぜかワタシの培ってきた知識を惜しげも無く披露してくれている。自分の名前は知らないのに世の中はクソであると知っているワタシの心。生まれた所も親という存在もワタシの記憶にはいないのに、人間には必ずそういうものがあるのだと理解している。本当におかしな話だ。気持ち悪ささえ感じてくる。
起こしていた体を草の生い茂る地面に沈め、目を閉じる。嗅ぎなれた土の香りとさわさわと流れる心地よい風。なんとも気持ちのいい天気だろう。雨が降っていなくて本当によかった、これを不幸中の幸いというらしい。元のワタシは博識だな。
さて、これからどうしたものか。とりあえず、町や人を探すために歩こうとは思っているが如何せんどの方角なのかさえも知らない。ああ、これだから無知は嫌いなんだ。何も出来ず何も成せない、無能で無価値な人種は滅べばいい。と、ワタシの心が言っている。ワタシは随分と“無知”を嫌っているのがありありと伝わってきた。過去に何かあったのだろうが、ワタシは今嫌っている無知な人間になってしまったよ。残念なことに。
目を閉じそのままじっとしているとさくさく草を踏む音がした。そちらを見やると2人の男がこちらへ向かって来ているのが見える。ふと片方の男と目が合う。なんとも美しい容姿の男だ。銀色の髪は艶やかでさらさらと風に揺れている。強い意志を持った明るい青色の瞳も夏の海のように眩い。あの男の発する引力に引き摺られ、目が逸らせなかった。2人の男は目の前で立ち止まり声をかけてきた。
しかし、その言葉は理解できない羅列で並んでいた。発音、いや言葉の羅列もまるで聞いたこともなく理解ができない。だが、記憶を無くして初めて出会った人が、こんな。こんな赤ん坊のような話し方をするとは…。
ああ、愛いなあ。
『あなたの名前を教えてください』
気がつけば銀髪の青年の前で跪き、その白く眩い手にキスをしていた。男性相手にまるで令嬢に対するような行動をしてしまったが仕方がない。これ以上に愛を伝える方法がワタシの中にはなかったのだ。そっと見上げれば大きな海色の瞳をぱちぱちと瞬かせていた。驚いたようなその表情もなんと素敵なことか。一挙手一投足、呼吸すらも全てが美しい人間が存在するとは知らなかった。ワタシの中に新しく刻んでおこう。
『あなたは帝国の者ですか』
『帝国?皇帝が収める国だとは知っていますが、ワタシがあなたの言う帝国の人間かは分からないですね。なにせ今までのことを全く思い出せないのです』
質問に回答を答えたあと、ワタシはすぐ目の前の美しい人へ尊敬の意を抱いた。自身が所属していた国や地域など記憶にないが、ワタシが理解できる言葉で話されているということは彼は少なくとも2ヶ国語話せる知識人という訳だ。ああ、神はさぞかし彼が愛おしいことであろう。容姿も行動も知識にも品性というものに溢れすぎている。より一層彼が魅力的に写ってしまう。
『記憶喪失、ということか…。他に何か覚えていることはありますか?』
『ふむ……。ワタシが美しいあなたに一目惚れをしたこと以外はなにも』
『あの、ふざけてはいないんですよね?』
『ええ!もちろん。当たり前でしょう』
「…っ!!」
突然、銀髪の君の後ろでぷるぷると震えていた男が割って入ってきた。耐えきれないというふうに憎悪の目でこちらを睨み、ワタシから銀髪の君を庇うように立ち塞がっている。だがやはり、その言葉自体は赤子のように何を話しているのか微塵も理解できない。こちらは大した人ではないらしい。その証拠にワタシの理解できる言語で話していない。いや、もしかしたらワタシの国の方があまり知られていない辺境の地の可能性もある。無闇に人を見下すのは悪い癖だとワタシの心も呆れていた。…元のワタシも同じことをしていたんだろうか。以後気をつけなければ。
