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七色の輝きに満ちて  作者: 鏡桜 久音
―― 序章 忘れられた土地 ~最果ての島の日常~ ――
2/20

◆ 欠片其のⅠ:兄と妹 ◆


 少女は読み古された絵本を閉じて本棚へと戻した。


子供の頃から何度も兄と読んでいた本だ。それも毎日。


何年もの間読み返された本は、読まれ疲れたと嘆くようにくたびれている。


世界から忘れられたこの小さな島に生まれ育った自分たちにとって、憧れの広い世界がその中には広がっていた。


兄はいつかその国に行ってみたいんだと口癖のように言った。


自分も兄と同じ気持ちを強く持っていた。


未知の冒険に憧れるのは、子供の特権だろう。好奇心という名の心の泉が湧き出していれば、性別は取るに足らないことだ。


けれど、兄やこの里の人たち、大好きな人たちが沢山いるこの島の暮らしから離れたいわけでもないのだ。


もう何年も前のことではあるが、今も色褪せずに残る幼き日の思い出だ。


「やっと起きたのか、エメラ。」


高くはないがかといってそれほど低くもない、穏やかな声が後ろから聞こえた。


「おはよう、お兄ちゃん」


「おはようって…。もう昼だぞお前…」


振り返ったエメラは今日初めての会話を兄と交わす。


玄関から入ってきた兄のコイズは、いつまで寝ているんだと呆れている。


妹エメラは朝がめっぽう弱い。


放っておくと一日中寝ているほどだ。しかもいつでもどこでも眠ってしまう。


昔、猛獣であるホウコウサーベルの背中で寝ていた時は、さすがにコイズも肝が冷えた。


妹を救出するために、コイズは村人とホウコウサーベルを捕まえようと奮闘した。それでもこちらの心配をよそに、エメラは静かな寝息を立てている。


コイズ達から逃げたり、威嚇したりして暴れるホウコウサーベルの背中が、心地よく眠れる場所とは到底思えない。


寝ている間に拐われでもしたらどうするんだ、まったく…。


まあ、この島にそんな不届き者はいないけど。


そんな心配をコイズは毎日のように繰り返している。


 一方、兄コイズはいつも朝早くに自然と目が覚める。


日の出より早く、まだ暗いうちに目覚めることもある。にもかかわらず、夜は遅くまでずっと起きていられるのだ。


シェプリーフの里のみんなからは、今でもよくからかわれている。必要な睡眠時間の大半を生まれる前に母親の腹の中に置いてきたのだろう。とか、エメラの睡眠能力を分けてもらえ。とか。


これが逆だったら逆だったで、眠らぬ妹に頭を悩ませていたに違いない。同じ悩むなら、眠らないよりは眠る方がいいが、それにしても寝すぎである。


そんなこんなで、必然的に朝食作りはコイズの担当である。


「お兄ちゃん、お腹すいたよー」


「お前なー。ったく、飯握ってるからそれ食っとけ。」


やる気のこもっていない間延びしたエメラの要求に、コイズは呆れて溜め息をついた。そして、早朝に作り置いていたおにぎりを、コイズはそこにあるぞと顔でテーブルの上を示す。


エメラがテーブルを見ると、三角おにぎりと俵型おにぎりが大きめの平皿に10個程並べられていた。


美味しそう~と目を輝かせ、おにぎりの前の椅子に腰掛ける。


「いただきます。」


律儀に両手を胸の前で合わせて、おにぎりへの誠意を込めて挨拶をする。


作り手である自分にもその誠意が込められていることを願いながら、コイズはおにぎりをパクパクと幸せそうに頬張る妹を微笑ましく見つめた。


見た目は線が細い印象のエメラは、10代の女子にしてはよく食べる。食い意地が張っているわけではなく、単に食べる基本量が同年代の少女より多いだけだ。


「今日はいい日になりそうな気がする♪」


二つめのおにぎりを食べ終えたエメラは、今にも歌い出しそうだ。美味しいものを前に上機嫌のエメラは、既に3つ目のおにぎりを手にしている。


妹の呟きを聞いたコイズは、逆に大変な一日になる気がしていた。


〝エメラの勘は9割外れる〟


これが我が家における教訓の一つだ。


もちろん、エメラの睡眠もその教訓の中に含まれている。


「それ食べたら、着替えて準備しろ。早くしないと置いて行くぞ。」


「そんな意地悪言わなくても…」


頬張っていた咀嚼中の物を飲み込み終わってから、エメラは自分を急かす兄にボソリと呟いた。


妹は量は食べるが、食べるスピードはそれほど早くない。


「こんな時間まで寝てるからだろ…。文句を言うならもっと早く起きろ!」


不満そうな声をあげる妹に文句は受け付けないとばかりに、嫌なら早起きしろとコイズは突っぱねた。



きっかけは3日前、セルフレアの森の奥にひっそりと佇む古い神殿で、里の子どもたちが光る物体を見たらしい。わずかに動いたので不気味に思って逃げ帰ったという話だった。


神殿の周辺は魔物もあまり寄り付かないこともあり、里の子供達がちょっとした冒険気分で赴く遊び場となっている。


今まで大きな事故や事件が起きたことがあるという話は聞かないが、気になったコイズは念のため神殿を調査することにしたのだ。


その調査の日が今日なのだ。


エメラも自分から一緒に行くと言っていたというのに、結局いつも通り寝過ごした。


予想していたこととはいえ、エメラの寝坊助は困りものである。


いくら危険が少ない所でも、日が暮れてしまうと流石にリスクがあがる。早めに済ませなければ。


読んでくださってありがとうございます。

次話も読んでくださると嬉しいです。


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