第四話 大男
ソーラは山賊を殺しながら、一種の優越感に浸っていた。
さっきと同じだ、俺は夢を見ているようだ。
ああ、俺はいま正義をなしている。
誘拐犯である山賊どもを倒し、良いことをしているんだ。
楽しい。楽しい。楽しい。
ソーラを覆うのはそんな感情だった。
たくさんの山賊を殺し、捕まっていた人たちを助けた。
こんな感情になるのはいつぶりだろうか。
日本にいる時は到底味わえなかった感覚だ、肉を切る音、骨が砕ける音が何とも心地よい。
ああ、こんな時間が永遠に続けばいいのに。
ただひたすらに悪人を殺し続けた。刺して、斬って、殴って.......
気がつけば周りの人間は全員いなくなっていた。
あれ?もう終わりか.......
つまんねんの.....
そこでソーラは思い出した。
なんで俺はここに来たんだっけ?
山賊の砦に来た目的が思い出せない。
ああそうだ、怒ってたんだ。
誘拐犯が許せなかったんだ、忘れてた。
周りには誰もいなくなっていた、あれ?もう終わりなのか...?
「あ...あ...化け物.....!」
良かった。もう一人いたんだ。
相手を見る。
ほかのやつよりいい服を着ている。
リーダーかな?少しは手ごたえあるかな.....
俺が一歩ずつ近づくとどうやら相手は腰を抜かしてしまっているようで、足が動いていなかった。
情けないな、ほかの奴らはちゃんと立ち向かってきたのに。
まあ、いいや。
槍を突き出し、そいつを殺そうとした。
『本当にそれでいいのか?』
頭の中に何かが聞こえる。
なんだ?
『志のない人殺しをする人間は、そこに転がってるやつらと同じだ。』
なんだこれ?誰だ?
周りを見渡したが誰もいない。
『志を間違えるな。正義とは何か、よく考え続けろ』
誰かが話しかけてくる。
うるさい。静かにしてくれ。
俺にはやることがあるんだ。
もう一度敵へ向けて槍を突き出そうとする。
しかし、その槍は相手には届かなかった。
槍は何かとてつもない力で握られていた。
誰かに槍をつかまれている。
動かない。なんで。
誰だ、僕の邪魔をするのは....
横を向くと、そこには岩山のような大男がいた。
「まあ、待て。こいつには聞かなきゃいけないことがあるんだ」
そう聞こえると、首筋に衝撃を感じて意識が遠のいた。
――
目を開くと、森の中の開けた場所にいた。
焚き火がたかれており、湯を沸かしているように見えた。
横には先ほどの大男が横で書物を読んでいた。
「俺は....いったいどうなって.... 」
「目が覚めたか。」
大男がこちらを見る。
「調子はどうだ?先ほどはえらく興奮しているように見えたが。まるで獣の様だった。」
「まだ首元は痛いですが、大丈夫です。さっきのことは自分でも何が何だか........」
「そうか、何があった?あそこはお前みたいな美少年がいていい場所ではなかったが」
ソーラは大男に向かって事の顛末を話し始める。
大男は何も言わずただ目をつぶって話を聞いていた。
死にたくなり、誘拐犯に抵抗して殺されようとしたこと。
勝手に身体が動いて、誘拐犯を殺したこと。
誘拐犯を許せず、砦まで行ったこと。
山賊を殺し回って、とらわれている人を助けたこと。
リーダーらしき人物を殺そうとしたときに声が聞こえたこと。
詳細を細かく話した。
ソーラは話しながら不思議と違和感を抱いていた。
この大男とはほぼ初対面であるはずなのに、話していて何故か心地よさを感じていた。
まるで十年来の友人と話しているかのようなそんな気持ちを感じたのだ。
ソーラは一通り話し終えたのち、大男が口を開いた。
「そうか、声が聞こえたか.....」
「何か知っているんですか?頭の中に聞こえた声について」
「いや、分からない。でもまあ、その声がお前に理性を与えた。それは間違いない」
確かにそうだ。あの時の俺は、我を忘れていた。人殺しを楽しいと感じていたのだ。
「あの時の私は、どうかしていました。人を殺して楽しいと考えるなんて....」
「いや、そうしなければお前は今ここにはいない。相手はお前以上に人を不幸にしている。お前は正しいことをした」
「そうですか....でもそう思うことにします。」
「何故死にたいと願ったんだ?その腕なら、衛兵や兵士としてやっていけるだろう」
「......まあ、色々ありまして」
「込み入った事情のようだな。まあ今はいい」
言える訳がない。俺はこの世界の人間ではないんだ。
頭がおかしい人だと思われるに違いない。
「そういえばあなたのお名前は?」
「ああ、そういえば名乗ってなかったな」
「俺はローシンという。旅の僧侶だ。」
「僧侶?え、貴方が?」
ソーラは信じられなかった。
確かに旅の僧のような見た目をしていなくはないが、その大きな身体だったらもう少し何かできるのではないか。
「まあ、そうは見えないだろうな。」
ローシンは笑っていた。
「俺は教会の孤児院育ちでな、親は知らない。」
ローシンは元々孤児で、国からの支援を受けている孤児院で過ごしていた。
孤児院ではあるものの、食うものや衣服には困っておらず、教育もしっかりなされていた。
神父も街では寛大な人物として知られており、多くの孤児が救われていた。
「俺も神父を尊敬していてな、いつかは孤児院を継ぎたいと思っていたんだが....」
「そうはならなかったと?」
「俺が13の時に神父が亡くなった。その後継の男がとんだクズ野郎でな。孤児院の資金を削減し、自分の金にしやがった」
そこまで言うとローシンの顔がほんの少しだけゆがんだように見えた。
「孤児の生活は苦しくなるのも、そいつはお構いなしだった。」
「そんな.....」
「だから、俺はそいつを殴り殺した。それがばれそうになって、ほかの孤児と一緒に逃げ出したんだ」
「そうなんですね、その孤児の方々は...?」
「幸い、俺たちは学があったんでな。役人になったり、兵士になってるやつもいるさ。商会を作って大成功したやつもいる」
「それは良かった」
ローシンはまた笑っていた。どうにも人を惹きつける笑顔だ。
「俺は旅僧として、世直しの旅をしている。この街に来たのもその一環でな。」
「世直し?あの町はいい街だと思いますが...?」
「おそらくだが、お前はアリアナに来たばかりだろう。学んだほうがいい。この国の現実を」
ローシンとソーラは立ち上がり、アリアナ町へ向かった。