3.美人は筋肉の集まりを知る
キュアノスは比較的大きな街で、各種ギルドが設置され人々も街も活発な印象を受けた。襲われた馬車に乗っていた乗客達は街へ着くとそれぞれの目的地へと散って行き、エリーゼは西の修道院へ行く馬車の乗り継ぎが分からず困っていると、アンセルが声を掛けてくれた。
「これから俺は冒険者ギルドに報告に行くけど、一緒に来る?」
「はい!」
露店が多く出ていて、美味しそうな食べ物についつい視線がいってしまう。伯爵家の令嬢として過ごしている間は、こんな風に気軽に街を歩くなど出来なかったので、母と2人だった幼い頃以来でエリーゼは何だか懐かしい気持ちになった。
「エリーゼさんはどこへ向かう予定?」
「あー…その、色々あってここよりもっと西にある修道院へ…」
「それならギルドで護衛を雇うといいよ。」
「そうですね、また同じ事があれば怖いですし…」
そんな事を話しているうちに2人はギルドに到着した。中は割と広くて綺麗で、沢山の人で賑わっていた。受付で報告書類を書いて手続きを終えた後、アンセルの後ろについていくと、テーブルを囲んでアンセルに負けないくらいガタイのいい男性たち数人が集まっており、こちらに気付くと手を振ってきた。
「うおーいアンセル!賊の討伐お疲れさん!」
「あれ?後ろの子だれだ?」
「討伐の時に馬車に乗っていた乗客の子だよ。」
ここは自分から名乗ろうと、失礼のないようにフードを脱いで挨拶をした。
「はじめまして、エリーゼと申します。」
その瞬間、空気が一瞬固まった。エリーゼはアンセルがあまりにも自分に対して普通なので気が緩んでいた。でもここの男性たちはやはり今までの男共と一緒かもしれない。
ーーどうしよう…
そう思って俯いてさっさとフードを被ろうとしたその時、男性たちが漸く言葉を発した。
「すっごい美人さんだね!!」
「いやぁ驚きすぎて言葉を失っていたよ。ごめんね、不快にさせたなら謝るよ」
そう言って元通りガヤガヤと仲間内で喋り出した。その様子に呆気に取られていると、アンセルが話しかけてきた。
「ここにいる奴らは心配ないよ。間違ってたら悪いけど、多分男性が苦手だよね?」
「…はい。さっきの兵士さんのように、顔を見られると…」
「分かるよ。すっごい綺麗だしね。こっちは興味ないのにしつこく言い寄られたら気持ち悪いよな。」
なんだか自分の事のように言うので、もしかしたらアンセルも同じ経験があるのかなと感じた。アンセルのことをよく見ると、確かに女性受けが良さそうな顔立ちをしている。センター分けで流れる前髪、髪は銀髪で目は濃い青、輪郭も鼻筋もしっかりしていて実に男らしいのに優しい色気を感じるその顔は、まちがいなく女性にモテるだろう。
「筋肉を愛してるやつは、女性に興味わかないんだよ。」
ーーーん?
エリーゼはアンセルの言っている意味がよく分からなかった。黙っているとアンセルや他の屈強な男性たちが筋肉談義を始めた。
「こないだ試したトレーニング、すごく良かったよ!」
「そういやあのレシピ試した?タンパク質がしっかり摂れるしオススメだぞ」
「俺にも聞かせろ」
ーーな、なんだか皆さん目がキラキラしてるわ。そんなに筋肉が好きなのね…
エリーゼはハッとした。筋肉が好きすぎて、筋肉以外に興味がないんだこの人たちは、そう気づいたのだ。
「俺たちは任務の合間にこうやって集まって筋肉について情報交換してるんだ。」
「そ…そうなんですね…」
その光景をしばらく見ていると、男性を前にすると自然と強張る身体の緊張がだんだん解れていくのを感じた。そしてエリーゼは自然と笑顔になり、その柔らかな表情のままアンセルに顔を向けた。
「好きなことに夢中になってて、すごく素敵ですね。」
エリーゼにそんな笑顔を向けられてアンセルは思わず心臓がドクンと波打ったのを自覚した。
「エリーゼさん、相当苦労したんじゃ…」
「え?」
アンセルは何でもない、と平然を装ったが、仲間たちがニヤニヤしながらこっちを見ていたので、咳払いをして誤魔化して護衛の件について話題を切り変えた。
「彼女は西の修道院に向かいたいそうなんだが、誰か馬車の道中、護衛を頼めないか?」
ーーそうだ、この中の誰かと暫くご一緒するのね、でも変態兵士と違って安心だわ。
「お前がいけば?アンセル」
「そうだよ、俺たちでもいいけど、西の向こうの隣国はお前の故郷だし、地理的にも強いだろ?」
エリーゼは少ししかアンセルと過ごしていないが、彼と一緒だったらいいなと思う自分がいることに気付いて、隣の彼を見上げて返事を待った。
「そうだな、じゃあ俺の馬で行こう。その方が早いしな。」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね!」
そうして2人は翌日キュアノスを出て西へ向かうこととなった。