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出会い その1

 まだ夏の暑さが残る九月初旬、海原高校一年一組の教室にいる学生たちは数学の授業を受けていた。クーラーの効いた教室でのびのびと数学教師が黒板に問題を書いていき、それを学生たちはノートに書き写しながら問題を解いていた。




 ほとんどの学生が真面目に授業を受ける中、襲い掛かる睡魔に勝てず爆睡を決め込む生徒が一人だけいた。




 廊下側一番後ろの席で机に突っ伏しながら寝るその男子生徒を、板書し終わった数学教師が振り返りざまに見る。




「おい、秋月(あきづき)、起きろ! 授業中だぞ!」


 秋月と呼ばれた男子学生――秋月秋人(あきづきあきと)――は、むくりと上体を起こす。顔を上げた反動で光の加減によっては茶色に見える髪がさらさらと揺れる。アイドルにいそうな整った顔立ちをしているが、その顔はまだ夢の中にいるかのようなぼやっとした表情を見せていた。




「応用問題をやっているというのに随分と余裕そうだな。さすがは学年一位だ、秋月。せっかくだからこの問題、解いてみろ」




 秋人はまだ状況を理解できずにきょろきょろと周りを見ていた。クラス中の視線が秋人に集まる。




「あの黒板にある問題を解けだってさ、秋人」




 隣の席に座る藤堂健史(とうどうけんし)が小声でこそっと教えてくれる。友人の健史(けんし)に教えてもらった秋人は「あぁ、なるほど」と一言言うと席から立ち上って黒板の前へと向かった。




 チョークを持ったまま秋人は数秒ほど考え込む。数学教師が「どうした、授業中に寝ているから分からなくなるんだぞ」としたり顔で注意するが、当の本人には全く聞こえていなかった。カツカツと黒板にチョークで数式を解いていく。「これは引っかけだからこっちの公式を使えば……」などと独り言をつぶやいた後、計算を終えてチョークを黒板の縁へ置く。




「終わりました、先生」




 何事もなかったように数学教師に話しかける秋人。数学教師は鼻を鳴らしながら黒板に書かれた数式を見始めたが、全部見終わった途端先ほどまでのしたり顔は驚きの表情に変わっていた。




「……正解だ。次からは寝るんじゃないぞ」




「いやぁ、すいませんでした。以後気をつけます」




 秋人は申し訳なさそうに一言そう謝ると、自分の席へ戻っていった。




「さすが秋月君、あんな難しい問題一瞬で解いちゃったよ」




「学年一位の頭ってどうなってんだろうな」




「イケメンで頭もいいとか、超人すぎだろ」




 クラス中がざわざわとなる。数学教師が「私語は慎みなさい。次の問題をやるぞ」と言うと、教室はまた静まり返った。





   ◆◇◆





「今日の数学の授業、相変わらずすごかったな」




 放課後、隣の席に座る健史が楽しそうに話しかけてきた。




「いやぁ、あれは焦ったよ。まさか昼寝が見つかってしまうとは」




 やってしまったと言わんばかりに苦笑いをしていると、健史は不思議そうに首を傾げた。




「秋人が授業中居眠りなんて珍しいな。夜更かしでもしたんか?」




「あ~実は昨日ちょっとバイトが忙しくて、疲れがたまってたんだよね」




「あぁ、俺もバイトやってるけどやっぱ平日にあると大変だよな」




 秋月秋人はまるで絵にかいたような優等生だ。成績優秀、眉目秀麗、スポーツ万能、何においても完璧だった。おまけに分け隔てなくクラスメートのほとんど皆と仲が良いため人望もある。クラス内から秋人は、所謂リア充に分類されていた。




「完璧優等生にも弱点があるんだな」




「おいおい、茶化すなよ」




 笑いながらつっこむが、秋人自身、周りから完璧と見なされることにまんざらでもなかった。むしろ完璧な人に見られたいと考えており、実際に周りからそう思われている自分を誇りに思っていた。




