明日はマーケットで自分を変えて見せる!
その日の仕事は、いつもよりスムーズに進んだ。予定していた工程も比較的余裕を持って終えることができた。ソファに深く腰掛け、ホッと一息ついた。しかしそんな達成感よりも私の頭を占めるのは別のことだった。それは、まさかあの真面目な先輩ですら昔ゲームをしていてそのキャラが萌え萌えなキャラだということだった。自分の固定観念が打ち破られた瞬間だった。
「私も、もっと自由にキャラクターを使ってみようかな……」
そんな風に考え始めたことで私は、自分のキャラクターの見た目について気にし始めてきた。とりあえず1分くらいで設定した適当なキャラと、即席で考えたプレイヤーネーム。これじゃあカップラーメンを作るよりも早い。なんて安いんだろう。
「でも、わざわざアバターを飾るのって面倒なんだよな……。どうやってやるかもわからないし」
と、今日は非常に独り言が多い私である。とりあえずギルドの誰かに聞いてみるとするかと思っていつものようにギルドにログインした。そこにはすでに数人のギルドメンバーが集まっていた。みんな大体この時間にいるけど暇なのかな……、などと余計な事を考えながら私も彼らの輪に加わり、「お疲れ様です」と声をかけた。
「おつかれ」
「おつ」
「私はお疲れです……」
「はろー」
なんか変なコメントもあったけど、私もだんだんこのチャットに慣れてきた。最初は会社のチャットに似たような印象もあって嫌悪感を抱いていたけど慣れてみると楽である。ギルドによってはどうやらコメントではなく外部連携のアプリを使用して音声通話をするらしい。このギルドではチャットが主要なコミュニケーション方法ぽい。
「ギルマスまた疲れてるの?」
「酒で疲れを流せば?」
「ガチャでも引いて回復すれば?」
「ギルマスは、酒が飲めません……」
「まじか、ギルマス」
「ギルマス、もしかしてまだ未成年?」
「ギルマスはJKだったの?」
「JKギルマスww」
「ギルマス、じゃあ今度のマーケットではセーラー服でも買えば?」
?????
とにかくくだらい話の中に目を引くコメントが出てきた。マーケット?別のタブを開いてマーケットについて検索をした。このゲームには、月に一度、特別なアイテムが手に入るマーケットが開催される。そこでは、他では手に入らない限定のアバターや衣装が販売されている。一度購入すれば、自分だけの特別なアイテムとなる。そのアイテムは交換することもできる。アイテムは交換した瞬間に所有者が変わり、前所有者は使うことができなくなる。……そして、そのマーケットが明日から開催されるということだった。
「マーケットってどんな雰囲気何ですか?」
「まだマーケットにはいったことないのか?」
「明日の昼からだから行ってみれば?」
「ギルマスがセーラー服買うみたいだから一緒に行ってみれば?」
「行きません(*^-^*) でも暇な人は新人への案内もかねて集まってマーケット行きますか? @ALL」
「日時は?」
「お金ありません( ;∀;)」
「ギルマス支払い」
「日時は明日の1145にこの場所です。良さそうなものはすぐなくなるので遅れても待ちません。」
「りょ」
「りょうかい」
私も「わかりました」と打ってログアウトした。いつもはだいたい1時間もいなかったけど今回は少し話が進んで2時間ほどいた。そのため立ち上がって伸びをした。そしてその流れでクローゼットへ向かった。明日のマーケットでどんなアバターにしようか、そんなことを考えるとクローゼットのことをふと思い出した。クローゼットに眠っている洋服たちの中をなぜか見たくなった。ゲームの世界の話だから現実世界の話は全く関係ないというのに
クローゼットを開けると、そこには様々な洋服がぎっしり詰まっていた、わけではない。普段は、あまり洋服選びに時間をかけないため、店員におすすめを聞いてなんとなく良さそうだなと思って購入したものがほとんどだ。洋服を見るのは一年のうちでもおおよそ片手で数えられるほどだ。友達と一緒に出掛けたころには付き合いで行ったが今ではそのようなことも減った。そんなことを考えているうちに店員に進められて衝動買いしてしまった華やかな洋服を発見してしまった。私はいくつかのひらひらが付いた真っ白なブラウスを手にとった。そして恐る恐る鏡を見ながら自分に合わせた。
「……なんでこれかったんだろう」
このブラウスを買ったときのことは今でもしっかり覚えている。新宿を歩いているときにたまたま見つけたものだった。一度見てこの真っ白なブラウスが頭に離れなかった。そして何度か通るたびに買うか悩んだ。そして何度かの熟考の上に一目惚れして購入したのだった。その時はこの服を何度見てもときめていた。柔らかなシルクの生地が肌に触れる感触、繊細なレースの模様、そして、何よりもその純粋な白さがたまらなかった。購入したころには鏡の前でブラウスを羽織り、何度がくるくると回りながら鏡の中の自分に見ていた。しかし今ではその高揚感は少し薄れてきた。もちろん全く何も思わないわけではないが、少し冷めてきた。
「明日は何をかおうかな……」
そして私は少しこのブラウスをクローゼットではなく、部屋のハンガーにかけ部屋を暗くした。