下痢止め薬がアダムとイブ?
「うそーうそうそうそー!?うそでしょー!」
神の話を黙って聞いていた蓮が突然大声を出し、両肩強張らせ両腕をピーンと伸ばし、信じられないといった形相で顔の可動域すべてを引きつらせ、これ以上できないだろうと思えるほどおでこにしわを寄せている。
「お、おい、それは真実なのか?じじー!嘘なんだよな?神と言ってもお前みたいなじじーが言うことは戯言になるんだよな?そうだろ?じじー!」
「じじーじじーいうな!戯け者が!じじーじゃない!神じゃ神様じゃ、まったくふてぶてしい奴じゃ。本当じゃ、お前たちが言う処の神が言っておるんだから真実に決まっておろうが」
神は目を見開き持っている杖を岩に何度も突きながらプンプンと怒っている。
「嘘だろ、このじじーが創造主でその創造主が作った下痢止め薬がアダムとイブ?」
あまりにもショックだったのか膝から地面に倒れながらうなだれ、両腕を頭のこめかみに付けブツブツと言い始めた。蓮の家庭は敬虔なクリスチャンとまでとは言わなまでも信仰心は持っていた。幼少期の頃は寝入りばなに父母が聖書の話をしてくれていた。そのこともあり、神の存在も旧約聖書も信じていたし、これからもその教えに恥じない生き方ができればと思っていた。だがしかし、こともあろうか今ここにいるじじーが神であり、そのクソ神が言うことが真実であるということを聞かされては信仰心が揺らぐ衝撃を受けてしまう。嘘だとは思いたいが、今いる状況を鑑みて、それを否定できるようなものも存在しない。やはりそれは本当なのだろうと心の中の自分がつぶやいているがわかる。蓮の中でただただ己の信仰が瓦解していく音だけが心の中に響いている。
「ま、まあ、信じる対象は人それぞれですし、すぐに受けいられなくともいいと思うの。蓮は落ち着いたら話に参加して頂ければいいですから」
神様も何もこのタイミングで信仰心を疑わせるような話を入れてこなくてもないいのにと思いつつ軽く咳ばらいをし、ショックを受けている蓮をかばいながらも神に話を続けるように促した。
「腹下しはまぁ治まったようじゃが。アダムとイブの効果のおかげじゃろうて、よくやったというべきかのう」
神はブツブツと呟きながら、結果よくやったと自分自身を肯定しているようである。
「自分を賞賛しているところ申し訳ないのですが、天地創造と私たちがここにいることとの関係はどう繋がっているのですか?」
「おお!そうじゃったの。お前さん達の惑星のそばにブラックホールがあるんじゃが、それがごみを外に出す役割を果たしておるんじゃがのう、どうも異物が残ってしまいアダムとイブとともに惑星に留まってしまったんじゃ。ワシはそれを一掃してしまおうかと思たんじゃが、アダムとイブが偉く気に入ってしまってのう、腹下し成功の褒美としてその惑星をテラフォーミングしたのじゃ。先ほども言ったがそれがお前たち人類になるのじゃ。
しかしそれがいけなかったのかもしれん。人類は次々と進化していき、その種を瞬く間に増やしていってのう。アダムもイブも望んだことでもあるし喜ばしいことではあった。だからワシは管理者としてお前たちを観測することにしたんじゃ。そしてある時ふと気づいたんじゃが、人類の遺伝子情報の中でお前たち四人だけが元始と変わらない魂を持ち続け存在していたんじゃよ。人間は生を得、活動し、やがて新たなる生命を育み老いて死という概念で身体は土に還る。魂は宇宙意識の集合体に吸収され、やがて誰かの意識として生を得るという循環を繰り返しておる。生を受けた人間は環境や生き方など少しずつ魂の記憶としてDNAを引き継ぎ進化し続けるんじゃ。だが、お前たちはまったく同じ魂の根源を引継ぎ13333333回生まれ変わっておるんじゃ。そんなことあってはいかんのよ。
「どうして?どうして?あたしはあたしだし、生まれ変わってもずっとあたしなのは当然なのだ。おかしいことはぜんぜんないのだ。頭だいじょうぶか神様?それにどうして褒美?あたしもお菓子をたくさん食べるとおなか痛くなるときがあるのだ。ぽんぽん下すと神様は褒美くれるか?ずるいぞそんなんで。だったらあたしも、もーっとお菓子たべて、たくさんおなか痛くするからご褒美いーっぱいほしいのだー!」
かなめは神が言っていることなどお構いなしに至極当然なことを要求するように褒美をせがみながら、床に寝ころび手足をバタつかせた。
