8.美人は精霊使いの家を訪れる
眩しい朝日に目を開けたエリーゼはベッドから起き上がった。それと同じタイミングで侍女が扉を叩き入室してきて、手際良く朝の支度をしてくれた。
見ず知らずの自分に対しての過分な扱いに申し訳なさを感じてしまう。
エリーゼは一晩よく眠れたおかげで、ここまで得た情報を頭の中で整理整頓できた。
ーーまずお祖母様はここモラード国にいた精霊使いの可能性が高い。そして王様に求婚されるも断って、恋人…お祖父様とカネリスの辺境地へ逃亡。でもお祖父様が亡くなって、既に産まれていたお母様と修道院に身を寄せた。そこで色々手腕を発揮したみたいだけど、謎の病に倒れ…お母様は最期を看取らずに希望を見つけるために王都へ行ったのね。でも収穫はなくて…お祖母様は亡くなり、お母様はしばらく王都で一人生計を立てていた。後にフォンターナ伯爵に見そめられ私が産まれ、お母様も若くして亡くなった。
この予想が合っているなら、お祖母様もお母様も亡くなるのが早いわ。もしかして私もーーー
そんな事を思っていると、アンセルが部屋に訪れて来た。アンセルは朝日に照らされたエリーゼの美しさに一瞬息を呑んだが、努めて紳士に朝食に誘った。
2人で一緒に朝食会場まで廊下を歩く。
「よく眠れた?」
「えぇ、お陰様で。こんなに良くしてもらって申し訳ないわ。」
「当然のことだよ。」
朝食はエイダン様とオリビア様と一緒だった。昼過ぎにウィリアム様も屋敷に到着する予定との事で、朝食後の空いた時間にアンセルと一緒に精霊使いが住んでいた家を見に行くことになった。精霊使いが隣国へ去ってから、その家は公爵家が管理しているのだ。
馬車で向かうことになり、2人は向かい合うように座った。
「昨日の父上の話と、修道院での話を合わせると、この領地に居た精霊使いは君のお祖母様の可能性があるよね?」
アンセルに聞かれて、やはりそうだろうとエリーゼは思った。
「私もそう思っています。でも私、何も知らなくて…。」
エリーゼは首にマグダリアから貰った紫水晶のネックレスを付けていた。小箱を持ち歩くには不便なので、ネックレスとして付けられるようにしてもらったのだ。
「精霊が弱っていて、精霊使いが国に戻ったとなれば王家に報告しないといけない。だが、確証が無い段階でそれはしないから、安心して。」
何の力もない自分が精霊使いの孫かもしれないというだけで王家も関わる案件の渦中に置かれることに、何とも言えない居心地の悪さを感じたが、アンセルの言葉を信じて今は自分のルーツを確認することに集中した。
そうこうしているうちに2人を乗せた馬車は穏やかな緑に囲まれた可愛らしい家の前で止まった。
ここにある緑は鮮やかな色のままだ。さすがは精霊使いの住んでいた家というだけある。
エリーゼは緊張しながら扉を開けた。ギギギと少し建て付けの悪い木の扉を開けて中に入ると、御伽話に出てきそうな暖かい雰囲気の落ち着くインテリアが配置された優しい空間が広がっていた。
「ここが…精霊使いの方が住んでいた家…」
ーーそしてお祖母様の住んでいた家かもしれない…
エリーゼは木のダイニングテーブルや、小さめだが使い勝手の良さそうなキッチンなどを見ながら部屋を一周する。そして何気なく、3段チェストの1番上の引き出しを開けてみる。そこには日記帳のようなものが1冊入っていて、その途中のページからメモがはみ出ていた。気になったエリーゼは、そのメモを抜き取って読んだ。
「精霊の泉、紫水晶、覚醒…?」
書かれていた単語を読み上げると、アンセルが後ろに来て肩越しに覗いてきた。
「どうしたんだ?」
エリーゼはあまりに近いアンセルの声に思わずキャッと振り返り、そのせいで2人の顔が更に近くなり鼻先が少し触れてしまった。
「ごっごめんなさい」
「いや、俺のほうこそ…」
2人は顔を赤くして謝り、気を取り直してメモの内容を考えてみた。
「紫水晶って私が持ってるこれよね。」
「精霊の泉は王都の外れの森の中だ。行ってみる価値はあるな。だがそろそろ戻らないと。ウィリアムが到着してしまう。」
エリーゼはメモを日記帳の中にそっと差し込んで引き出しを閉めた。
2人は家を出て馬車に乗り、屋敷へと急いで戻った。