その17・黒のゼロ
荷物といっても、ワタシの場合ほとんどなかった。
はじめに着てた服一式と、このお宿に来て貰ったり買い足したりした服(派手目)なヤツが5.6枚。
あちらの世で憧れつつなし得なかった、ミニマリスト生活だった。
なんなら猫のサンダーダー先輩の方が荷物は多かった。
何が入っているのか、ちょっとエスニックな柄の大きなバッグ(巾着?)が2つもあるのだ。
「先輩、コレ本当に全部必要ですか?
旅ですよ?戦場に行くんですよ?」
旅行に行く前にワタシが親に言われたセリフだった。
「いるにゃー。そしてヨッシーが持つにゃー」
今更猫のふりをして人間に甘えようとしている。
持ち上げるとガシャと金属が擦れるような音がする割には、そのバッグは軽かったのでワタシは仕方ないかと思うことにした。
まあ、大事な物は人(猫)それぞれなのだ。
「そうだ、荷物を整頓してたら、こんなものを見つけたんだ。貸してあげるよ」
サンダーダー先輩は、赤い小さなモノを口に咥えて渡してきた。
ワタシは先輩に見えないように、一回袖口でそれを拭いてから見てみる。
赤いルビーのような石がついた、リング。
「わあ、綺麗」
綺麗だけど細工は大雑把で、石は傷だらけだ。
「昔、このお宿に魔法使いが泊まった時、宿代が払えないって言うんでそれを置いていったんだ。
アレクセイは美意識に合わないとかで使わなかったから、ボクがいただいてたの…内緒で。」
まあ使わないならいいんじゃないかと思いつつ、そのリングを指にはめてみた。
かなりでかい…と思った瞬間、リングは締め付けるように指に絡みついてきて、ピッタリのサイズになった。
「おお、さすが魔法使いの指輪!で、コレはなんの効果があるの?」
「わかんない!」ハキハキした良いお返事である。
呪いのナントカでなければイイけど。
「出発するってよ!」
アレクセイがワタシと先輩を呼びに来てくれた。
何もないけどね、と言いながら、メッセンジャーバッグにパンやらか小銭やらを入れてくれていた。
「ヨッシー、アンタがいなくなるとみんな寂しがるわ(ウ○チがスッキリ出なくて)
早く帰ってきてね。」
「アレクセイさん、なんか、色々ありがとうございます。
この世界に来て、どうなることかと思ったけど、あなたのお宿で働けて良かった。」
アレクセイはワタシをぎゅっと抱きしめて、それに気が付いた女の子たちもぎゅっと抱きしめてくれた。
宵の黒のリーダーは、ワタシにロバサイズの可愛い茶色のウマを用意してくれていた。
小さいけれど、ワタシとサンダーダー先輩、とその荷物を載せるには充分。
しかしいざ馬を目の前にして、ワタシは重大なことに気がついた。
「あ…馬に乗れない…てか乗ったことない…(正確には遥か、遥か昔幼稚園ぐらいの頃に動物園のふれあいコーナーで乗った、という写真がある)」
一斉にしろ〜い目を向けてくる戦士御一行様。
足手まとい感がバシバシ伝わってくる。
「仕方ないなぁ」
戦士の中では1番年下ではないかと思われる童顔巻毛くんが、ワタシのウマの手綱を引いてくれた。
「ボクが1番後ろでリードしてあげるから。
まあ、すぐに自分で乗れるようになるよ。」
(優しい…)「あ、ありがとう。あの、お名前は?」
「名前?」
童顔巻毛は一瞬キョトンとして、笑いながら答えた。
「ボクには“ゼロニ”。この隊の2番目の戦士だから。
リーダーは“ゼロ”、以下“ゼロイチ”、“ゼロサン”って続くんだ。全部で20人だから、最後が“二ゼロ”ね。」
どうやら隊の番号が名前、というスタイルなのね。
フルネームで言うと、「黒のゼロニ」など、隊の名前(色)が苗字になるらしかった。
「あ!」
よく見ると、戦士たちの手の甲に番号の刺青があった。
コレは便利!でも手の甲見ないとアラサーには絶対覚えられない!
(じゃああの金髪イケメンリーダーは、黒のゼロさんか…
まてまて、ゼロサンは、ゼロサンさん…⁈)
覚えやすいがややこしい…というあの気楽な島の歌の歌詞が頭に流れてきた。
しかも口ずさんでしまった。
それからのちしばらく、隊の皆が口ずさむことになるのだが、1番上手なのはサンダーダー先輩だったという…
そんなこんなで、夕方ごろにはワタシも1人でウマに乗れるようになり、
そろそろ休憩という言葉も聞け、
やっと一息つけるわ〜と思っていると、
黒のゼロは恐ろしいことを言い始めた。
「今夜はこの辺りで寝る。
手頃な洞窟を見つけた。
おいヨッシー、オマエは今夜オレと寝ろ」