「宇宙が腹こわしたら巨大なブラックホールが形成され予想外に周りのものをすべて排出してしまうんじゃ!こちらも宇宙も排出されたあちらの宇宙も大忙しなるじゃろ!それにアダムとイブが行ったことはそこそこ偉業の話で、お前のように菓子の食いすぎで腹壊してトイレに駆け込むのとは訳が違うじゃ。そのような話よりお前たちの生まれ変わりの法則についてだな、ええい!お前と話しておると頭が変になってくる。その辺はメガネっちゃが話をしてくれるから大丈夫じゃ!お前はワシの膝にでも座っておれ」
神は石段に腰をおろし、ほれほれとかなめを膝の上に乗せた。かなめはほっぺたをこれ以上膨らませられないだろうというぐらいに大きくし、ブーと言いながら納得していないようだった。
「うーん、でもまぁいっか。じーじー膝の上しっくりくるし気持ちいいから、これがご褒美として今回は我慢するのだ。でも、まだまだ沢山もらうからね」
とりあえずは納得したようで神の膝で猫のように丸まり始めた。
「も、もう話を進めてもいいかしら。2度目ですが私の理解した範囲で話させていただきますと、神様がここで言う人間の遺伝子情報とは、私たちが知るようなそれぞれの種が持つ設計図とは少し違うように感じました。人間は人間のハエにはハエの遺伝子情報があります。私が勉強した程度で申し訳ないのですが、遺伝子情報が大きく何かに変わるというのは今のところありません。ですので、多くの人間は死という概念を持っています。生きとし生けるものが持っている細胞が終わりを迎えることで死が確定します。
そのことを踏まえて神様の言葉を聞いている限り、私たち文明での死とは異なり、書物や考え方、価値観などで存在する生まれ変わり、つまり輪廻転生があると聞こえてくるのです。拙い知識で言うのもあれですが、もし生まれ変わりがあったとしても生まれ変りで同じ人間にはなりません。某国がクローン技術を用いり遺伝子クローンを作ったそうですが、それはあくまで同じ生体を作ったにすぎず、環境や体験などから得られる経験値、成功や失敗から学ぶ成長力、回避力、人間としての感情、喜怒哀楽などを学んでいないからです。つまり記憶、性格まではコピーできないので、同一の人間にはなりえないのです。
「って言うことは、一卵性の双子は同じ遺伝子を持っているなんて言うけど、それも違う遺伝子ってことになるの?もちろん性格や経験を足すことなどは別として」
「そうですね。一卵性と言っても百パーセント同じではありませんね。似ているということにはなります。人間という遺伝子情報は変わりませんが、おじいちゃんやおばあちゃん、お父さんお母さんなどの情報を受け継いだ子孫はDNAのどこかに影響をうけ、生活して行くうちに似てくることはあると思います。つまり似ているのです」
「なるほど、似ている人はたくさんいるけど、どれも同じではないんだね。それが育った環境によってそれぞれ形成された性格が加わって一人の人格者になるとということだね」
「正解です。私たちの価値観からしてみれば、同じ人間は存在せず、血を受け継いだ人、一族が脈略と続く子孫達へのその思い、血を引き継いでいくとなります。それが概念で言うところの生まれ変わりになるのかもしれません。神様が言う魂が回りまわって人間に生まれ変わり、進化していくとうことと私たちの一般的な概念のものとは違うということになります」
「魂が意識の集合体に吸収され誰かの意識として生を得るって神様が言ってた。私のあったらいいなーと思っている生まれ変わりと違っていたからよく覚えているよ。ちなみに私が生まれ変わるときは、やっぱり一番好きな人が空飛ぶ馬で迎えに来てくれて、一緒に飛んでいくんだ~。それでそれでね。てへへ~」
紫音は赤らんだ頬に両手を当て身体をくねくねしながら、声は徐々に小さくなっていく。
「そ、そうですね…。ゴ、ゴホン」
夢見る少女の願望話に少し怯んだグレーバーではあったが、それ以上白馬の王子様話に付き合う必要はなさそうなので話を続けることにした。
「それぞれ生まれ変わりはの考え方は違うと思いますが、ここで問題なのは私達の世界の創造主が魂の昇華、生まれ変わる過程までも述べているということです。アダムとイブの話やブラックホールの話などが神が話すそのことが事実であり全てということになります」
「そうすると私もだけど、疑っている神様はやはり私たちのイメージの中に存在する神様であるということだよねグレーバーが言うには」
「そうです。この宇宙において第2位の存在の神様が言うのであれば、宇宙自体は生命で、成長し続け、この宇宙の外にも宇宙が存在し、その宇宙もまた他の宇宙にも宇宙があり、私たちの想像もできないくらい無限につながっているのでしょう。その神様が今回、私たち4人をこのどこかに呼び出し、神的な存在を証しこのような話をしなければならないのは、よほどのことなのだと思います」
