3. 実は二度目で、二度目の敗北
「ツ!・・・左手か、肋骨も多少いってるけど、足は無事そうだな」
片手の骨折と肋骨のヒビで全治2~3か月、その他打撲や擦り傷が多数という状態を無事というのならだが。まぁ、命があるのなら無事という言葉をつかっても間違いではないだろう
フーゴは座席の下にある装備を回収し歪んだコックピットのハッチを手持ちの指向性爆弾で破壊しつつ何とか脱出できた、爆弾はこういう時の為にとコックピットにおいてある物だが、フーゴはまさか自分が使う事になるとは思っていなかった、機体が僅かとはいえ重くなるし何より自分の座席の下に爆弾があるなんて何度安全だと説明されても気が気じゃなかった、この作戦前にはこっそりどこかに捨てて行こうかと思ったくらいだ、捨てる場所を見つけられなかった過去の自分の無能さと持っていけと何度も忠告した友人に感謝しつつ機体の外に出る、幸いな事に季節は夏、氷点下5度というこの世界にしては温かい気候なので凍死のリスクは少なめだった
「せめてタグと値打ちのある物だけは回収しないとな」
このまま基地に帰っても作戦失敗による罰が待っているだろう、最悪敵前逃亡とみなされて死刑もあり得る。奮闘したという証拠のため自分の機体のログデータが入ってるAIユニットと仲間の機体の残骸からドッグタグとデータの入ったメモリーカードを取っていく、AIユニットは高価だからできるだけ回収したいが重い、仲間の機体からは今回の戦いのデータという軽くて貴重な物だけを持っていく事で、自分への刑を少しでも軽くしようと考えている
「ってか、あんなのに勝てるわけが無いよな・・・」
フーゴがあの敵・・・スピリット国の保有する人型兵器と戦ったのはコレで二度目だ、一度目は大敗、最初の一撃でまとまって行動していたロイクの3分の1近くが破壊され、その後も上空からの狙撃とミサイルで全機撃墜された、僅か3分の事だった。その中の一兵士として参加していたフーゴは運よく生き残り国に帰ったのだが軍法会議にかけられ死刑は免れたものの国外追放になった、移民団に紛れて今の国、アスファルト国に拾ってもらえなければ確実に野垂れ死んでいた。
「せめて禁固刑程度にしてほしい・・・いやそれだとなぁ・・・できれば罰金程度に・・・無理かなぁ・・・」
フーゴには死にたくない理由があった、次にどこかの国に拾ってもらえるなんて甘い考えは持ってない、前回拾ってもらえたのは本当に幸運だった、今のご時世において、国外追放は死刑とほぼ同義なのだ、かと言って禁固刑で生かしてもらえても養わなければならない家族が居るフーゴにとってはあまり変わらなかった
「っと、もう来たか早いな」
フーゴは自国まで歩くつもりは無かった、食料をあまり持ってないし距離も遠すぎる、けどそこまで歩かなくてもスピリット国に来る途中に通った隣国、ソコの国が仕掛けている防衛用のカメラに映りさえすれば、後は不審者として向こうから逮捕しに来てもらえると踏んでいた、何しろスピリット国に挑んだ無謀な国の兵士だ、ひょっとしたら戦利品の一つも持ってるかもしれないと思われても不思議じゃない、実際にはただの撤退中の一兵士なのだが
「抵抗はしない、保護を頼みたい」
迫ってくる隣国の兵士に両手を上げながらそう言いつつも丁寧な対応になど期待していない、実際兵士達は抵抗しないフーゴを地面に押し付け手錠をかけ持ち物を全て没収した、身元を確認したのちに返してくれるとは思うが、それも確実とは言い難い。幸いアスファルト国はどうやらフーゴを見捨ててないらしく捕虜の引き渡しを要求し隣国もソレを受けるつもりだ、隣国にしてみればろくな物を持ってない捕虜一名の為にアスファルト国との関係を悪化させたくないと考えるのは当然だが、フーゴに取ってしてみればそれすらありがたい
ちなみに何故アスファルト国がフーゴの生存を知ってるかというとすでに通信で連絡を取っていたからだ、ロイクには電波式の通信機が付いてある、プラズマフィールドを発生させステルス状態になった時は隊長がやったみたいに光無線通信などを使う必要があるが、ステルスを解除すれば電波による通信は行える、フーゴは周辺の機体の中から通信機が生きている機体を見つけてすでに連絡をしていた、貴重な戦闘データがあるから捕虜の引き渡しを要求してくれと。別に隣国とは戦争をしてるわけじゃないが許可なく不法入国したフーゴは隣国の法律上は捕虜となっている
かくして、無事アスファルトへ帰る事が出来るようになり、没収された物も返してもらえた、データはコピーされただろうがフーゴにしてみれば大した痛手ではない、AIユニットは没収されたままかもしれないと思ったがコレも戻ってきた、念のため自分の機体のメモリーカードだけは抜きとって舌の裏に隠しており、いざとなれば飲み込むつもりだったがそこまではしなくても良かったようだ
