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お茶屋シリーズ

あなたのお悩み、お茶屋の天使が解決いたしますⅣ ~部活編~

作者: 森夜 景

 シリーズ第四作目です。

 感想などをいただけると嬉しいです。

 秋が深まり葉が色づき始めてきた。

 秋と言えば何を思いつきますか?

 

 今回の舞台もあのお茶屋。


 今回の主役もあの天使。


 さてさて、今日はどんなお茶なのか。


 それでは、第四幕の幕開け。










 葉が色づき始めていた。

 最近のテレビのニュースも紅葉情報をよくしている。

 秋は食用の秋、読書の秋、スポーツの秋と呼ばれるほど様々なことにむいている。

 しかし彼女にとっては秋もお茶の秋なのだろう。


 お茶屋『一茶(いっさ)』からはいつもの親子の声は聞こえない。

 ただ洗練された音が聞こえていた。


 葉月(はづき)は抹茶を点てていた。

 よくコンビニなどでは新茶の季節に合わせて五月頃に抹茶スイーツなどが発売されているが、実は抹茶の季節はその時期ではない。


 確かに新茶の時期に収穫された物が抹茶になるのだが、そのまま抹茶として出されるのではなく熟成期間がある。

 その熟成が終わるのがこの時期なのだ。


「はい、お母さん。どうぞ」

 葉月は点てた抹茶を前にいる美和子(みわこ)に渡した。

 部屋に抹茶のいい香りが漂っていた。その香りを嗅ぐだけで心が洗われるように感じた。

 鮮やかな緑色が目に優しいと思った。


 美和子は受け取るとゆっくりと口に運んだ。

 味はまろやかで苦みはなかった。砂糖も何も入れていないのに甘みが強く、それでいて後味は爽やかだった。


「うん、結構なお点前で」

 ゆっくりとお茶を置きながら言った。




「「ふ、ははははは」」

 と一通り毎年の儀式を終えて二人は笑い合った。


「お母さん、『結構なお点前』って」

 目に涙を浮かべながら葉月は言った。


「だって、そう言うじゃん」

 美和子も自分の人差し指で目をこすりながら返した。

 和やかな空気が二人を包んでいた。


「それにしても上手よね。別に教室に行ってるわけでもないのに」

 我が子ながら関心、といった表情で頷いた。


「そんなことないよ、前に連れて行ってもらったお店のお抹茶飲んだとき、美味しすぎて驚いちゃったもん」

「そうそう、それでお店の人にどうやるか熱心に聞いてたもんね」

 二人はそのときのことを思い出して再び笑った。

 この家族に笑顔が絶えることはない。


 二人は湯飲みを片付けて玄関まで二人で並んで歩いて行った。美和子はいいと言ったのだが、葉月が頑なに荷物を持つと言ったので持ってもらっていた。

 いつも通りと言えばいつも通りなのだが。


「よし、じゃあ、お母さんは行くね」

「うん。今日の頑張ってね」

 葉月と美和子は玄関まで一緒に歩いて行き、美和子を見送った。

 葉月は美和子が見えなくなるまで手を振っていた。






 今日は日曜日。

 紅葉の季節だがあいにく『一茶』の周りには紅葉狩りが有名なスポットはない。

 『一茶』の舞えに紅葉の木が三本ほど生えているので葉月はそれで十分だったが。


 この季節になると夏ほど人は入らない。

 ゆっくりとした時間の流れを感じながら葉月は座ったまま少しうとうとしていた。

 コクッ、コクッ、と倒れそうになる。

 まぁ、これほどのんびりできるのが『一茶』のよいところなのかもしれない。


「ほほ。お疲れのようじゃの」

 その声にうつろになっていた意識が覚醒した。

 いきなり覚醒したのでその勢いで体勢を崩しそうになるのを必死にこらえた。

 そのまま何事もなかったように立ち上がったのは実に見事である。


時雨(しぐれ)さん。こんにちは」

 礼儀正しくお辞儀をする。

 時雨はその様子を笑いながら見守っている。


「座っておっていいよ。疲れておるんじゃろ」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です」

 自分を気遣う言葉を否定するのではなく、感謝から入るのはさすがである。

 葉月はそのままゆっくり時雨の元に向かった。

 時雨も葉月が大丈夫というのであればそれ以上野暮なことは言わなかった。