「それはそうと、実は俺今日バイト無くてさ、香澄(かすみ)たちと話していたんだけどカラオケ行かね?」




 健史が提案すると女子生徒が二人と男子生徒一人が秋人たちの元にやってきた。




「夏休み明けからまだ一度も行ってないしさ、秋人君も行こうよ!」




 そう話すのは健史の口から名前が出た多田香澄(ただかすみ)だった。ツインテールをやや下の位置に結んだ可愛らしい女の子で、その天真爛漫な性格で男子から人気があった。しかし香澄は健史と香澄は付き合っており、実際に手を出そうとする男子はいない。




 秋人はクラスの時計を確認するが時刻はまだ午後三時をちょっと過ぎたあたりだ。昨日は忙しかったが今日の放課後は特に何の用事もない。




「お~いいね、どこのカラオケに行く?」




 健史がスマホの地図アプリを出しながら「そうだな……」と確認をしていると、秋人のスマホに通知音が鳴る。お世話になっている叔父からのメッセージだ。




『すまん、緊急の仕事が入った。マジでヤバいので助けてほしい』




 すでにいい歳の叔父が「マジで」や「ヤバい」という若者言葉を使っているのを少しほほえましく思いながら、はぁとため息をつく。これはどうやら今日も寝不足になりそうだ。




 仕方がないとは分かりつつも、申し訳なさそうに健史へ話しかける。




「ごめん! 今日行けなくなったわ。バイト先からヘルプ入ってほしいって連絡来てしまった」




「お~マジか。しゃーねぇ、また今度だな」




「ほんとごめん、次はちゃんと行くから」




 手を合わせて申し訳なく頭を下げていると健史は「じゃあ他に誰誘う? もう一人ぐらい欲しいよな」と次の人を探し始めた。




「じゃあさ、水川(みずかわ)さんとかどうよ!? 部活入ってないみたいだし来てくれるかも、俺声かけてくるわ」




 その場にいたもう一人の男子、チャラさに定評のある日野悟(ひのさとる)が健史の返答も聞かずに前の方の席にいる水川雪菜みずかわゆきなへ話しかけに行く。




「水川さん! 俺たち今からカラオケに行くんだけど、よかったら一緒に行かない?」




「知らない人とは行かない」




 雪菜(ゆきな)はバッサリと悟の誘いを断ると、一目散にバッグを持って教室から出ていった。




「うっわ、感じわる」




 秋人の隣にいる香澄とは別の少しギャルっぽさのある女の子、小田島莉緒(おだじまりお)は心底嫌そうにつぶやいた。




「ま、まぁ確かに同じクラスとは言え話したことのない人から誘われたらああいう反応になっちゃうんじゃない?」




「それにしてもあれはあり得ないっしょ」




 香澄がフォローを入れるも、莉緒はバッサリと切り捨てる。




 水川雪菜(みずかわゆきな)は非常に美人だが、クラスでは浮いていた。やや癖毛気味の赤みがかったセミロングにけだるそうなたれ目、小顔で色白の肌、身長はそこまで高くないもののスタイルが良く、入学当初から先輩同級生問わず様々な男子に告白されていた。




 しかしそのすべてを毒舌気味に断ったため、本人の冷静沈着な性格やクラスで一人浮いている姿も相まって「氷の女王」と呼ばれていた。クラス内で誰かと話している様子をあまり見かけたことがなく、誰とでも仲良くする秋人ですら話したことがなかった。




 もっとも、秋人も水川雪菜のことを美人だとは思っていたがお近づきになろうとは思っていない。




秋人は決して顔面至上主義でもなければ博愛主義でもない。顔が良いからと言って下心を持って話しかけようとは思わないし、皆が皆人と一緒にいるのが好きではないのも理解している。




今までの雪菜の言動を見る限り一人でいるのが好きなタイプかあるいは男の人が苦手なタイプの女子ではないかと考えていたため、積極的に話しかけることはなかった。




 秋人は腕時計を確認する。海原高校から叔父の事務所まで徒歩で約二十五分とそこそこ時間がかかるので、「どうすっかな」と人集めをしている健史を横目に荷物をまとめて学校を出る準備をする。




「それじゃ、また今度!」




 健史たちに別れを告げると、早々に教室を出た。

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