行ってくるね
神の言葉を受け入れた後の彼女たちは思う以上にあっけらかんとした態度で対応し始め、自分たちと死とは無関係のように平然と話を始めだした。
「そうと決まったら、切り替えて行こうじゃねーか。私は男になってみたい。女も魅力的だが、生まれ変われるのなら一度は経験したいもんな。筋肉質でキュッとしまった身体のカッコいいのがいいな」
「はいはい、はーい!僕はボンキュッボンな身体で特におっぱいが大きい魔法使い!」
「はいはい、グラマラスな魔法使いね。多分お前が想像しているような魔法はないんじゃが分かった」
「私はお姫様がいいな。もちろん容姿端麗ね」
「ちょっと書くから。容姿端麗っと。最後はお前じゃな」
「私は今の私が良いです。容姿はほどほどであれば良いです。性別は問いません。あまり興味ありませんので」
「つまり、今まで得てきた知見つまり知識が欲しいということじゃな」
四人それぞれの意向を聞いた神はきちんと生まれ変わりノートに書き込んだ。
「このくらいでよいじゃろ。それぞれの希望を聞いていると無限に湧いてきそうじゃからの」
4人は色々な設定をそれぞれが、あれやこれやと話始めたので、ある程度聞いたところで、神は皆の希望を書き記したノートを閉じ、4人の前に緑色の地面が透けて見えるモニターを開いた。
「これがお前たちが運ばれる世界じゃ」
モニターには世界地図が開いており、中央には巨大な柱のようなものがあり、その柱を囲むように六つの大陸が記されている。
「なにこれ?面白い。モニターなのに地面が透けて見えるよ」
「未来もにたーだ」
「私達の世界でも同じような技術は存在するけれど、ここまで薄く作られているモニターはまだ世に発表されてはいませんね」
「注目するのはそこじゃないんだけどね。そのようなことより、モニターに映し出されている世界地図を見るのじゃ」
「あーはいはい、ごめんなさい」
もう一度モニターに映し出されている地図に注目するよう神が言うと4人は不思議そうに神に質問を投げかける。
「この地図は私達の知っている世界地図と違いますね」
「うむ、見たこともないのだ。この柱はなんなのだ?」
かなめが地図に映し出されてる塔のような部分を指さす。
「これはな、お前たちの誰かが到達せねばならぬ中央大陸リヒトの塔じゃ。この塔に最初に到達したものが魂の統合統一者ということになる」
「つまり俺たちの目指すゴールって事になるのか」
「そうだね…。私達がいなくなる場所ということだね……」
紫音は少し暗い顔をしながら言葉を発した。
「別に私達の意識が消されるわけではなく1つにまとまるという事ですし、新しい感覚の共有が始まるのですし、今この瞬間に感じる感覚が失われることは残念、ですが…」
話をしているグレーバー自身の言葉のトーンも徐々に鈍ってくる。
「ははは、君たちは何か勘違いをしてないか?僕たちはこれから世界を守るために自らの意思で苦難を受け入れ乗り越えていこうとしているのだ。何も死に行くわけではないのだ。僕たちが特別な人間で神様さえも殺せない存在なら僕たちが世界を救い、ここにいる僕を含め四人の生存理由も見つかるかもしれないのだ」
かなめがえらくまともなことを言っていることに少し驚いたが、その振り幅がみんなを勇気づけた。
「そうだよね。そうだよ、私達が生きる理由を見つけるために、これからの世界に生まれ変わるんだもね」
「そうですよね。私達、私達ではならいものがあるのなら、そこに向かっていけば良いのですものね」
「お前たち、やっと分かったか。俺は最初から知っていたけどな」
蓮の最後の言葉に皆がはい、はい、分かりましたと安堵交じりのため息をついたところで、神からの言葉が発せられた。
「色々と思うこともあるだろうが、ここに映し出されている大陸がお前たちを送る世界じゃ。今からリヒトの塔を囲うように六つの大陸ある。それを1人一大陸ずつ選んでいき、選定が終わったらお前たちとはこれが最後になるじゃろう」
「六つ大陸のどれを選んでもいいの?」
「うむ、ただし一度選んだものものは変更が効かんぞ。それと選んだ大陸は他の者は選択できないから順番をきちんと決めたほうが良いぞ」
「それぞれの大陸の特徴はありますか?」
「それは教えられん。ひいきになるからな」
「では、大陸は構いません。地図上には中央大陸や六大陸の他に大小の粒のようなものが沢山ありますがこれは島か何かですか?」
「そうじゃ。中央大陸にそびえ立つリヒトの塔と六大陸の周りには数万にも及ぶ島が点在しておる。また、この世界は海に囲まれておるのじゃが、それぞれ、無数の炎柱が乱立している炎の海、強烈な酸で出来ている酸の海、巨大な竜巻がうねりを挙げている嵐の海、入ったものは抗うこともできない底なしの泥の海、数万度にもなるレーザーの雨が降り注ぐ光の海、光さえも飲み込み大気も存在しない闇の海で出来ておる」
「ひぇーそれじゃあ、大陸からは出られないのかよ」
「そうとも限らないかもしれません。数万もの大小の島々が存在するのならば、他の大陸にも行き交うことのできる方法があると思います」
「おおう、よう分かったのう。これは中央大陸リヒトの塔攻略のためのヒントの一つとして伝えようと思っておったことじゃが、一定のルールをクリアすると、それぞれの大陸から大小の島に行き交うことは可能じゃ。渡った島に得られる意味のあるものがあったり、ただの通過点にしかならぬ島があったりと様々じゃ。ただし、六大陸から中央大陸へ渡ることのできるルートは一つだけじゃ」
