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第七話 裏切りの序曲

 ――――ヴェストファーレン王国

 ノルガード王国の隣国であり、両国はすでに五代以上にわたって婚姻政策を続けており、ほぼ親戚同士の状態にある。

 マルグリットとコーネリアを嫁がせたのもそうした婚姻政策の一環であり、二人に生まれた王子がいずれ国王となることで両国は固い同盟を維持してきた。両国には互いの血が色濃く流れている。

 ある一時期のフランス王室とイギリス王室、イタリア王室などがこれにあたるだろう。

 それは同時に、フランスとイギリスが宿敵となったように、両国が決して無条件の信頼をおける関係ではないことを意味しているのだが、ノルガード王家の対応は誰の目にも緩み切っていた。

 まるでヴェストファーレン王国が裏切ることなどありえないというように。

「コーネリアが結婚式を挙げるそうだ」

「いずれは、とは思っていましたが……なんとも都合のよいタイミングですな」

 ニヤリと笑って二人の男はグラスを合わせる。

 二十代も半ばの美丈夫はうまそうにワインを飲み干した。

 ヴェストファーレン王国の王太子であるジョージは暗い笑みを相手に向けて言った。

「国を背負う者は十年先を正確に予測しなくてはならないとよく父には言われていた。だが貴国の成長は私にとっても予測以上のものでありましたよ」

「殿下にお褒めいただくとは恐悦至極」

 金髪に猫科を思わせる金色の瞳を月明かりに輝かせて優雅にもう一人の男が微笑む。

 男の名をカーライル。スペンサー王国の外交を担う若き新星として名が知られている。

 まだ二十九歳の若さであり、平民出身としては異例の出世であるが、すでにサンタクルス侯爵家に養子に入った彼は次世代の宰相候補でもあった。

 流れるような銀髪にすみれ色の瞳の麗人で、宮廷の華と謳われたマリアンヌ嬢の心を射止めたのは有名である。

 そんな重要人物がわざわざヴェストファーレン王国を訪れている理由は想像に難くない。

「それにしても素早いことだ。レダイグ王国をあえて滅ぼさなかったのはすでにこれが視野に入っていたからか?」

「我が王は一代の傑物でございますが、一代で為せる時間というものは限られてしまいますからな」

「一代のうちに我ら北部諸州をまとめるつもりか」

「恐れながらそれができずして中央の大国に対抗することはできますまい」

「中央で何か?」

 わずかにジョージの声色が変わった。

 北部諸国のなかでも北部に位置するヴェストファーレン王国は、スペンサー王国ほど中央の情報を得ていなかった。

「マグノリア国王アゾスの寿命が近い。そのためメイザード神聖国で蠢動する者がいるようです」

「大国が覇権国家となったあとでは我々にできることはない、か」

 よりにもよって厄介な時代に生まれてしまったものだ、とジョージは天を仰いで嘆息した。

 もしスペンサー王国がこれほど早い膨張政策を取らなければ、ヴェストファーレン王国もリスクの高い決断をする必要はなかったのだ。

 現状、北部七雄と呼ばれる諸国を統一することができても、まだ大国マグノリア王国やメイザード神聖国には及ばないだろう。

 しかしかろうじて対抗することはできる。もし諸国がばらばらであればそもそも対抗することさえおぼつかない。

 ましてマグノリア王国が分裂の危機となれば、大陸全てを巻き込んだ動乱が発生する可能性があり、北部を統一しておけば、その動乱を勝ち残ることも決して夢ではなかった。

 動乱ある時、英雄もまた生まれる。

 スペンサー国王ロイドは一代の英雄であり、残念なことに自分が多少優れてはいても英雄の器ではないことをジョージは知っていた。

 ――――ゆえにこそ、長年守ってきたゆりかごのような安寧を破壊し、修羅の道を歩むことをジョージは決断した。

 たとえそれが父王の意思に反していたとしても。

「――よいワインです。北ではワインは貴重ですからな」

 芳醇な葡萄の香りを吸い込んでカーライルは冷たく瞳を光らせた。

 ワインは基本的に寒冷地では生産することができない。地球においても中世までフランスのシャンパーニュあたりがワインの北限であり、それより北に位置するベルギーなどでは長くワインを生産することができなかった。

 カーライルが持ってきたワインは、すなわち南方とのパイプを意味するものでもあり、もうひとつ隠された意味があった。

「父上の寝酒にはぴったりであろう。きっとよい眠りにつかれると思う」

 すなわち、父王を毒殺して自らが至尊の座につく。

 そしてスペンサー王国の協力を得て、ノルガード王国を征服するのだ。

 そのためには可愛い血の繋がった妹だろうと見捨ててみせる。父を殺す男が妹を見捨てたとてなんの憚りがあろうか。

「許せ。王家に生まれた女の宿命なのだ」

 同母から生まれた可愛い妹たちと戯れた幼い日の思い出は、ジョージにとってはすでに失われた絵画のなかの時に等しかった。

 ヴェストファーレン王国が攻めこめば、マルグリットもコーネリアも裏切り者の国の王女としてなぶり殺しにされるだろう。

 だからといってわざわざ連れ戻すほどの危険を犯す気はジョージにはない。

「――――才覚あらば生き延びて俺に復讐するがいい。お前たちにはその権利がある」

 半ば自分を納得させるための方便のような言葉であった。

 事実ジョージはマルグリットとコーネリアが生き延びる可能性など皆無に等しいと思っている。 

 本来、故国であるヴェストファーレン王国に裏切られ、ノルガード王国でも裏切り者の血縁である彼女たちに逃げる場所などないはずだ。

 だが彼は知らない。

 妹たちが誰も知らない魔道具を渡されていることも。二人がエルロイという規格外の男と縁を結んでいるということを。

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