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第五十二話 水底より迫る者

「ホルラト、というのか」

「はい、もともとはアントナン村で信仰されていた海神わだつみの名であったようですが」

 長く不明であった新たな村の名がホルラト、であるとモルドーから聞いてエルロイは頷く。

「それで現在の村の状況はどうなっている?」

「はい、それが――――」

 モルドーはある日突然、半魚人たちが襲撃してきて、村人がすべて捕まり監禁されていることを告げた。

 不幸中の幸いなのは、村民が恐ろしくつらいめに会って知るのは確かだが、まだ生かされているという事実だ。

 いまだ半数以上の村民が健在で、村内に設けられた収容施設のなかで監禁状態にあるという。

「あの半魚人どもの数は?」

「おそらくは村にはもう三十やそこらしか残っていないかと……八割がたは海に引き上げてますので」

「…………思ったより少ないな」

「最初は何百もおりましたが、残ったのは村の人間の見張りのようなもので、俺たちは……奴らの楽しみのために弄ばれて…………っ!」

 モルドーをここへ逃がすために捕まったカリストをはじめ、これまで嬲られるためだけに村人は生かされてきた。

 その無念が、無念こそが幸運であったという理不尽が、モルドーの瞳から零れる涙を決壊させた。

「どうかっ! どうか仲間をお助けください! そしてあの化け物どもに報いを!」

 ようやく訪れた奇跡のような救いの手に、モルドーは頭を地面にこすりつけて懇願する。

 それを拒否するほどエルロイは無情ではなかった。

「急ごう」

 逆上した半魚人たちが村人を殺戮しないという保障はない。

 モルドーが頭をあげたとき、そこにすでにエルロイとユイの姿はなかった。



 エルロイとユイを乗せ走る影をベアトリスが追う。

 その後から遅れてトルケルとガリエラが必死になって三人を追った。

 影疾走という破格のスキルを使えるユイと、飛行が可能なベアトリス相手では、さすがのトルケルとガリエラも分が悪い。

 彼らとて超一流の戦士であることは間違いないのだが。

 闇の彼方に去ってしまったエルロイたちを、モルドーは夢でも見ていたかのように呆然と見つめていた。


 ホルラトの村は残されていた半魚人たちが仲間の帰りを待ちわびていた。

 逃亡した愚かな村人を、仲間とともにどうやっていたぶってやろうかという暗い悦びを一刻も早く味わいたかったのだ。

 危険など最初から感じてもいない。

 村人は狩るべき獲物であり、自分たちは狩人、その立場が変わることなどありえることではなかった。

 ――――つい今日この日までは。


「ギョギョギョギョギョ!」


 甲高く神経に障るその叫び声が何を意味するのか、理解するまでに数瞬の時間が必要であった。

 なぜならそれは、助けを求める仲間の悲鳴であったからだ。

 彼らは常に捕食者であった。

 人間など取るに足らぬ獲物にすぎず、ただ彼らの娯楽として消費されるだけの分際であったはず。

 にもかかわらず切迫した悲鳴は、彼ら半魚人の同胞の何割かがすでに失われていることを告げていた。

 たちまち緊張が走ると同時に、言葉に言い表せない理不尽な怒りが彼らの胸を焼いた。

 ――――人間風情が。餌の分際で逆らおうというのか。


「グワッギャッギャッ!」


 戦闘を知らせる雄叫びがあがる。

 彼らにとってその怒りは正当なものであり、その怒りは悪意と加虐の大いなる燃料であった。

 だが――――


「お前らうるさいよ」


 誰だ、と思ったときにはすでに数人の半魚人が頭を割られていた。

 さらに迎撃態勢を取る暇もなく、彼らの足元で影が渦を巻き、底なし沼のようにゆっくりと彼らを飲みこんでいく。

 影はまるでミキサーのように飲みこんだ彼らの肉を引き裂き、潰し、液状の何かへと変えていった。

「殿下、あまり先に行かれますな!」

 ここでようやくトルケルとガリエラが追いつく。

 それからは一方的な蹂躙であった。

 エルロイとベアトリスの魔法、そしてユイの影、トルケルとガリエラの剣はわずか数分ほどの間に、これまで絶対的な強者として君臨していた半魚人たちを無惨な屍へ変えられていく。


「ギャワワワワワワ!」


 こんなはずがない!

