第六話 理由
「あの山賊!?あいつらが....?」
「ああ、お前が殺さなかったリーダーに聞いた。もうこの世にはいないが」
「でも山賊なんて、役所からしたら目の上のたん瘤だろう、何の関係がある」
「お前は何で山賊に会いに行ったんだ?」
「それは、誘拐犯を許せない気持ちが.... 」
そこまで言うとソーラの背中に冷や汗が流れる。
「まさか、誘拐と何か関係が....?」
「奴の情報によると、誘拐された女や青年は商人を通して、娼婦や奴隷として売られている」
「役所は普通黙っていないはずだが、まあそうはいかないのだろうな」
「ああ、それにな。売られる予定の一部の女はその役人の住居へ運ぶそうだ」
「口止め料のつもりか.......!」
「まあ、そんなところだ。清々しいまでに腐っているな」
「ゴミが.......!」
「落ち着け。そこで俺たちの出番だ」
ローシンは胸を叩く。
ソーラは怪訝そうに
「出番?お前の言ってた『世直し』ってやつか?」
「ああ、お前はこの辺の出身じゃないだろう。足も付きにくい」
「分かったよ、別に俺は生きる目的もない。手伝うよ」
ローシンは、怪訝な顔をする。
「お前には、死ぬことに対しての恐怖が見えない。人としての感情が1つ、欠落している」
「まあ、そうだな。俺は......いやここでは話せん」
ソーラはローシンになら話して見てもいいかもしれないと思った。
日本のことを話すつもりはないが、過去の罪については......良いか。
「分かった。ソーラ、直ぐに何かをするわけではない。あのお嬢さんの所で宿を借りよう」
そう言ってローシンは、ソーラに金貨の入った袋を渡した。
「受け取れない。お前の金だろう」
そこでローシンはニヤリと笑った。
「別に俺の金ではない。お前が殺したあいつらのだ。あの世では金は使えんからな」
そういうことか。確かに俺も金はある程度必要だ。
「分かったよ、受け取ろう」
そう言ってソーラは金を受取り、マライアの宿屋へ向かった。
――
「ソーラさん・ローシンさん!おかえりなさい!」
マライアさんは暖かく迎え入れてくれた。
「ただいま。マライアさん。」
「マライアさん、部屋を借りたいのだが、空いているかな?」
「はい!ソーラさんの隣の部屋でいいですか?」
「ああ、ありがとう」
ローシンは金貨を差し出す。
「うわわ!こんな大金受け取れません!うちは1泊銀貨1枚ですよ!?」
「そうか、あいにく持ち合わせがこれしかなくてな。食事を豪華にでもしてくれたらそれでもいいさ」
「はわわわ....ローシンさんはお金持ちなんですね!わかりました!任せてください!!!」
そう言ってマライアはローシンに部屋のカギを渡して奥に入っていった。
奥で声が聞こえる。
ーお母さん!お金持ちの方が来た!ほら!この金貨みて!!!ー
「元気でよい子だな。」
ローシンは笑っていたが、ソーラは驚いていた。
待て....そういえば俺、貨幣について何も理解してなかった.......
「す、すまん、ローシン。この国の貨幣について教えてくれ」
「お前どこの出身なんだ?まあいい、この国はな.....」
この国の貨幣は主に金貨・銀貨・銅貨の3つで構成されている。
金貨は銀貨100枚分・銀貨は銅貨10枚分だそうだ。
日本円的には銅貨が500円・銀貨は5000円・金貨が5万円って感じだろう。
民衆の生活では金貨を使う場面などほぼなく、銀貨・銅貨が一般的らしく、
大銅貨や大銀貨も存在している。
金貨が一枚あれば一ヶ月は暮らせるとも聞いた。
なるほど、っておい。
さっき俺がもらった袋、全部金貨しか入ってねえぞ.....
「あの山賊は相当ため込んでいたようだ。どれだけのクズだったのか分かる」
そう言いながら二人は、二階の部屋へ向かった。
ローシンとソーラは部屋に戻り、椅子に腰かける。
「さあ、聞こうか。お前の秘密を」
「秘密ってほどではない.....」
ソーラはローシンに日本での最後について話し始めた。
妻に嵌められ、離婚させられたこと。妻の浮気。
妻と間男を殺したこと.....
「妻を殺したとき、これでいい気分になると思ってた。でも違った。残ったのは喪失感と悲しみだった」
ソーラはため息をついて上を向く。
「寝るとき、いつも殺した妻が夢に出る。悪夢だ。それっきり気持ちよく寝れたことはない」
ローシンは何も言わずただ目をつぶっている。
「俺は一度死のうとしたんだ。生きる目的をなくしてな。昔からなんでもそうさ。目的がないと、俺は何もできない」
「生きる目的......」
「これが俺の理由さ。死にたいところに誘拐犯の噂を聞いた。チャンスだと思ってな。これで死ねると思ったんだが、俺の身体はまだ死にたくないと願った。自分でも何が何だかわからん。記憶がおぼろげでな。どこでこんな武術を習ったのかも覚えてない」
暫く沈黙が続いたが、ローシンが口を開いた。
「生きる目的か、難しい問いかけだな、下手をすると一生見つからないのかもしれん」
「まあ、そうだと思う。でもな...」
ソーラはこの短い期間である考えに行き着いていた。
「記憶はないがこれだけはわかる。俺は不正や腐敗が許せなかったってことだ」
少なくともソーラの身体はそう考えていた。
元の身体の持ち主はそうだったのだろう、彼は弱者のために戦っていたのかもしれない。
日本で生まれたソーラからすると、あこがれていた「ヒーロー」なのだ。
この力があるなら、せめて戦ってかっこよく死にたい。
「俺は戦いたい、でも殺人への快楽を感じたくない。あれは俺じゃない」
山賊を殺していた時に聞こえた声、あれは恐らく元の身体の持ち主だ。
『志を間違えるな。正義とは何か、考え続けろ』
「俺は獣ではない。人でありたいんだ、多分」
そこまで言うと、ローシンは笑みを浮かべていた。
「志は即ち、人として生きているという証だ。みんなが皆、胸の中に「志」という名の火がある。それを絶やした人間は死んでいるのと同じだ」
何やら難しいように聞こえたが、ソーラはすんなり頭に入ってきた。
「ソーラ、お前の生きる目的は当分見つからんかもしれない。だが、その力で多くの人を救うことができるかもしれない」
そう言うと、ローシンは懐からある冊子を取り出し、ソーラに手渡した。
「これは...?」
「夕飯の前までに読んでみろ、どう思うかはお前次第だ」
そう言ってローシンは部屋を出た。
冊子の表紙を見て、ソーラは驚愕していた。
タイトルは「替天行道」。
この中身をソーラは知っている。
いや、清水創太が知っている。
「替天行道」
かつて清水創太が生きていた時代の武侠小説に登場する書物と同じ表題であった。