「それで、時雨さん。今日はどうされたんですか?」

「茶葉をもらおうと思ってな」

「あっ、いつものですか」

「それじゃのうて、あれじゃ、あれじゃ・・・・・・」

 時雨は自分の人差し指でこめかみをポンポンとたたきながら言った。

 何かを思い出そうとしているのだろう。

 葉月も時雨の言わんとしていることを思い出そうと宙を見て考えていた。


「そうだ!あれですね」

 何かを思い出したように言うとそのまま奥に入ってしまった。

 時雨はまだ思い出そうとポンポンたたいていた。


「はい、時雨さん。これですよね」

 葉月は持ってきた茶葉を手渡した。

 袋には『熟成茶』の文字があった。


「おう、それじゃ、それじゃ」

 時雨は頷きながらその袋を受け取った。


「葉月ちゃんはさすがじゃの。感心じゃ」

「そんなことないですよ」

 嬉しそうに笑みがこぼれている。

 まっすぐに人の言葉を受け入れることができるの葉月のよいところだ。


 抹茶のように新茶の時期に摘んだ茶葉を半年ほど熟成するお茶がある。

 甘みやうまみが比較的に上がるので、知っている者はこの季節が待ち遠しい。


「それじゃあ、わしはこれで」

 一段落ついたところで時雨は帰ろうとした。


「はい。いつもありがとうございます。お気をつけて」

 葉月は時雨を出口まで見送りながら言った。


「おっと、そうじゃそうじゃ」

 時雨がいつものように振り返る。


「葉月ちゃん、『茶殻も肥になる』じゃよ」

 優しく笑いかけながらそう言った。

 そのまま時雨は歩き去ってしまった。


 紅葉の葉が二人の間を駆け抜けた。






 日も暮れてきた。

 そろそろ店を閉めようとしたところに見覚えのある男子がやってきた。


「あれ、秋人(あきと)君。どうしたの?」

 葉月は入り口の方に歩いた。


 秋人はサッカー部のユニフォームを着たままだった。

 泥だけになっているところを見ると部活帰りなのだろう。


 だがどこかおかしい。いつもは元気な秋人が浮かない顔をしている。

 夕暮れのせいでそう見えるのかもしれない。

 実際、逆光になっていたので顔はそれほどはっきりとは見えなかった。

 だが、それを差し引いたとしても元気がないのは明白だった。


「・・・・・・どうしたの?」

 先ほどの「どうしたの?」はどうして『一茶』に来たの?、という意味。

 今度の「どうしたの?」は何かあったの?、という意味。


 秋人はうつむいて何も言わなかった。

 葉月は秋人の斜め前に立った。真正面ではなかったのは威圧感を与えないためだ。

 その一つ一つの気遣いが葉月の長所だった。


「とにかく座らない?疲れてるよね」

 ゆっくりと長椅子を手で指し示す。


「・・・・・・ありがとう」

 顔を上げずに言った。

 その声が乾き、落ち込んでいるのを葉月は感じ取った。




「それで秋人くん、紅葉(もみじ)ちゃんとは上手くいってる?」

 優しく問いかけた。


 紅葉は秋人の彼女だ。依然、二人の少しギクシャクした仲を癒やしたのも葉月だった。


 葉月は秋人の元気がない原因は紅葉ではないと確信していた。

 一昨日も二人で一緒に帰っていたのだ。

 だが万が一ということもあり得たがそれならそれですぐに解決できそうな気がした。

 だから紅葉の話題を出そうと思った。


「すごく上手くいってるよ。一茶のおかげだな」

 先ほどよりも明るい声で、明るい声で返事をした。

 その様子を見て、本当に仲がいいんだな、と葉月は感じた。


「そんなことないよ。私は何もしてないよ」

 葉月に自分がキューピットになったとか、自分のおかげで今があるなどの思いは一切なかった。

 だから秋人の言葉は的外れだと思った。今の二人があるのは二人のおかげだと。


「いや、紅葉も俺も本当に感謝してる。特に紅葉は悩み事は一茶に頼むのが一番だってずっと言ってる」

「あの後二週間くらいはほとんど毎日、秋人君の話を聞いてような気がする」

「紅葉は加減を知らないからな」

「でも、そこが紅葉ちゃんのいいところでもあるよね」

「だな」

 二人は顔を見合わせて笑った。おそらく二人の頭には紅葉の顔が浮かんでいるだろう。


 だが、元気がなさそうにしていた秋人がこうして笑っている。それだけ秋人の心が軽くなったということだろう。