「あー?!さっき言っていた一千万回以上も元始と変わらず存在しているという話だね」
「そう、あってはならない想定外の事が起きた。例えば因果律、輪廻の外側の存在になっているとかかしら。神様と対話していて気づいたというか思ったことがあるの。この世界は神によって予定調和があり、ルールが存在しており、そのルールに基づいて神様は動いている様な気がするわ」
グレーバーは自分の考えを言い終えると神様の方へ視線を向けた。
「確かにワシはワシ以上の存在のルールにしたがっておる。そのルールにそぐわないことが起きた場合は、修正して破損個所は修復しなければならなんのよ」
「やはり私たちは因果の外側の存在になっているということですか?」
「まぁそうじゃの。その言い方が正しいかは別として、お前たちはこの宇宙にとって異質な存在であることは確かじゃな。なので、ワシはお前たちをここへ呼び出し、今から意識、魂の統合統一を測らねばならん」
「統合統一とは?」
「お前たちはどうやら一つの魂でのう、先ほども話したが、そのようなことはあってはならんのよ。今はまだお前たち4人だけじゃが、今後同じ魂が無数に存在してしてしまうと、この宇宙に同じ宇宙が存在してしまっても良いことになってしまう。そういうイレギュラーは退場してもらわんといかんのじゃ」
先ほどまで絶望していた蓮が神の座っている石段に片足を“どん”と乗せ怒りに任せ神に食って掛かってくる。
「じゃあ何か?宇宙のために俺たちを全員殺して“ウ〇コ”をピーとやって、はーっとか言ってすっきりってことか?このやろー!」
「話をよく聞けバカ者が!お前たちをウ〇コにしてやるとは言っとらんし、消すとも言ってらんじゃろ。統合統一じゃ」
「東郷東一?ハー!?何言ってんだじーさん!意味の分からねーこと言いやがって、ボケが進んでるんだろ?はいはい、おじーちゃん、トイレはあっちだよー」
「何じゃと!ワシを愚弄するのか!」
「愚弄だって。はっ?!いつの時代だよ。今時そんな言葉使わねってーの!」
「ぐぬぬぬぬ!」
「ぎゃははは!ぐぬぬぬっだって」
「ワシを怒らせると、凄いことが起きるぞ!」
「あー?ハイハイ分かった分かった。すごいすごい。じじーは早く墓に入って眠って起きてくんなってーの」
口喧嘩では勝てぬ神は、次何か発したら泣いてしまうと思わんばかりに身体をプルプルと震わせている。
「だいたい神だなんて他の3人が信じても俺はみとめねーから!じじいが!」
「すとーっぷ!蓮、その辺でやめておいて!神様をもう少し労わってあげて。かわいそうでしょ、高齢者をいじめたら」
紫音が二人の間に割って入る。
「そうじゃそうじゃ、少しは年長者を敬え!でもワシ、老人じゃなくて神様なんじゃがのぅぅ」
高齢者という言葉に敏感に反応したのか、神様が消え入りそうな声で蓮に抵抗する。
「あ!?なんだウ〇コ!」
「ワシはウ〇コじゃぁ~な~い」
蓮と神が怒鳴りあいをしているその脇で、静観していたグレーバーが少し恥ずかしそうに咳払いをした後に訂正するように話し出す。
「蓮、あ、あのね、た、多分だけど、神様は私たちを殺すようなまねはしないと思うの。もし神様が私たちを消してしまおうと思っているのなら、なにも4人をこのような訳の分からない場所に呼んだりしないわ。そもそも殺すのならすぐできるでしょ」
「あ?分かんないだろ、この質の悪いじじーならやりかねねーよ」
「質がわるかろーとやらないのものはやらないわ」
「け!?そんなもんかね」
連は納得はせず怪訝そうに答える。
「そうじゃそうじゃ、そんな野蛮なことやらんもんね」
「なんだと!じじー」
「まぁまぁそのくらいにしておいて話を進めましょう」
犬猿の仲の二人をグレーバーがなだめる。
「とにかく、物騒な話ですが私たちを殺すなんてことはしません。その前提条件の上で話を進めると、私たちでなければ出来ないことがあるということになります。統合統一というのは魂のことを指しているのだと思います。そういった意味で私たちは一つの存在にならなければならず、魂の共有化を図り私が他の3人、他の3人が私といったように並列化がなされるべきと神様は考えたのだと思います」
「なぜそんなことしないといけないの?」
「先ほど同じ人は1人として存在しないというお話をしましたが、そのルールがないと宇宙が壊れてしまうということです。ひいては生きとし生けるものが存在できなくなってしますので、みーんな死んでしまうということになるからです」
