10.美人は精霊の泉に行く
精霊の泉は王都の外れ、小さな森の中にある。
今は瘴気の影響で霞んでしまい、辺りもどんより重い空気が漂っている。魔獣もいつ出るか分からず、気を引き締めなければならない。
森の入り口に、瘴気が漏れないようにか結界が張られているが、中から溢れてくる瘴気を抑え切れてはいない。
「ウィリアム、エリーゼ、俺から離れるなよ。」
「はい。」
「僕も少しは戦えますよ、兄様。」
ウィリアムは魔法が使えるらしく、アンセルと共に周囲を警戒しながら歩みを進めて行く。
幸い魔獣が出ることなく泉のところまでやってきたが、泉のほとりに立っている人影が3人見えた。その中心にいる長い金髪が綺麗な小柄な女性がこちらを振り向いて驚いた表情を見せた。
「ウィリアム、それにアンセル!何故ここへ?」
それに対してアンセルが答える。
「お久しぶりです王女殿下。我々は精霊の泉の状態を確かめに来たのです。殿下こそ危険です。お戻りください。」
これがおそらく2人の幼馴染の王女、クロエ様だろうとエリーゼは思った。その王女はムッとしながらアンセルに反論した。
「いいえ、私はお祖母様からお願いされているのよ。この泉に住む精霊が弱っているから薬を与えなければならないの。」
そう言って右手に持っている蓋の空いた小さなガラス瓶を見せてきた。それを見てウィリアムが慌てて王女に叫ぶ。
「待ってクロエっ…王女殿下。その薬を確認させて貰うないだろうか…」
「何よ急に。嫌よ。」
2人が言い合いをして険悪ムードが流れ始めたので、エリーゼは見ていられずここで初めて口を開いた。
「あの…許可なく発言する無礼をお許しください。私は隣国カネリスより先日こちらへ参りましたエリーゼと申します。」
するとクロエ王女の両脇にいた護衛の兵士が王女とエリーゼの間に割って入って牽制してきた。ギッと睨まれたのでエリーゼは思わずビクッとしながらも、負けじと2人の目を見つめた。
すると2人の兵士ははっきりとエリーゼの顔を見ることになり、その潤んだ瞳と目が合ったと思うと、不敬だぞと言いながらどこか興奮気味に手を伸ばしてきた。
モラードに来てから、男性に言い寄られることもなく油断していたエリーゼは思いっきり肩を掴まれ兵士に引っ張られそうになる。
しかし次の瞬間感じたのは、兵士の体温ではなく、それよりガッシリとした体格のアンセルの温もりだった。
「離せ。」
怒気を含んで睨みつけると、兵士たちは正気を取り戻したのかビクビクしながら後退りした。
「あなた達何をしているの。ごめんなさいエリーゼさん。それで?何かしら。」
エリーゼはホッとしてクロエ王女に伝える。
「お祖母様からの大切な使命とお見受けします。しかし精霊に何か…異変が起きているのかもしれません。私達にも協力させて貰えないでしょうか?」
クロエは、真摯なエリーゼの言葉に攻撃的なオーラをしまい、薬の入った小瓶を3人に向けてよく見えるように掲げた。
その時、泉の底から苦しそうに呻く獣のような声が聞こえてきたかと思うと、水面が泡立ち黒い霧のような物が立ち込めてきた。
アンセルはエリーゼを、ウィリアムと兵士は王女クロエを守りながら泉から距離をとった。
次の瞬間、水面を割って精霊王が現れた。人の様な姿ではあるが人間よりはるかに大きく、耳の先は尖っている。畏怖すべきその姿を前に、王女がまず口を開いた。
「精霊王様、私はこの国の王女クロエでございます。貴方の力を回復させるため、この薬を届けに参りました。」
その薬を見るや否や、精霊王は激しく吼えて叫んだ。
『いらぬ!いらぬ!それのせいで我は!お前のせいで!!』
一瞬の出来事だった。黒いモヤを纏った精霊王がクロエに向かって魔法を放った。兵士は腰を抜かし、ウィリアムは咄嗟にクロエを庇う。アンセルはエリーゼを守ろうとしたが、エリーゼはすでにクロエの方へ走っていた。
エリーゼの身体は自然と動いていた。精霊王が腕を振りかぶって魔法攻撃を放つと分かった瞬間から既に、この場にいる全員を守るためにその身を魔法の前に差し出していた。
「エリーゼ!!!!」
エリーゼは固く目を瞑った。