フーゴは車で移送されアスファルト国まで戻ってきた、そのまま基地内に通され折れた左手の治療などを行ってもらった後に報告書を書いた、今のところ帰国して即軍法会議という最悪のケースにはなってないようでフーゴは一安心している、この分なら極刑は無い、だが国外追放になる可能性が高くなってきたと感じつつ、何とか禁固2年以下にして欲しいと考えている、願わくば弁明の機会だけでも欲しい所だ
「よお、英雄!ようやく帰宅か?随分ボロボロだな、しかしお前の場合ソレも勲章に見えてくるな」
報告書を出そうと通路を歩いているとフーゴの友人ベルナール アンジェロが話しかけてきた、フーゴは黒いボサボサの髪にパッとしない顔だちなのとは対照的にベルナールは金髪でとても遊び慣れてると言わんばかりの容姿をしている、ベルナールは軽口をたたきながらフーゴの肩を叩く
「・・・肋骨も少しやられてるんだから加減しろよ、あと変な呼び方はよしてくれ、ただの負け犬だよ」
フーゴは自分よりも身長の高いベルナールを見上げながらそう訂正するが
「あの無敵のスピリット国の兵器から2度も生き延びたんだろ?立派な英雄だよ。少なくともオレにとってはな」
ベルナールは尚も笑顔でフーゴにそう告げる、ただ運が良かっただけだと告げてもベルナールの態度は変わらない、今度は運も実力の内だと言ってくる、この男は何を言っても褒めてくるようなことしか言わない為普段フーゴは少しうっとおしく感じるのだが
「はぁ、今だけは少し勇気づけられるよ」
フーゴはベルナールと別れ上官の部屋に入る、報告書を提出して数時間後、再び呼び出しがかかり指定された部屋の前までやってきたが、ソコで足が止まる
「ココからが正念場だな」
深呼吸を一つして気合を入れなおしてドアを開ける、ソコに居たのはロイク部隊の司令官と陸軍幹部、そして最近中央司令部から来た中佐もいた、これからは言葉は勿論一挙手一投足にすらフーゴの命運がかかっている、椅子に座る手順はもちろん視線の動きすら下手な動きは禁物だ、迂闊な事も言えない、それでも何も言わなければ待っているのは死かソレに近い事だろう
上官の内の一人がフーゴの報告書を読み上げる、戦闘の映像も隣のモニターに映されている、程なくしてソレは終了し、上官の報告書の読み上げも終了した、そのまま上官がこの度の作戦失敗についてフーゴに問いただしてきた
「この度の戦闘に置いてかの国の兵器に対し貴官の敢闘著しくプラント間近し、此度の作戦において有効打は多く敵の撃墜も遠くなき所、今回の貴重たる経験において次に要する事物が見えたのなら・・・」
と上官の話が続く、要約すれば「まぁ良い線行ってたと思うけど駄目だったわけだが、何か言いたい事があるならどうぞ?無いなら処分を言い渡す」という内容だ。ココが最後のチャンスだ、ココでしくじれば後は無い、フーゴは口からこぼれそうになる自身の弱さをカラカラの喉で一度飲み込む
「この度の戦いにおいて・・・」
フーゴは弁明する、元々敵の勢力が強すぎたのだと、今回はたった一機に80機ものロイクがやられた、もし敵が2機だったら?3機だったら?おそらくロイクを300機集めても敵わない、ソレを戦闘のデータから客観的に説明していく、その中で自分が如何に戦ったか、敵前逃亡など考えておらずソレに準じる行動もしていない事を説明していった、しかし上官たちの顔色は良くならない、むしろ説明が続くほど表情は険しくなっていった、フーゴは思う、このままでは駄目だと、別に特別悪い事は言ってないし、弁明の言葉としては100点満点で90点くらいはあるんじゃないかと思うくらいだが、このままでは駄目なのだ、点数に直すのなら200点や300点を出さなければ何の戦果も得られず逃げてきた兵士などなんの価値も無い
「もし次回の戦闘が行われるのであれば・・・」
フーゴが苦し紛れに発言したその一言を言った途端上官たちの表情に変化があった、興味をそそられた顔だ、フーゴは意を決してその苦し紛れに言葉を重ねていく、例えどんなに不出来な戦術でもソレが彼らの興味を引いて少しでも温情をかけてくれるならと言葉すら選ぶ余裕もなく話していく
「スモークの射出を敵に向かって射出することを愚考いたします、コレは敵が複数いる前提の対ロイク戦や対戦車戦などでは意味を成しませんが敵が単独、あるいは少数で戦うスピリット国の兵器に対しては自身の周辺にのみスモークを撒くよりも効果的だと思われます」
その後も今回の戦いを経てフーゴが考えた戦術を披露していく、所詮一兵士の戯言でしかない、しかし上官たちには面白い小説にでも聞こえるのか受けが良い、一通り話し終え、残りはすでに話した戦術の補足くらいしか話す内容が無くなってきた頃に隣の部屋から別の上官が来て話は終了となった。己の命運をかけたスピーチを終えて後は裁定を待つ囚人の気分となったフーゴだが、その夜を超えても有罪判決は来なかった、それどころか一時帰宅を許されたのだった、コレが無罪判決の証拠ならいいのだが処刑前の最後の面会と晩餐の機会にも見えるためフーゴは安心できない、それでもフーゴはこの一時帰宅を喜んだ。
初っ端から敗北、からの命拾いルートです