第五話 この国の闇
アリアナ町へ戻ると、マライアさんが必至な顔で何か町の人に聞いて回っているのが見えた。
「マライアさん!」
ソーラが声を掛けると、はっとこちらを振り向きソーラの方へ走ってきた。
「ソーラさん!どこ行ってたんですか!私、ソーラさんが危ないことに巻き込まれてないか
心配で.....」
マライアさんは泣いていた。会ったばかりの自分にも優しくしてくれた恩人だ。
「ありがとうございます。ちょっと外に出ていました。アハハ」
「笑ってる場合じゃないです!最近は誘拐事件とかもあって夜は危ないんですよ!
せめて何か声をかけていってください!!!」
「す、すいません。次からはそうします。」
「なんにせよ良かったです....」
マライアさんと話していると、ローシンが肩を叩いた。
「こんな美人に好かれているとはな、お前も隅に置けない」
マライアさんはそこでソーラの後ろのローシンに気づいたようだ。
「あっ!ごめんなさい!ちょっとビックリしちゃって...」
「気にしなさんな、こいつの連れです。ローシンと申す。」
「わあ!ソーラさんのお友達ですか?一人じゃなかったんですね!」
「ええ、こいつを探していましてね。あなたがうちのソーラを助けてくれたようだ。感謝する」
アリアナの街に入るにあたって、ローシンとは友人ということにしておいた。
その方が都合が良いといわれたためである。
「是非うちにいらしてください!部屋もまだ空いているので!」
「助かります、後ほど伺いますよ。行くぞ、ソーラ」
「ああ、ではマライアさん。また後で」
「はい!待ってますね!」
マライアさんと離れると、ローシンが肘を小突いてきた。
「まだ来たばかりなのに、女には困らないな」
「やめてくれ、彼女は誰にでもあんな感じだ」
「果たしてそうかね、俺にはそうは見えないが」
「言ってろ、俺はそんな気はない」
ローシンは笑っていた。ソーラも久しぶりの感覚に襲われ、少し暖かい気持ちになっていた。
――
しばらく歩いていると、小さな人だかりができているのを見つけた。
「あれは...?」
「見つけたぞ、あれがお前に見せたいものだ」
ローシンとソーラは人込みを搔き分け、一番前に来た。
「止めてください!私は、そんな事はしていません!」
「噓をつくな!貴様の店の饅頭に入っているもの、これは禁制の密造塩だろう!」
「これは、役所から許可を受けて買っています!密造品などでは....!」
饅頭屋の店主と役所の兵士が口論をしていた。
「どうやら、あの店主は役所に目をつけられているようだな。」
「饅頭に使う物が密造品なんてそんな事わからないだろう?言いがかりだ、あんなのは」
「確かに、そんなことはわからん。だがな、真実なんていくらでも捻じ曲げられる。」
「この証文をみろ!お前には逮捕状が出ている!」
「そんな!なぜ.....!」
証文を出す兵士の前で、店主が崩れ落ちる。
その姿を見て、ソーラは心の中で何かが燃えているのを感じた。
あの時と同じ。悪を許せないのだ。この身体の持ち主は。
明らかにあの兵士は冤罪であの店主を捕まえようとしている。
「やめておけ、ここは町の中だ。お前が捕まるぞ」
ローシンは静かに問いかける。
「しかし!こんなことは!」
「あんなのはまだいいほうだ。とは言え、見てしまったからには放ってはおけん、見てろ」
ローシンはそう言って兵士の前に出た。
「な、なんだお前は!その店主をかばうのか?こいつは犯罪者だ!」
「まあまあ、饅頭の材料に密造品が入ってるなんてわからないだろう?落ち着いてくれよ」
そう言ってローシンは、肩を組んで、兵士の胸元のポケットに金貨を入れた。
「もしかしたらその証文も何らかのの不備があるのかもしれない。確認してきたらどうだ?」
そう言われると、兵士はニヤッと笑みを浮かべると、
「確かにそうかもしれんな、では役所へ確認をしてこよう」
そう言って兵士は帰っていった。
それを見ていたソーラは、ローシンの胸倉を掴む。
「おい、あれはどういうことだ!あれは賄賂だろう!?」
「あれが一番最善の方法だ。この国ではな」
「そんなわけが.....」
「少しは理解できたか?」
ソーラは、やるせない気持ちでローシンの胸倉を離した。
ローシンは店主のほうへ向かった。
「大丈夫か?」
店主はローシンの大きさに少し後ずさりしたが、大きく頭を下げた。
「はい、ありがとうございます...お陰で助かりました。」
「何があった?原因はわかるか?」
「原因は何となくですが、分かります.....」
ローシンとソーラの前で、店主は話を始めた。
「数日前に、役人様が店にやってきましてお食事をなさっていました。その時に、給仕をしてもらっていた私の娘に目を
付けたようで、嫁に欲しいと私に頼んできました.....私はお断りさせていただいたのですが、気に障ってしまったようで....」
「なるほど、その腹いせに偽の証文を出したと.....」
「クズ野郎が......」
ソーラは怒りが込みあがってきていた。
「その役人様は、この辺では有名な豪族の方でして、放蕩息子として有名なのです.....」
「そうか店主。話してくれてありがとう。」
そう言ってローシンは店主の手に金貨を握らせた。
「う、受け取れません...」
「いや、手間賃だよ。店の評判にかかわるだろう。これでまた頑張ってくれ」
「あ、ありがとうございます!」
店主は大きく頭を下げて、店に戻っていった。
「わかるかソーラ?役人様なんてこんなもんだ。」
「こんなのは明らかに不正だ。許されていいわけがないだろう!」
ソーラは明らかに激昂していた。
日本でも公衆の面前でこんなことはしない。
すぐに警察に捕まるだろう。
しかし、この世界は違う。
警察である兵士と役所が腐っているのだ。
「それがまかり通るのがこの国だ。金さえ渡せば、ある程度のことは許される。」
「では、払えない人間はどうなる!」
「わかるだろう、そんなものは」
ソーラは歯を食いしばった。同時にローシンが言っていた「現実」を理解できた。
「これが現実か。信じられん......」
「それに、恐らくそのお役人様はある集団とつながっている。」
「ある集団....?」
ローシンはソーラの耳に口を近づける。
「北の山賊だよ、お前が皆殺しにした連中さ」