それにしても刺さる視線が痛い痛い。立ち塞がったこの男は黒に近い濃紺色の瞳で、その鋭い目つきは人を射殺してしまいそうだ。
『……すみませんが訳して頂けませんか、銀髪の君。彼が何を言っているのかさっぱり分からない』
おどけたように言うと濃紺の男はバカにされたと感じたのか額に青筋が浮かんだ。なんとからかいがいのある反応だろうか。言葉は分からなくとも楽しめるとは、面白い。
『えっと、距離が近いから離れてくれ〜的なことを言ってます。あと、名前を教えて欲しいとも言ってますね』
明らかに丁寧に訳したであろう言葉に笑みが浮かんだ。ワタシを思ってなのか濃紺の彼を思ってなのかは分からないが配慮してくれたその心遣いが嬉しい。心まできれいな人なのか銀髪の君よ。
『名乗りたいところではあるのですが、生憎と名前も覚えていなくてですね』
『なんと、それは……。そうですね、あなたの持っているその鞄の中に何か入っていないのですか?手がかりや名前が書かれたものなどあればいいのですが』
と、そこまで言われてやっとワタシは自分が肩から鞄を下げていることに気がついた。なぜこんなことにも気づかなかったのか不思議ではあるが、手がかりが得られそうならそれでよしとしよう。
少し待ってくれと声をかけ、鞄の中を漁る。中に入っているのは干し肉の入った袋と水筒、ハンカチと絵の描かれた紙が1枚。ハンカチを広げてみると端の方に刺繍でトニー・コーエンと記されていた。
『トニー・コーエン。……これがワタシの名前?』
『……本当に名前も分からなかったんですね』
『そう、ですね。ああ、あなたのお名前を伺っても?』
『“ゆう”と言います』
『ゆう。いい名ですね』
『ありがとう。ところでトニー・コーエンさん、1つ提案があります。不愉快でしたら断っていただいていいですから』
『はい、なんでしょう』
『あなたのそのままの名前はここではすごく目立ちます。記憶を取り戻すまでは偽名を使った方が良いかと。ここでの生活は僕が全て面倒を見ますので安心してください』
『ああ、なるほど。確かに言語も違うようですしその方が良さそうだ。ワタシには頼るものが何もないのです。ゆうさんのお言葉に甘えさせてもらいます』
ゆうさんから差し出された手を取ろうとすると濃紺の男にワタシの手を叩かれた。意地の悪い顔で笑われ何言か言われたがなぜか理解してしまった。この男はワタシが気に入らなくて一刻も早く弾き出したいらしい。その証拠にゆうさんが彼に一喝入れている。
『すみません、彼も悪いやつではないんだが僕のことになると過激になってしまって…。言葉が通じないとはいえ不快でしょう。彼は深海涼、僕の従者です。従者の不始末は主の責任、お詫び申し上げますトニーさん』
後ろであたふたとする深海とやらに同情した。こんなにも素晴らしい君主に使えているというのに従者の在り方も分からないのか、と。見てくれはいいだけになんて残念なんだ。
『いえ、とんでもない。むしろこれからが楽しみですよ』
にんまりと口角をわざとらしく上げた。効果はあったらしく深海涼はギラついた目を向けてきた。きっとゴングがあればここで軽快な音を盛大に鳴らしていただろう。
記憶を無くした不安もどこへやら、今はただゆうさんについて行きたい深海涼が気に入らない。そのふたつの気持ちに締められていた。
かくしてワタシはゆうさんの庇護下に入ることになり、彼の有している別荘に住まわせてもらうことになった。ご迷惑をお掛けしてしまうことを詫びればゆうさんは人は助け合いですから、と微笑んだ。本当に美しい心を持っているお人だ。
そしてあれからひと月経った頃、なぜか我々3人は同じ屋根の下で愉快な生活を繰り広げていた。
「はい、じゃあ今日はここまで。理解できたか?」
「侑の分かりやすい説明のおかげで大体は分かった。ありがとう」
