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第二十九話 その夜の出来事

 ゾクリとするような声だった。

 しかしエルロイは「思いあがるんじゃないよ! 宿六!」という老婆であったころのベアトリスを思い出し妄想を振り払った。

「起きてます?」

「どうしてそこで疑問形なのでしょう?」

「さ、さあ…………」

 動揺しているのが丸わかりの反応は、ベアトリスを安心させ、さらに興奮を高めさせる結果にもなった。

 なんとなれば彼女の夫であったファイサルもまた、迫られると弱いという属性を持っていたからだった。

(思った通り……貴方は夫の生まれ変わりか何かなのね!)

 獰猛な肉食獣の笑みが漏れるのをベアトリスは必死に耐えた。

 まだだ、まだ獲物は罠に落ちていない。

「あまりに長い時間ひとりぼっちで……少し慣れるまでお話に付き合ってもらっていいでしょうか?」

 二百年以上ベアトリスが荒野を流離っていたことを知っていながら、簡単に断れるほどエルロイは薄情な男ではなかった。

「ああ、どうぞ」

「失礼しますわ」

 扉を開け、ベアトリスを招き入れたエルロイは彼女の衣装を見てぎょっとする。

 大きく胸元の開いたナイトガウンで、ほんのり肌の色が興奮で上気していた。

(これあかんやつやん)

 そもそもどこからこのお色気抜群のナイトガウンを調達したのか。

 エルロイの疑問を察したようにベアトリスは微笑した。

「荒野を一人で生活していたのですもの。それなりの備えはあります。それに……国から逃げるときに国宝を持ち出したと言ったでしょう?」

「何かアーティファクトでも?」

「運搬用のアーティファクトがあるの。黄金虫という指輪が宝物庫になっているのよ? このガウンも私が国から持ちだせた数少ないもののひとつ」

 そう言ってベアトリスは明らかに狙って自分で自分の胸を抱き寄せた。

 はちきれんばかりの胸が圧力に変形して、よりその凶悪さを強調させることになった。

 ついそこに視線が吸い寄せられてしまうのは、エルロイも正常な男の子であったということか。

「マールバラ王国には三つの神器がありました。そのひとつが黄金虫、およそ家一軒分の収納力があります。もうひとつがソードオブフェイス……自立して戦う魔剣、そして最後のひとつが……運命の指針フェイトガイドラインです。ご大層な名前ですが、探し物の場所を特定することくらいしかできません」

「なるほど、それで光冠草の舞踏を知ったのか」

「光冠草の群生地さえわかれば、あとは舞踏の発生は周期的なものなので」

 どうやらベアトリスは失せ物探し程度に思っているようだが、エルロイにとってはとんでもない戦略兵器であった。

 エルロイが求めている戦略作物、トウモロコシやテンサイ、ジャガイモといった食物から金銀、硝石の鉱脈まで探査することが可能かもしれない。

 ドワーフのリグラドなどが知ったら狂喜乱舞すること間違いなしであった。

「いい目ですわ…………」

「うん?」

「世界を見透かすような男の目……顔や性格は似ているのに、そんなところは違うのね」

 ベアトリスとの距離が物理的に縮む。

 具体的にはエルロイは右腕に巨大なメロンを押しつけられ、息の音が聞こえそうなほどベアトリスに近づいていた。

「ちょ、待って。いったいどこでそんな好感度稼いだの? むしろ罵倒されまくってたよね俺?」

 いまだベアトリスが婆さんだったときに記憶が抜けないエルロイは困惑する。

 だが、男の本能は正直であった。

「――でもここは正直ですのね」

「はうっ!」

 当然である。

 ナイトガウン姿の美女に言い寄られ、巨大メロンまで押しつけられて反応しないほどエルロイとて木石ではない。

 見事に反応してしまった息子の雄姿を、ベアトリスは物欲しそうな目で見つめた。

(いかん、このままでは食われてしまう)