 葉月には不思議な力がある。人の心を開き、癒やす力が。


「でも、本当ににありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

 秋人が本当に感謝していることがわかったので葉月はそれを受け入れた。


「それに比べて俺は・・・・・・」

 秋人が再びうつむいてしまった。

 影になったからではなく、顔が暗くなっている。

 目の光りも、心の光りも暗くなってしまったようだ。


「聞いてもいい?」

 そっと語りかけた。

 優しく包み込むような声色だった。

 秋人はその慈愛を素直に受け入れた。


「実は、部活で周りのやつらとの差を実感したんだ」

 秋人はうつむいたまま語り出した。


「もっと言うと入ったときから差は実感していた。だけど俺は練習すればその差を埋められるとずっと思っていた」


 それは葉月も知っていた。

 秋人が休日も一人でサッカーの練習をしていることや、他の部員が面倒くさいからと休む中秋人はこれまで一回も休んだことがないこと、さらに部活が終わっても一人で居残り練習をしていること。

 その姿に紅葉が惹かれたことも。


「ずっと頑張ってきた。毎日、毎日、他のやつらよりも。なのに、なのに・・・・・・」

 秋人が手を握りしめた。

 その拳に一粒、また一粒と雫が落ちていく。

 葉月はその様子を静かに見守っていた。


「なのに、だめだったんだ。才能がないやつはどれだけ努力しても才能があるやつに勝てないんだ。俺みたいな雑草がきれいな花にはかなわないんだ。どれだけ頑張っても雑草は雑草なんだ」

 秋人の声は震えていた。

 自分自身への怒り、自分のふがいなさ、悔しさ、その諸々からくる震え。

 そしてそれらの感情を涙に具現化することからくる震え。


「秋人くん、ちょっと待っててね」

 葉月は一声かけてから席を立ち、奥へ入っていった。




 秋人は静寂に包まれながら悲観的な気持ちになっていた。

 (なんで俺、一茶にこんなこと言ってんだろ)


 目の前から色がなくなっていくような気がした。

 目から入ってくる情報をうまく頭で処理できないほどに負の感情が漂っていた。

 (こんな弱気じゃ、本当に雑草だな)

 秋人は考えることをやめた。

 (部活やめよう・・・・・・)


 葉月のいないうちに帰ろうとしたそのとき、

「お待たせ」

 ()使()の声が聞こえた。


 秋人はゆっくりと顔を上げた。

 そこには()使()の笑顔があった。


「どうぞ、ヨモギ茶だよ」

 葉月はヨモギ茶の入ったティーポットとティーカップを載せたお盆を椅子に置いた。


「ヨモギ茶・・・・・・?」

 秋人からは先ほどまでの涙が引っ込んでしまった。驚きのあまり、ヨモギのお茶という奇妙なものを見ていた。


「そうだよ。春に摘んだヨモギを乾燥しておいたんだ」

 葉月はゆっくりと腰掛けながら椅子に座った。

 そのとき横顔に垂れた髪を直す仕草が妙にかわいかった。


「ヨモギってお茶になんのか・・・・・・」

 透明なティーポットに入ったヨモギ茶をまじまじと見ていた。


「そうだよね、あんまり聞いたことがないよね。春先に摘んだヨモギの若葉の根元をしっかりと洗って葉だけにした後、少しだけ蒸して天日干しするんだよ。お店の裏側にヨモギがたくさん生えるから毎年作ってるんだ」

 そう言って葉月はヨモギ茶をティーカップに注いだ。

 秋なのに春を感じるような爽やかな香りだった。

 草餅のような香ばしい香りが鼻に抜けた。


 秋人はサッカーを頑張ろうとしていた春のことを思い出していた。あの頃は才能なんて努力で補えると思っていた。雑草だって、きれいな花を咲かせることができると思っていた。

 (でも、現実は違ったんだよな)

 また少し悲観的な気持ちになりかけた。


「秋人くん、知ってる?ヨモギも花を咲かせるんだよ」

 そこで葉月の言葉が飛んできた。

 ヨモギが、この雑草が花を咲かせるというのだ。


「本当か・・・・・・?」

 半ば信じられなかった。葉月が嘘をつくような正確ではないのは知っていた。だが、信じられなかった。あの雑草が花を咲かせるなど・・・・・・


「そうだよ。雑草って言われてるけどヨモギだって花を咲かせるんだよ。それに十二月一日の誕生花で花言葉は『幸福』『平和』『夫婦愛』『決して離れない』。とってもいい言葉だね」