「でもよ、俺たちがいる宇宙の他にも沢山宇宙はあるんだろ?なら大したことじゃないじゃん。1つ宇宙が増えるだけなんだし?」
「例えばだけど、蓮が目の前にある饅頭を食べました、食べた饅頭はなくなるでしょ?」
「うん」
「でも、饅頭を食べたその瞬間に饅頭が当たり前のようにそこにいあり、その饅頭を食べる蓮が存在し、その饅頭を食べる蓮と食べた蓮が同時に存在し、食べた蓮と食べる蓮が沢山その場所に出現し続けてしまうとしたらどう?」
「おいおい、それは困るだろ!俺が沢山いるのは」
「そうでしょ。神様が言う他の宇宙でそれぞれの蓮が饅頭を食べる食べないの結果は無数に起きても問題は起きないわ。それは確定した結果としてそこに存在するから。でも一つの宇宙で始まりと過程、結果が無数に繰り返してはならないのよ。宇宙という身体の中に宇宙が作られていってしまうことになるから。それをどうにかするために神様が出した答えが私たちの魂を1人の人間にしようということなの」
グレーバーが話を言い終えると神は丸くなっているかなめを膝からおろし、スッと立ち上がった。
「しかしめがねっちゃは神以上に神らしい言葉を発するのがうまいのう。みんなが理解できるように話す、なかなか出来ないことじゃ。さて、お前たちをなかったことにすることは簡単じゃ。だが、何度滅ぼそうとも再び再生して生存し続けるじゃろう。なので、ワシはめがねっちゃが言うようにお前たちを1つに統合することに決めたのじゃ。ただ、ワシも鬼ではない。統合先をお前たちで競わせ納得した形で魂の統合をすることにしたんじゃ」
「おいおい、したんじゃ!じゃねーだろじじー。結局は同じじゃんかよ。俺たちの誰かを残して後は殺すってことだろ?」
「神様が言うことはなんとなくわかるけど、宇宙が生まれてから神様が管理者として色々見てきていた中で私たちみたいな存在は何度もあったんでしょ?」
「もちろんあったよ。バグというものがな」
「バグ?何かのいきものか?食べられるのか?」
「食べられません。バグとは不具合という意味でよく使われるのですが、神様が度々修復してきたと言ってきたものがバグということになるのでないかしら」
「そうなんだね。修復できるんだ。なら、神様の力で私達を正常なものに修正だってできるでしょ」
「確かにな。できるものならそうしてやりたいが、そうもいかんのじゃ。宇宙には常にバグが発生しておってのぅ、それをプチプチーとなワシの凄い力で皆に頼んで処理してもらっているのよ。しかしお前たちはバグとは違いその外側にいる存在。神の言葉、処理が届かんから修正など出来んないんじゃ。なのでワシはお前たちを癌と表してアプローチを変えることにしたんじゃ。じゃから理解してくれとは無論言わん。これは決定事項であり、神、宇宙の意思、変えることはできん」
「そうか~決定か~。この世界と私たちを天秤に掛けるなんて神様もずるいね。素直に頼むと言ってくれれば喜んで私はその試練を受け入れるのに…。でも、私は私も世界もかなめも蓮もグレーバーも皆がいる世界を望むよ。そのために神様のいう決定事項に抗いながら神様が作ろうとしている世界に挑むよ」
紫音は強い意志を改めて確認して神の前に一歩躍り出た。
「あーくそ、いいよ分かったよ。四の五の言っても仕方がない。受け入れてやる。ただし、じじーお前のためにじゃねぇ、生きとし生けるもののためだ。あと、お前が決めたんじゃねー私が私の意思で決めたことだ。そのことを忘れるなよ」
「私であって私ではなく、誰かであって誰でもない存在…。全ての人類を守れるのなら私は神様の案に抗わないことにしたいと思うわ」
蓮もグレーバーも強い意志で一歩前に出た。
「ここに在ってここになく、ここになくてここにあるかぁなるほど!よくわからないけど、人の体に入ってみたいと思っていのだ。僕はぜんぜんいいのだ」
かなめはよくわからないと言いつつも瞳の奥には全てを見通している意思が感じとれ、深い理解をしているようである。
「ありがとうのう。皆良い目をしておるわ。良いかお前たち、ワシは管理者としてただ静観するだけじゃ。ここから先はお前たちの人生、ワシは関与できん。次ワシと会う時は統合統一されたときになる。では、これから新しく生まれ変わるお前たちに性別や年齢、容姿、職業など希望があればそのように整えてやろう。何か希望はあるか?」
神は4人の覚悟を聞き目を潤ませそうになったが、威厳を保つことでその瞬間を乗り切り、彼女たちに施せる最後の仕事をするべく向き合った。