 いいじゃん、食われても、むしろ食え、という内心の悪魔とエルロイは必死に戦っていた。

「一晩だけでいい。私を荒野の魔女ではなく一人の女、ベアトリスに戻して…………」

 男の本能はすでに受け入れられている。かろうじて耐えている理性を決壊させるのに必要なものは言い訳――大義名分だ。

 理性ではいけないことだとわかっているのに、理性が欲望に負けてしまうのは、心が求める言い訳に納得してしまうからにほかならない。

 二百年以上の孤独に耐えてきた女を慰めるという理由は、まさしく十分な言い訳理由になりえた。

「ベアトリス…………」

「今はベティと呼んで」

「お湯で戻した干物婆ぁが抜け駆けしてんじゃないわよ!」

「えっ?」

 誰もいなかったはずの部屋に第三者の声が聞こえてベアトリスがうろたえた隙に、ユイはぐいっとエルロイを自分の胸に抱き抱えた。

 ベアトリスのどこまでも深く埋まるような柔らかさはないが、柔らかさのなかに豊かな弾力がある。

 幼いころから慣れ親しんだ至高の感触であった。

「なっ! あなたどこからっ!」

「ご主人様の影あるところ、ご主人様のメイド、ご主人様の家族、ご主人様の恋人、ユイ・ケストリアルの姿あり!」

「…………また黙って俺の影に隠れていたな?」

「今まさに欲望に身を任せてしまってもいいんじゃないかあ……とか考えていた人が何か?」

「返す言葉もございません」

「どうして欲望に身を任せてはいけないの? いいじゃない! 私がいいと言っているのよ?」

「そんなの、ご主人様の童貞は私がもらうからに決まってるじゃないですかああああああああああああ!」

「どどど、童貞ちゃうわ」

「そのギャグはさっきロビンがやりました」

「ち、違う! 俺はロビンとは断じて違う!」

「ならご主人様は童貞ではないと? たまにベッドのなかで早朝にくぐもった声を出して下着を洗濯したりしたことはないと?」

「俺のプライバシーはどこに行ったああああああああ!」

 そんなものはないのである。

 ユイもエルロイのプライバシーなんて認めるつもりはないのである。

 ただそれをあえて口にしないだけの自重があっただけのことで、それがベアトリスの抜け駆けをきっかけに崩壊したのであった。

「素敵ね。ファイサルの童貞は私が切ったわ」

「ご主人様の童貞はこの私がいただくとご主人様も誓約いたしました」

「何それ? いつ誓約をしたの? 聞いてないんだけど!」

 身に覚えのない話にエルロイは思わず突っ込む。

「使い魔の契約には血の盟約のほかに使い魔の願いをひとつだけ叶える必要があるのです。ちなみに私の場合はご主人様の童貞です!」

「聞きとうなかったそんな現実!」

「あら、それならここで彼の童貞を食べてしまえばいいじゃない」

「えっ?」

「えっ?」

「だって童貞をいただけば誓約を満たしたことになるんでしょ? そしたら私が彼に抱かれても問題ないじゃない」

「えっ?」

「えっ?」

 エルロイとユイは顔を見合わせた。

 二人が男と女の関係になるという現実を改めて認識して、慌てて真っ赤になって互いから視線を逸らした。

「――――そんな体たらくでいつになったら私の番が回ってくるのかしら?」

「貴女の出番なんてありません! ほかの女が目に入らないくらい私が搾り取って、搾り取って…………」

「なら早くやってごらんなさいよ」

「ううううう……こ、これで勝ったと思わないでください! 貴女なんてご主人様が精通した日も知らないくせに!」

「さらっととんでもない暴露をしていくなあああああ!」

 恥ずかしさのあまりエルロイの影のなかに潜りこんでしまったユイに、ベアトリスは苦笑した。

 エルロイとユイの若さが可愛らしく感じてしまう程度には自分も歳をとってしまったのか。

「…………ムードが壊れたわね」

「影のなかから威嚇する唸り声が聞こえるので勘弁してくれ」

「その気になったのならいつでもいいなさい。影が入りこめない結界くらいならいつでも造れるわ」

 艶やかな微笑とともに、ごく自然にエルロイの頬にキスを落としてベアトリスは部屋を出ていった。

 もし勝負でいうならばエルロイとユイの完敗であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 26話でボリュームに乏しいって表されてるのに今話でははちきれんばかりって表されてるのに違和感 果たしてどっちが正しいのやら
[一言] 影の入らない結界・・・・無影灯で囲まれるんか?
[一言] 何故に童貞がストップ高してるのかww というか、ユイさんまだ頂いてなかったのね 主人公も「童貞ちゃうわ!」と恥と思うなら、ユイに預ければよかったのに。 そもそもコイツら、求めれば童貞捨て…
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