被害
それから数日、俺たちは休み明けの授業をこなしつつ、日常に戻っていた。
「ノア君! 魔術覇戦祭の校内予選、応募が開始したみたいだよ」
ニーナは朝食をプレートに乗せ、満面の笑みで俺の座っていた席の前に座る。
「今日からなのか、知らなかった」
「だと思った」
言いながら、ニーナはフレークをぱくりと口の放り込む。
「ニーナは参加するのか?」
「うん、一応参加しようと思って。個人部門でね」
「そうか。ニーナの召喚術なら対応力もぴか一だし、意外といいところ行くかもな」
「へへ、ありがと。ノア君はどうするの? もちろん参加するでしょ?」
「あぁ、もちろん」
シェーラからの課題もある。
実力を見せるには絶好の機会だろう。
「そう来なくっちゃ! ノア君ならあっさり選考されちゃいそうだなあ」
「油断してると足元救われるぜ」
「そうでした。ちゃんとリスペクトもって戦わないとね……! そういえば、あの……ノア君のファンクラブ? ってどうだったの?」
「あぁ。意外といいやつらだったよ。実力的にはニーナとかクラリスの方が全然上だったけどな」
「そっか。いい経験だったんだね」
「まあな」
すると、少し不安そうな表情のニーナは、声を少しだけ落として言う。
「けど……最近ちょっと物騒だからね。ノア君は特に気を付けた方がいいよ」
「物騒?」
ニーナは頷く。
「なんだか、一時期はノア君の活躍で盛り上がってたみたいなんだけど、最近その……平民が起こしたって言われてるいざこざが多くなってるみたいで……」
「いざこざ……」
あぁ、そういえば。
指導の帰りに見た霊薬の事件も、野次馬の女子が平民がやったみたいだと言っていたっけ。
「偶然だろ?」
「そうだとは思うんだけど……それでも、絶対数が少ないから、余計に目立っちゃってるみたいで……。反動っていうのかな、貴族の人たちも前よりちょっと厳しい視線を送ってるみたいで」
「はあ……めんどくせえ世界だな」
魔術師なんて、結局力がすべてだ。
そんな、出自がどうとか考えてる時点で三流だ。
そういう意味じゃあ、俺を平民の星みたいに担ぎ上げようとしているやつらも同じ穴の狢だけどな。
「まあ、すぐに落ち着くと思うよ! 今に始まったことじゃないしね。それに、大っぴらに何か動いているわけでもないしさ」
「だといいけどな」
「うんうん。そうだ! 今日は演習だから、久しぶりにノア君に私も教えてもらいたいなあ……なんて」
ニーナは少し頬を赤らめる。
こいつ、それが狙いだったか。
「今日は確か、結界術の基礎だったか。まあ、俺も専門外ではあるけど、わかることは教えるぜ」
「やった!」
「ようお二人さん、早いねえ! ここいいか?」
「おはよう、アーサー君。いいよ」
◇ ◇ ◇
「さて、演習場は……」
と、俺たちが演習場へ向かおうと中庭を抜けたところで、野外訓練場に人だかりができているのが目に入る。
「あれ、また何かあったか?」
「どうだろう……」
その人だかりはただ事ではない様子で、ざわざわと大きな騒ぎとなっていた。
俺はその中心に、ルルシアが居るのに気が付く。
ルルシアは地面にしゃがみ込み、涙を浮かべていた。
「! ……ちょっと通してくれ!」
「ノア君!?」
俺は人混みをかき分け、輪の中心へと飛び出す。
そこで、俺は予想外の光景を目の当たりにする。
しゃがみ込むルルシアと、その前に立つ一人の男。
そしてその間には、真っ白な毛並みが血で汚れた獣――フィンが横たわっていた。
その生命はすでにこと切れていた。
「フィン……!」
「ノア……様……!」