 為すすべもなく一方的に人間に狩りたてられるなど、決してあってはならない!

 そのあってはならないことが眼前で繰り広げられていた。

 優れた身体能力も、人間には真似することのできないほどの水魔法も、なにひとつこの忌まわしい相手には効果がなかった。

 そもそも影を使う魔法など、まるで世界を震撼させた影使いのようではないか。

 再び仲間が斃れた。

 青黒い体液が地面を濡らしていく中で、彼は自分が最後の生き残りであることを悟った。


「ギュオウウウウウウウウ!」


 ただでは死なない。

 戦って勝てないことは認めよう。

 だが、彼は半魚人たちのなかでも特殊な存在。

 海神の僧侶の職にある者であった。

 だから彼の命を懸けた祈願は、その信仰の対象である海神へと届くのだ。


「ギョギョッ! ギグエエエエエエ!」


 ああ、どうか我らが神よ。

 この思いあがった獲物どもに、自分たちの分際というものを教えたまえ!

 そんな半魚人の言葉を理解する術もないエルロイは、両手を天に突き上げ意味不明の叫びをあげていた半魚人を真っ二つに両断した。



「なんとお礼を申し上げてよいか…………」

 小半刻ほど遅れて到着したモルドーの案内で、閉じこめられていたホルラトの村人たちを解放すると、村長らしき老人がエルロイの前に跪いた。

 彼の背後ではおよそ二百人余の村人たちが同じく膝をついている。

 ソルレイスの村を離れたときには四百人近くもいた人数が、半分近くにまで減った計算である。

 もう少し早ければもっと多くの村人を助けられたであろうことに、エルロイは内心で歯噛みした。

「――――トルケル殿も。わざわざご助力いただきかたじけない。過去の態度はお詫びする」

「お互いに立場がありました。お気になさらず」

 かつてソルレイスの村を分裂させたときには、対立していた二人だが、命を救われて感謝もしないほど村長は恩知らずではなかった。

 トルケルもまた、村を襲った過酷な運命を見て心の底から村長に同情していた。

「再びソルレイスの村に戻るなら便宜を図るが――――」

「希望する者にはお願いいたします。ですが、叶うことならこのままホルラトの村で暮らしたい――ここに骨を埋めたいのです。大公殿下のお慈悲にすがることは許されませんか?」

 このホルラトの村を支配下に置く、というのはエルロイの基本戦略である。

 ソルレイスの村に続き、このホルラトの村も自ら進んでエルロイの統治を認めるのだから悪い話ではない。

 最大の問題は、あの半魚人たちからホルラトの村をどうやって守るか、ということにあった。


「――――やっぱり黙ってはいないよな」


 海の向こうから巨大な気配が接近してくることにエルロイは気づいた。

 その力の気配は、先ほどまでの半魚人たちの比ではない。

 なるほど、ベアトリスが覚悟を促すわけだ。


「今回は最初から御大将がおでましってわけか」

「お気をつけくださいエルロイ様――あれは私が逃げることしかできなかった堕ちた怪物…………海神ダゴンです」

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― 新着の感想 ―
「無残な屍へ変えられていく」←前の文面を考えると「無残な屍へ変えていく」の方が適切ですね。
[一言] 更新お疲れ様です。 >ダゴン イタダカレマス(ルカ感)
[一言] ・・・たこ焼きにすると美味いんだろうか? てか水族館で魚みて美味そうとか思うのって 日本人以外だと少数派らしいね(目反らし
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