第二話 目的
次の日から、俺はマライアさんに村を案内された。
俺を助けてくれたこの村は、アリアナ町というらしく、古い城塞を改築して作られた大きな町だそうだ。
ほかの村とは違い、交易路の中継の町として発展しているため、市場や宿屋も多くあった。
「美味しい屋台や、宿屋も多いんですよ!中でもうちの宿は一番ですけどね!」
マライアさんは、宿屋の娘らしい。
二階の部屋の一角を私に貸してくれていた。
マライアさんは世話焼きな性格のようで、俺によくしてくれている。
しかし、町の人の視線がすごい。
転生した俺の顔は、まさに若かりし頃のマッ○ミケルセンなのである。
朝に顔を洗おうとして鏡の前に立った自分の顔を見て固まるレベルなのだから、まあ仕方ないとは思う。
女性と目が合うと目を背けられるし、男性と目が合うと、睨み付けられる。
気にしてても仕方ないのであるが、気になるものは気になる。
そんなことを考えていると、お腹が鳴ってしまった。
「何かご飯を食べましょうか!いいところがあるんですよ!」
マライアさんはすぐに気づき、飲食店に案内してくれた。
店の中は既ににぎわっていており、何とか席を見つけて座った。
ここは、肉入りの饅頭が有名らしく、マライアさんは手慣れた様子で注文をした。
「これです!すごくおいしいんですよ!」
「ありがとうございます。いただきます。」
饅頭をほおばると、ソーラはある感想にすぐに辿り着いた。
でかい肉まんだ、これ。
めちゃくちゃ上手い。よく蒸された饅頭の中に甘い豚肉の旨みが口いっぱいに広がる。
「おいしいですね!特に中身の餡が素晴らしい!」
「良かったです!じゃんじゃん食べてくださいね!」
「いいんですか?私、今持ち合わせがなくて...」
「気にしないでください!私がおごります!」
手持ちがない俺からすると、途轍もなくありがたい。
しかし、金がないのはまずい。結局労働か....
マライアさんの好意に甘えて、ソーラは二つ目の饅頭を食べ始めた。
そうして腹ごしらえをしたのち、一通り街の様子を見て宿に帰った。
「お帰り!ソーラさん、この町はどうだった?」
宿ではマライアさんのお母さんが出迎えてくれたのだが、
「あ、、、、た、ただ今戻りました。綺麗で、私が以前住んでいた町より素晴らしかったです。」
ソーラはおかえりと言われることが久しぶりで戸惑っていた。
(別に俺はここに住んでいるわけではないけど...)
卑屈な考えに思えるが、これは彼の性格なのだ。
合理的でそれでいて悲観的、目的がないと何もできない人間。
目標を定めれば、それに向かってひたむきに努力できる。
しかし、それがなくなると何をすればよいかが分からず混乱してしまう。
だからソーラは常に目標を定めて続けてきた。
だから彼は妻を迎えた時、「妻を支える」という長期的な目標を設定出来て幸せだった。
その目標はもうない。
異世界に来て、すぐは目標とかそんなものを考える余裕がなかったため、よかったのだが、マライアさんに助けられて食事や
寝床を与えられ、余裕ができてしまったことで元々の自分を思い出してしまった。
「ご飯はマライアさんに頂きました。部屋に戻って寝ますね。」
ソーラは何とか笑顔を作り、部屋に戻った。
部屋で大きく深呼吸をした。
今の俺は、俺ではない。
見た目も違うし、前世を知っている人などいない。人を殺したことも誰も知らない。
しかし、俺は人を殺した自覚がある。
裸の妻をめった刺しにした。間男は殺す前に陰部を切り取ってやった。
目をつぶると、今でもその情景を思い出す。
夢に出てくる。
なぜ転生したのだろう。こんな精神でやり直せるわけがない。
「生きる目的」が分からない。
生きている限り、あの二人はずっと追いかけてくる。
死にたい。
しかしマライアさんやお母さんに迷惑をかけるわけにはいかない。
ひと時とはいえ、俺を救ってくれたのだ。
俺にとってはその「温かさ」を久しぶりに感じられた恩人なのだ。
ふと街を散策していた時に聞いた話を思い出した。
『この街では、最近誘拐事件が多く頻発しているらしい。』
『裏路地などの人気のない場所を深夜に歩いている人間が被害にあっているそうだ。』
これだ。誘拐。
マライアさんたちは悲しむかもしれないが、それも短い間だろう。まだ知り合って間もない間柄だし。
深夜、誘拐犯に抵抗して殺された。
これが一番いい。一番自然だ。
ソーラはふと笑ってしまった。
自分が死ぬ方法を真剣に考えていることに何故か喜びを感じていたのだから。
ソーラは、部屋の窓から一階の屋根に飛び乗り大通りに出た。
軽快な足取りで、路地へ向かう。
これから死ににいくというのに、まるで良いことがあって幸せとでも感じているようだ。
曲がりなりにも、死ぬという目標ができたのだ。
ソーラは爽快な気分だった。
そうして彼は裏路地にやってきた。
華やかな大通りとは違い、裏路地は鬱蒼としており、貧民や物乞いもちらほら見えた。
彼らにもここにいる事情があるのだろう。自分と同じように「生きる目的」が見つからず、困っているのだ。
しばらく歩いていると、後をつけてきている人間がいることに気づいた。
恐らく誘拐犯だろう。ソーラは敢えて人気のない裏路地の奥に向かって歩いた。
やがて行き止まりに来た。
後ろを振り向くと、フードを被った大男二人がそこにいた。
「何ですかあなたたちは?」
ソーラが問いかけると、二人は静かに笑った。
「まさか、誘拐事件の....でも男は誘拐されないって聞きましたけど...」
「お前が高く売れそうだからさ。見目麗しい男は普段こんなとこに来ねえ」
「そんな、嫌です!」
「安心しろ、悪いようにはしねえからよ。顔に傷はつけねえ」
「や、止めてください!」
ソーラは逃げようとしたが、道は狭く、到底逃げられない。
「逃げようとしたら殺すぞ、大人しくしろい」
大男二人は、懐から短刀を取り出した。
ソーラは怯えている表情を見せたが、内心は真逆だった。
これで抵抗すれば...
「う、うわああああ!!!」
そう言ってソーラは大男二人に向かっていった。
相手からしたら、やけになっているとでも思われたのだろう。
二人は彼を捕まえようとした。
ソーラもようやく死ねるのだと、喜んでいた。
――
しかし、彼の体はそれを望んでいなかった。