ワタシと侑は笑みを浮かべながら机を挟み向かい合っていた。侑は教師役としてワタシに色々なことを教えてくれた。ワタシが今いるここは澪標島といい、島の代表である銀鏡の一族が管理しているということ。そして侑はその銀鏡一族の一員であることを知った。高貴な印象を抱いたのはそのためか、と妙に腑に落ちた。
ワタシは机に広げられた教材を丁寧に片付けながら侑との会話を楽しんだ。そこへ深海のような髪色をした青年がワタシ達へと近寄ってきた。苦虫を噛み潰したような険しい顔で話しかけ、手にはお茶とお菓子を持っている。
「これで分からなければ能無しにも程があるからね。分かって当然だよ」
「そんな冷たいこと言わないの涼」
侑は呆れたように深海涼へと注意をする。彼は侑に呼ばれた瞬間ぱっと笑顔になり申し訳ないと形だけの謝罪をしてきた。本当に気に食わない奴だ。
「すまないねぇ、高円透殿?背中を預けるにはまだまだ時間が必要なようで」
「背中を預けようなどと思ってくれていたとは、感無量とはこの事か」
ニコニコと笑ってはいるものの互いに言葉には毒が混じっている。いつもこの深海涼という男はなにかとワタシ高円透を目の敵にしている。出会った経緯も原因のひとつだが、一番の理由はゆうを独り占めしているのが気に入らないのだ。きっと侑から“高円透”と名付けられたことにも彼は腹を立てている。侑が名付け親だなんて至高のことであるからな。深海涼は侑に異常な程執着してると常々思っていた。その訳を知らないが知りたくないとも思っている。
「またそんなこと言って…。仲良くしろとは言わないがせめて喧嘩はするなよ」
「貴方がそうおっしゃるなら、高円透殿と喧嘩はしないでいます」
「侑が言うならちゃんと喧嘩しないでいる」
2人ともまるで親に叱られる子のようだ、と頭の片隅で思った。言い分は納得はいかないが親のいうことを聞く良い子の手本。同じ年頃だが従者2人を子どものように見ている侑は聖母のように微笑んだ。
それだけでどうでも良くなってしまうのだから惚れた弱みというのは厄介なのかもしれない。
「そういえば、高円殿。明日でしたよね入隊式」
「そうだが……。え、もしかして見に来るのか」
盛大に顔を歪める。本当に、心底、声を大にして来てほしくないと言いたい。新天地に行ってもこの憎たらしい人と関わらねばならないのか、と肩を落としていたというのに式にまで参加されるなんてたまったものではない。
「もちろん行きますよ。お前目的ではなく銀鏡様のサポートのためだがな」
「はっ……お忙しい技術スタッフは式典など参加しなくてもいいだろう?銀鏡様のサポートと言うのならならワタシが行く」
(訳・式に来るな暇人、ワタシがいるのであなたの出る幕はありません)
「式典の主役がサポート役などしていてはせっかくの晴れの日がもったいないではないか」
(訳・主役が何を言っているんだ、状況を読めばかめ)
「そうだね涼。それに私との関わりを他の人に知られては面倒だから秘密にしていてね」
「分かった。ワタシと侑2人の秘密だ」
「わたしもいるぞ、高円殿。目が悪いならいい眼科を勧めようか…いや、精神科の方が良いか?」
「嫌味を言わねば生きられないなんて…可哀想な深海さん」
「それはお前も同じであろう!」
嫌味を言い合う従者2人を微笑ましく見る主人という構図がこのひと月で出来上がってしまった。本当に従者としてあるまじきことではあるが、それも少し楽しいと思い始めているワタシは少し寂しさを感じた。
…前のワタシはこんな風に気軽に話せる人がいなかったのだろうか。それとも気安い関係の人がいた故の寂しさなのか。今のワタシには分からなかった。
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