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王都観光――アイリス視点②

 しばらく露店を見て回り、珍しいものに目を輝かせた。


 それから少しして、久しぶりの活気と熱気、そして人混みにあてられ私達は少し薄暗い路地に退避する。


 通りの喧噪が遠くの世界のように遠のき、少し静かな空気に落ち着きを取り戻して私は大きく深呼吸をする。


 北国のカーディス帝国とは違う、生暖かい、優しい空気が肺に入り込む。


「ふぅ……少し疲れましたね」


 エルは木箱に私を腰かけさせ、その横に立ちながら言う。


「そうね。でも、すごい……こんなすごいなんて思ってなかった」


 それは純粋な感想だった。別に、カーディスよりすごい祭りをしているとか、すごいものが出回っているとか、熱気がすごいとかそういう意味で言ったわけじゃない。


 ただ、私が今置かれている状況を考えると、束の間の夢のようで、不思議と心が躍った。そう言う意味のすごいだ。


「ふふ、良かったです。あっ、アイリスさま――」

「ちょ、ちょっと!」


 私はその言葉を聞き、慌てて止める。


「な、なんですか!?」

「外では"アリス"って言ったでしょ。それに、様はやめてよ」

「で、ですが……」


 と、エルは困惑した様子で眉を顰めるが、私が真剣な眼差しで「お願い」と口にすると、渋々エルは了承する。


「で、では…………ア、アイリス……さ……ちゃん」

「ア、アリスだってば! もう……」


 アイリス様なんて呼ばれているのを聞かれたら、顔を知らなくても私がカーディスの皇女だってばれてしまう。


 まったく……。でも、いつもと違って悪くなかった。まるで本当の友達みたい。

 敬われることも、距離を置かれることも、興味もないのに仲の良いふりをされるよりも、ずっといい。


 私は少し口角が上がっているのに気づき、あわてて抑える。頬をグニグニと動かし、元に戻す。こんな顔見られたら、また元に戻ったときにやってけないよ。


「――さ、さあ、エル! 休憩もしたし、このあとは何をしに――――」

「きゃぁっ!!」


 瞬間、エルの後ろから赤いローブに身を包んだ男が、エルの首筋に短剣を押し当てる。


 その男と、ぴったりと目が合う。突然の状況に、身体が硬直する。


「……だ、誰!?」

「に、逃げて、アリス!」

「エル!」


 エルは掴まれた腕の奥から、必死の声を上げる。

 顔を歪ませ、普段とは違う必死の形相に私は事の重大さをはっきりと認識する。サーっと血の気が引いていくのを感じる。


 私のせいだ……!


「アリス……? 人違いか?」


 短剣を持ってエルを拘束している男が言う。


「馬鹿、顔をよくみろ。アイリス皇女だ、間違いない」


 その男の後ろから、さらにもう1人の男が現れる。

 これまた赤い揃いのローブを着た男。どこから現れたのか、全く気が付かなかった。私達ずっとつけられていた……!?


 お父様の騎士じゃない……。こんな格好見たことがないし、さすがにこんな手荒な真似をするわけがない。


 心拍数が跳ね上がる。やってしまった、そう感じたときにはすでに遅かった。


「に、逃げてください!!」

「エル――」


 ドカっ!!


「!!」


 エルを抑えていた男の右手が、エルの後頭部を思い切り殴る。


「黙っててくれないかなあ、無能な侍女さんよ。ダメだよ~皇女様なんて重要人物を外に出しちゃ。なにやっちゃってくれてんの」

「…………ウッ……」

「ま、おかげで俺たちの仕事はこうして完遂できるわけだ」


 そう言い、男はへらへらと薄気味悪い笑いを浮かべる。


 私はふつふつと湧き上がる怒りを抑えきれず、自分の白い肌が赤く染まっていくのがわかる。


「へへ、そうイライラしなさんな、皇女様。別に傷つけようってんじゃねえさ。俺たちは"赤い翼"聞いたことくらいはあるか?」


 赤い翼……! 

 聞いたことがある。確かカーディス帝国で暗躍してると言われているレジスタンス組織……だった気がする。そんな、まさかこの国まで……。


「……聞いたことないわよ」


 精一杯の反抗を試みる。何も意味がないことはわかっている。


「はは、そりゃ世間知らずな嬢ちゃんだ。だが、確かに絶世の美少女……いいねえ。くっく、汚いローブに身を包んでも、そのローブから出る真っ白な脚に腕……さらっさらな髪……」


 男はニヤニヤと笑みを浮かべながら舌を舐めずる。


「おい、傷つけるなよ」

「わかってるよ。でも少しくらい楽しんでもいいだろ? へへ、こんな女一生自由に出来る機会ねえぜ」

「……ほどほどにな」


 私の怒りは、より一層深まっていく。

 不快感の塊が私の胃の辺りを熱くさせ、目は勝手に潤んでいく。


 許せない……エルを殴って、私まで侮辱して……。


「は、離しなさいよ……」

「はあ? お嬢ちゃん、皇女様のくせに口の利き方がなってないねえ。皇帝陛下は皇太子にしか興味がないってのは本当みたいだな」

「うるさい……うるさいうるさい!!」


 やってやる……!


 私は鞄にしまい込んでいた人形――――ティッキーちゃんを取り出す。


「おうおう、お人形頼みか? 可愛いねえ。まだお子ちゃまだからかな? くっく、でも俺はガキも行ける口でな。むしろガキの方が好みさ。お前ぐらいの年頃が――――」

「黙りなさい!! エルを離せって言ってるのよ!!! ティッキーちゃん、"起きなさい"!」


 瞬間、地面に魔法陣が浮かび上がると、私の手に持った可愛い人形は自立して地面に立ち上がる。


 その様子に、男は一瞬唖然とした表情でそれを見る。


「……驚いた、皇女様は魔術師か! 人形遣い! ――だが所詮はガキよ。そんなおもちゃじゃどうしようもねえぜ?」

「どうかしら。ティッキーちゃん。――"ぶっ飛ばして"」


 ティッキーの目が赤く光ると、目にもとまらぬ速さで一直線にエルを拘束する男へと突き進む。


「なっ――」


 ティッキーは思い切り跳躍し、勢いよく腕を振りかぶると、男の顔面を思い切りぶん殴る。


「グッ……!!」


 完全に不意打ちを食らった男はもろにパンチを食らい、短剣を地面に落とすとそのまま横の壁に激突し、頭を打ってそのまま気絶する。


 後ろに立っていた男は少し呆れた様子で顔をしかめる。


「おいおいおい、何やってんだヌエラス。たかがガキ相手に……」

「エル!」

「ア、アイリス様!!」


 エルは今にも泣きそうな顔で私のもとに駆け寄ると、ぎゅっと私をハグする。


 私は何も言わず、そっと背中をさする。


 やってやった……私の魔術は通用する……!

 絶対にエルは守る……!

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