新しい服を買う、それは変化の一歩です!
約束の11時45分よりも15分早い11時30分、私はゲームにログインした。待ち合わせ場所には既ににギルマスやギルマス補佐を含む6人ほどのメンバーが集まっていた。この時間にギルドメンバーが集まるのは初めて見るので新鮮だった。今日のマーケットを心待ちにしていたのだろうかと思う。ギルドメンバーは私が来たことに気づいたようだ。
「お早うございます!」
「今日はよろ」
「おは」
挨拶が飛び交う中、私は次第に慣れてきてすぐに「おはようございます!皆さん、お待たせしました」と書き込んだ。実に真面目なコメントだった。そしてすぐに話は挨拶は終わり先ほど続いていたマーケットの話に戻った。どうやらギルドメンバー毎に欲しいものがあるようだった。ただ行先は似通っていった。
「じゅんさん、今日はどんなもの買う予定ですか?」
と、ギルマスから声をかけられた。私は少し考え込みながら、「まだ、悩んでるところなんですけど……」と控えめに答えた。実は、内心では先輩名の話や昨日見たブラウスのこともあって可愛らしいアバターアイテムに目が離せないでいた。でも、そんなことを言ったら笑われてしまうかもしれないと思い、コメントを送るのは躊躇した。
「何か良さそうなものがあったら買うことにします。今回はまだ初めてなので皆さんと同じ場所に向かうことにします。」
「了解です。あと数分で開始時間だけど、多分他のメンバーは遅れてくると思うから、そろそろマーケットの方に行きましょう
ギルマスがそう言うと皆が賛同し、私たちは一斉にマーケットへと移動を開始した。
マーケットに到着するまでの道のりは今までと違った。まず空にはいくつかのマーケット開催告知としてバルーンが浮いていた。普段とは全く異なる、華やかな雰囲気に包まれていた。マーケットの入り口を表す色とりどりの装飾が施されたゲートが見えた。ゲートから先は何かに覆われていて外からは中が見えなかった。ゲート中をくぐるとそこはまるで夢のような空間が広がっていた。
「久しぶりのマーケット到着!!」
いきなりギルドメンバーでよくふざけている人がいきなり叫んだので私は少し飛び上がった。マーケットに入った瞬間に早速、マーケット参加プレイヤーの人数が表示された。その数は、なんと11万人。予想をはるかに超える数字に、私は思わず息をのんだ。そしてギルドメンバーから、マーケットでの注意点として先ほど投稿された固定コメントを見た。
「ここでの鉄則は、悩んだら即決すること。なぜなら人気になりそうなアイテムは二次販売を狙う人間にすぐに買われてしまうからだ。」そしてそのコメントに続くように以前はボットが大量に買い占めてしまう話や、最近ではボット対策としてこのエリアにはボットの侵入を防ぐシステムが導入されたらしいけどあげられていた。まるでピクニックみたいなものかと思っていたけど、これはまさにバーゲンセールみたいなものだなぁ、と私は苦笑した。
「あと1分で、マーケットが開催されます!」
という、高揚感あふれるアナウンスが、ゲーム内に響き渡った。同時に、画面右側の参加者数表示が、刻々と上昇していく。そして、ついに30万人を突破したことを示す数字が、私の視界に飛び込んできた。期待と緊張が入り混じる中、ついに夜空を彩る華麗な花火が打ち上がった。
「マーケットオープン!!」
ギルマスが事前に伝えていた通り、瞬時に入場可能なマップが表示された。まるでテーマパークのアトラクションを選ぶように、様々な販売スペースが並んでいる。それぞれのスペースには、一定人数しか入ることができない。まるで人気レストランの予約のように、早い者勝ちだ。一度そのスペースに入ると一定時間、商品を自由に購入することができる。入ることができなった他のプレイヤーも一応スペースを自由閲覧はできるが購入はできない。。事前に、どのスペースを目指すかを決めていた私たちは、息ぴったりに、狙っていたスペースのアイコンを同時にタップした。運良く、ギルマスと私、そしてもう一人のメンバーが、そのスペースへの入場を許可された。どうやら、ここは人気のコスチュームが販売されているスペースのようだ。「ここは競争率が高いから、入場できただけでもラッキーだよ」と、ギルマスが教えてくれた。確かに、スペース内には、個性豊かな約10点の個人製作コスチュームが並べられており、どれも見応えがあった。
ギルドメンバーの一人は、まるで宝石を見つけたかのように目を輝かせながら、「あれは買いだな!」と声を上げた。そしてすぐにレジへと駆け寄り、新しいコスチュームを手に入れた。そのコスチュームは、まるで白鳥の羽のように純白で、どこまでも澄み切ったような輝きを見せたコートだった。私も何か別の魅力的なコスチュームがないのかと商品をざっと見た。先ほど買ったはずのギルドメンバーは他にも買いたいものがあったらしく再びレジへと向かった。すると店員から告げられたのは、なんと一人一点までの制限があるということだった。その購入しようと思っていたコスチュームを私も見てみたそれは、まるで白雲を掴んでいるような、ふわふわとした生地のワンピースだ。しかし、よく見ると、そのコスチュームは、足がほとんど見え、ワンピースにしては体のラインが浮かび上がるような大胆なデザインだった。果たして、あのコスチュームを私は着ることができるだろうか……
「何か買いたいものがないなら、ここをすぐに出るよ」
1つの場所には約1分で出ていくと決めていたのであっという間だった。私は、店内の白い照明の下、無数の商品をもう一度見渡した。どれもが魅力的だった。しかし、どれも私の心を完全に捉えるものはなかった。
「ギルマス、自分の代わりにこれ買って!」
2点目のコスチュームを個数制限ゆえに変えなかったギルメンはそう嘆願したけど、あっけなくギルマスターに断られた。ギルマスがマップを開く次の店へとすぐに移動すると他のメンバーも予定通り移動を試みた。そして次の店は、ギルマスしか入室できなかった。
ギルマスが手に握ったのは、1つのコスチュームだった。そのコスチュームをじっと見つめていた。 ギルマスが手に持っていたコスチュームは、まるで白と黒が不規則に並びピアノのような、シンプルなデザインだった。黒と白のコントラストが際立ち、神秘的な雰囲気を醸し出していた。フードとマスクがついており、顔を隠すことで、より一層その神秘性は増していた。まるで、白夜の中に現れた影のような、どこか物憂げな印象を受けるコスチュームだった。私はなぜかそれが欲しくなってしまった。
「ギルマス、私はそれを買いたいです!!」
さきほど人のものを断ったから今度も無理だろうとは思った。しかし私はそれでもこのコスチュームを買いたいと思ったのだ。
「これは私が買いたいんだけど……」
「それでもどうか!!」
私はどうにか買えないかと手を握りしめた。
「……ほんとうなら他人のものを購入することはやめているんだけど。新人だし……」
「ありがとうございます!!」
さっき買ってもらえなかったギルドメンバーはずるいと、当然のようなことをつぶやいていたが私にはそんなこと気にすることもなかった。
そして私は新しい服を買い、ほんの少しだけ一歩を踏み出したのだった。