「なんだ渡れんのかよじじー。まどろっこしいことすんなよ。そんなのお前の力でどーにでも出来るんじゃねーのかよ。わかった?!いじめだろいじめ!やらしーな最近のじじはよー」
「なんじゃと!試練じゃ試練!最近の若いもんは苦労を買ってでもしようとはしない。そんなんじゃ喜びを得られんじゃろが!」
「なんだと、じじー!」
「ストーップ!いい加減にしてください2人とも」
「なんで、わしが」
「なんで、俺もなんだよ」
「わし、神様なん」
「いいから、終わり!」
グレーバーからお叱りを受けた二人は“なんで?!”と思いつつ怒られてしゅんとしている。
「最後に2つ程質問があるのですが」
「なんじゃ、答えられる質問であれば構わんよ」
「では最初の質問です。生物が接種することができる水や酸素、大気はこの世界にあるのですか?」
「何故そう思う?」
「東西南北と、これだけ気候変動が激しい世界は私が理解してきた大気構造とは明らかに違います。宇宙は広いのですから私達が知らないだけで、このような惑星はあるのかもしれません。ですが、神様が私達を送りだし争いさせる世界にしては環境としてあまりにも酷で生存していくことは難しいように感じます。これでは、誰かを選定させるためというよりは、無限にこの惑星に閉じ込めようとしているのではないかと疑ってしまいます」
「つまり、これから送り出される惑星でお前たちや他の人類が生存できないような場所にワシが転送するんじゃないかと心配しておるのじゃな?」
「はい。そう思いました」
「安心せい。太陽もあるし水や空気もある。お前たちが生きている世界とそう変わりはないじゃろうて。ただし成層圏や大気圏などは存在せん。上空は地上から666Mしかない世界じゃ。じゃから、空を飛ぶことが出来たとしても、これだけ色々な海が存在するんじゃ、大気の影響を受けるじゃろうて、とてもではないがずっと空を飛び続けることはできんがな」
「わかりました。限定はされるものの私達が生存していくのには不都合ではないということですね」
「そうじゃ、問題がないようであれば次の質問を聞こうかのう」
「では、島に渡った時に得られる意味のあるものとは何ですか?」
「ほんと、お前さんはよく気が付くのう。それはなぁ知恵じゃ」
「知恵ですか。それは個人のというより国家のレベルが上がるということですね」
「どうして突然個人じゃなく国家とわかるの?」
「それは私達を大陸ごとに分けて戦わせようとしていることや六大陸の文化や産業、制度や民度、専制主義なのか民主主義なのかを教えてはもらえないこと。一定の条件をクリアしないと渡れない島ということなどから推察できます。これは個人でどうこうできるレベルではないはずです。その知恵を得ると産業革命のようなことが起きるのではないでしょうか」
「む、むむむ」
核心を突く質問に口をつぐむ神を見て理解したグレーバは理解することにした。
「そうなのですね。わかりました」
「わかって?」
「このことは皆に知ってもらわないといけませんね。知る権利があるのですから」
グレーバーは神との会話で得た情報を皆が分かるように読解しながら伝えた。
「そっか、なるほどね。ありがとうグレーバーちゃん。助かったよ。少しでもこれから挑む世界の事が知れてよかったよ」
「あんたー大した女だよ。ウンウン」
「しかしすげーな空に限りがあるなんてよ。空ってずっと続いているもんかと思っていたよ」
「じゃ、じゃあ蓮の宇宙はどこからなの?」
「そんなの空をずーっと行っているとパッと宇宙になんだよ」
そっそうだね、はははと冷や汗を垂らしながらす紫音とグレーバーは見合った。
「六大陸の文化や産業、制度や民度、専制主義なのか民主主義なのか何もわからないんだね。馴染みのある文化などが知れれば助かったんだけど。どうやって順番を決めて大陸を選ぼうか?」
「よし、じゃんけんだな。じゃんけんで決めようぜ。一番公平だしな」
4人は簡単に話し合いをした後じゃんけんで順番を決めた。
「一番手は誰になったのじゃ?」
「はいはーいあたしからでーす。あたしは地図の左下にあるトスタニアにきーめた」
「次は私ね。えーと、じゃぁここにする」
紫音は地図の右下にあるニーアを指さし転生先の大陸を選んだ。
「俺は右上にあるアメリアにするよ」
「最後は私でですね。私は左上にあるアーシアにします」
4人は希望する六大陸を順番に指さした。そして新たなる世界と自分に意気軒昂し期待と不安が交錯しながらも神の前に正立した。
「ワシや他の者の決定事項じゃが、4人には申し訳ないことをしておる。ワシはお前たちが思い描いておるような全知全能の神ではないが、ワシができることは特例としてやったつもりじゃ。ワシはお前たちの神と言う名を冠して見守っていこう。お前たち4人い幸在らんことを」
神が最後の言葉を言い終えると、4人それぞれの傍らに金色に輝く長い髪にキトンを纏い背中には白い羽を持つ女性が現れ、四人の周りに薄いベールで覆ったような白い雲と共に姿が消えていく。
「ありがとう。神様。行ってくるね」
消えゆく言葉を聞いた神は、白く伸びた髭を撫でおろし手に握った樫木の杖を足元の岩場にカツンと叩き響かせた。
「伝え言えなんだが、お前たちの記憶は新世界に降り立つと同時に消えてしまう。ワシにとっては寂しく思い、お前たちにとっては辛く厳しく悲しくある苦難になるかもしれん。ワシはお前たちの行く末を見続けることにするよ」
神は煌々と光る美しい惑星を見ながら話し終えると神の姿はなく、無限に広がってゆく宇宙と心拍のような音だけが静かに響いていた。