 葉月は柔らかく笑いかけた。

 それが妙に心地よかった。妙に安心できた。


 だから秋人の暗い気持ちもなくなり、微笑むことができるほどになった。

「ああ」

 小さな声が二人の心に響いた。


「ねっ、秋人くん。『茶殻も肥になる』って言葉知ってる?」

「いや・・・・・・知らないな・・・・・・」

 初めて聞く言葉に少し戸惑った。

 訝しげな顔をしている秋人を見て葉月がクスッと笑った。

 秋人は何が何だかさっぱりわからなかった。

 だが、馬鹿にされてはいないことはわかった。


「『茶殻も肥になる』っていうのは茶殻のように捨ててしまう物でも樹木にやれば肥料になるってことだよ」

 なるほど、と秋人は思った。

 なぜ葉月がヨモギ茶を出したのか、なぜその言葉を言ったのかわかった。


「私ね、秋人くんがすごく頑張ってること知ってるよ。毎日、毎日、すごいって思ってた。秋人くんがサッカーが好きなことも、サッカーにまっすぐに頑張りたいって思いがあるってことも全部知ってる。秋人くんは雑草じゃ花は咲かせないって言ってたけど、私はそうは思わないな。ヨモギだって誕生花に選ばれるくらいの花を咲かせる。茶殻だって肥料として頑張る。努力が報われないことなんてないと思うよ。秋人くんの頑張りは絶対に報われる。秋人くんはきれいな花を咲かせられるよ。他の人には咲かすことのできない、力強くてきれいな花を」

 葉月は優しく微笑んだ。すべてを包み込むような優しさがそこにはあった。

 

 秋人は涙こそ流していなかったが心が救われたように感じていた。

 葉月の優しさを、温かさをいっぱいに感じていた。

 自分が誰かにずっとかけてほしかった言葉をかけてもらえたような気がした。


「秋人くん、お茶をどうぞ。これは秋人くんへの、秋人くんだけのお茶だよ」

 秋人はヨモギ茶を一口すすった。

 先ほどまで香っていた春の香りをより強く感じた。

 すがすがしい味が悩みを洗い流してくれるようだった。


「上手いな。色んな意味で」

 葉月の方を見ながら笑った。

 もう秋人に迷う気持ちはなかった。

 今はもう決意と感謝出気持ちがいっぱいになっていた。


「よかった」

 葉月は胸をなで下ろした。

「でも、実は『茶殻も肥になる』ってこの世に無駄な物はないって意味なんだけどね」

 えへへ、と笑った。






「ほらー、もっと走れ!」

「「「はい!!!!」」」

 グラウンドにサッカー部員の声が響き渡る。


「秋人、最近すごいやる気なんだよね」

 教室の窓を開けて校庭を見ていた紅葉(もみじ)が嬉しそうにつぶやいた。

「前からでしょ?」

 いまさら? という感じで葉月が紅葉に聞いた。


「前からそうだったけど、最近はさらに、ってこと」

 紅葉の目は終始秋人を追っていた。

 どれだけ仲がいいのか、と葉月は微笑ましく思った。


 葉月と話した後から秋人は吹っ切れたように部活によりいそしむようになっていた。たまに少し心配するほどだったが。






 部活が終わって全員が片付けを始めていた。


「あれ、どうしたんだろう?」

 紅葉が不思議そうに言った。

 葉月も校庭を見ると秋人がサッカー部の顧問と話をしていた。

 その様子を紅葉が不安そうに見つめていたので、葉月は紅葉の背中に手を置いた。

「秋人くんなら大丈夫だよ」

 その言葉に紅葉も「そうだね」と落ち着いた様子で言った。


 少し時間が経つと秋人が顧問に頭を何度も下げてから、部室に入っていった。

 これにはさすがの葉月も少し心配になった。

 何か、怒られたのではないか。


「あっ、秋人からメッセージ」

 紅葉も心配だったようですぐにそのメッセージを開いた。

 文面を高速で読むと紅葉の顔が急に華やいだ。


「どうしたの?」

 何があったのか気になった。

「秋人! レギュラーになったって!」

 自分のことのように目を輝かせながら言った。

 と思うと手を広げて葉月に抱きついた。


「やった! やった! やった!」

「よかったね」

 紅葉の頭をなでながら葉月が優しい声で言った。

 秋人の頑張りが認められた瞬間だった。





 どうやら今回も天使のささやきが迷える子羊を救ったようだ。

 子羊の心はもう迷うことはないだろう。

 さて、天使は次に誰を救うのだろうか。

 もしかしたら、あなたかもしれない・・・・・・




                  ー完ー

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