私も可愛いキャラになりたいと思うの!
ギルドではなぜかおじさんとして扱われるようになった次の日私はいつもと同じように電車に乗った。満員電車に揺られながら、私はふと自分のことを客観的に見ていた。いつも通りの服装、いつも通りの髪型。私はまだ20代半ば。鏡に映る自分を見てもやっぱりおじさんではなかった。
しかし鏡を見ているうちに私はなぜか気づいてしまった。
もしかして自分の周りにいるような人間が一緒にゲームをしているかもしれないということに。
ギルドメンバーの姿が脳裏によぎった。普段チャットでしか話したこともない彼らも、もしかしたら、いや、もしかしなくても私と同じように、現実世界ではごく普通の会社員だったり、学生だったりするのかもしれない。あるいは、私とは全く違う、華やかな世界で生きているのかもしれない。そんなことを考えると私はいつも乗っている電車が少し違う場所のようにも思えた。
周りのことを気にしているうちに私は気づいた。ギルド運営の記事を見てみればどのような人たちがいるのかわかるのではないかと。すると少し古いがいくつかの記事が出てきた。
『ギルドに女性が入って崩壊した』
『ギルドのおっさんが暴走をした結果ギルドをやめた話』
『トップギルドにいたんだけど何か質問ある?』
『ギルドメンバーと結婚することになった。そして二人とも脱退させられた。』
……ろくなものがないな。
思わず苦笑してしまった。
やっぱり、人間関係というのはどこでも難しいものなのだろうか。ただ本当に性別が原因でギルドを脱退することがあるのかと少し驚いた。まあ思い返してみると、大学時代にサークル内である子が何人もの男子たちから言い寄られた。その結果として次第にサークルの雰囲気が悪くなり崩壊したという噂を聞いたことがある。
……だから、私がおじさんになったのは間違いではない。私はおじさんになったことでギルドメンバーとの距離が縮まったような気がする。ゲームの世界では、年齢や性別なんて関係ないと思いたい。しかし現実ではそうではなさそうだ。
というか、もしかして、いやもしかしなくてもゲーム内でもおじさんキャラにする必要はないんじゃないの?
頭の中でおじさんのことについて考えすぎてなぜか私はそんなことすらも思いつかなかった。あのようなゲームをやっている人は多くが可愛らしいキャラクターばかりをつかっている。もちろん厳ついキャラクターもいる。しかしそれは思い返してみると少数派だった。
会社に到着し、エレベーターに乗り込む。すると上司も少し遠めの場所にいた。私のプレイヤーネームの原案である上司である。もしかしてあの人も同じゲームをやってたらどんなキャラクターを使うんだろうと想像した。美少女?お姉さん系?それともショタ?やっぱりおじさん?まあ、さすがにあの人が美少女キャラを使うわけもないんだし無難なキャラを選ぶんだろうな。
私はおじさんなんだぞ?
と、念でも飛ばすように上司の方を見た。
この日は、久しぶりにパートナー企業との連携業務があり、少し年上の先輩社員と共に、彼らのオフィスへと向かうことになった。再びエレベーターに乗り込み、窓外の景色を眺めている間、先輩が突然言ってきた。
「最近、仕事がいつも以上に捗っているようだけど、何か良いことでもあったのかな?」
「実は、最近、ゲームにハマっていて…」
と、恐る恐る打ち明けてみた。本当ならこんなことは言いたくなかった。しかし私はなぜか口に出してしまった。すると、先輩は興味津々だった。先輩はこの仕事が非常に好きだからこそのここまでくいついてきたんだろう。すこしでも役に立ちそうな話なら聞いてみたいようである。もうお分かりのようだが逆に仕事に役に立たなそうな話は全く興味がない。
「ゲーム、か。どんなゲームを?」
「簡単にいうとアイテムでキャラクターを育成して、他のプレイヤーと協力してボスを倒したりするゲームです。」
と、本当に簡単に説明した。こうすることで以上この先輩にはゲームの話を聞いてほしくないと思ったから。会社にゲーム同じゲーム仲間は今はいらない。いや、いてはならないとおじさんになったときに実は誓った。すると予想外にも先輩は少し懐かしそうに頷いた。
「なるほどね。昔、僕もよくゲームをやっていたよ。特にRPGが好きで、夜遅くまでプレイしていたものだ。研究室の後輩を使ってね。でも、最近は仕事が忙しくて、なかなか時間が取れないんだ。また久しぶりにゲームでもやってみようかなと思ったよ、仕事ができるようになるなら」
「いや、大丈夫ですよ。ゲームをプレイしても特に仕事ができるようになるはずはないですよ。最近仕事がうまくいってるのはたまたまだと思います」
なんとしても私は否定に否定を重ねた。想像外の反応をされたゆえにむしろ不審なくらい否定をした。先輩は自分のやってきたゲームについて語ってきた。しかし私の頭はそれをただスルーしていただけだった。私の頭の中はとにかくいろいろなことでいっぱいだった。
今後、会社ではゲームをしていることは内緒にしておこう。
誰かに聞かれたら、別の趣味にすり替えようか。
もしものために他の有名なゲームのことでも調べておこうか
大きなかわいらしい声で可愛らしいキャラクターがビルのディスプレイに映ったのが見えた。すると先輩は独り言ぐらいの声で「ああいうキャラクターが今ははやっているのか」とつぶやいた。私はまさか反応するとは思わず口が動いてしまった。
「先輩はああいうゲームをやっていたのですか」
「まあ、たまあにな」
全く否定されなかったので思わず顔をそらして、「えへへ、そうなんですか?」と慌ててごまかした。内心では、「まさか、先輩もこんなゲームをやっているなんて…」と、驚きを隠せなかった。
本当は、一緒にゲームを楽しめる仲間がいたら嬉しいんだけど、今の自分には、まだ自分の趣味を大っぴらにする勇気はない。それもこれも安易なプレイヤーネームをつけてしまったこと、そしてその結果としてなぜか自分の理想とは違うプレイヤー像となってしまったから。
普段の私とは全く異なる、可愛らしい女の子にもなってみたいなぁ……