テイマー
「戻ってきて、フィン!」
「ガウ!」
白銀の毛並みを携えた四足歩行の獣は、ものすごい速度でルルシアの元へと駆け寄る。
「テイマーか、珍しいな。それだけ意思疎通ができているのはさすがだな」
テイマーとは、魔物を操り戦う特殊な魔術だ。
かなりマイナーな魔術で、それを操ることができる魔術師はかなり限られている。
幼い頃から魔物との魔的交渉を繰り返すことで体得することができる、とても高度なものだ。もちろん、あの赤髪の魔女が持っていたアーティファクトの魔本のような例外も稀にあるが、あれはまた別だ。
ニーナのような召喚術師も魔物の使役ができることがあるが、あれはあくまで使役。その力を魔力と契約で縛っているから、そこまでの自由はない。
だが、テイマーはお互いを信頼する必要がある。完璧な飼育ができていれば、とんでもない連携が可能となる。
「えへへ、ノア様に褒められるなんて……! 生きててよかった! 頑張ってきてよかった!」
ルルシアはピンクの髪をなびかせながら、嬉しそうに跳ねる。
「大げさだっての。それは、スノーレッサーフェンリルか?」
「はい! 私の家は北部の小さい村でして……。その近くの森に生息しているから、うちの村ではテイマーと言えばこの子たちなんです」
「まて、テイマーが他にもいるのか?」
「そうですよ! うちの村では何個かテイマーの家系がありまして。その中で歴代でも一番の才能だ! と言って送り出してくれたんですが……。まあ……入学してみるとそうでもなかったという落ちです」
そう言って、ルルシアは自嘲気味に笑う。
だが、このスノーレッサーフェンリルを見ればわかる。一生懸命努力してきたんだろう。
ただ、やはりスノーレッサーフェンリルのランクはC、それほど強力な魔物という訳でもない。契約で縛る召喚術師と違って、テイマーは交流が必要になる都合上高ランクの魔物を手懐けるのがほぼ不可能だ。高ランクの魔物はそもそも人間になつかない。だから、その総合力はどこかで頭打ちになってしまう。
それでも、たとえば冒険者なんかであれば索敵に魔物を使えるのは優秀だし、遠く離れていても連携をとって行動ができるというメリットがある。使いどころ次第なのだ。
「テイマーとしての筋は良いんだ。後は、お前自身の魔術をもっと鍛えないとだめだな。風魔術のようだが、まだまだ練度が低い。そのフェンリルも呆れてるぞ」
「え!?」
ばっとルルシアがスノーレッサーフェンリル――フィンを見ると、まるで上から見下ろすかのように頭を上げ、薄目でルルシアを見つめガウッと短く吠える。
「うええ~ごめんよフィン~! もっと強くなるからああ!」
「ガウっ」
ルルシアはフィンに抱き着き、その毛に顔をうずめてワンワンと吠える。
「まあ、この学院に入学出来てるんだ、筋は悪くない。テイマー以外の魔術は独学でそれなら、もっと学べばすぐに追いつけるさ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「あぁ。今のままじゃ、うちのアーサーにも勝てないけどな」
「あ、あの軽薄な方ですか……彼には勝ちたいです!」
あいつルルシアにもなんか声かけたのか……恐ろしい男だ。
◇ ◇ ◇
そうして、一通り訓練の時間は終了した。
「ありがとうございました!」
ファンクラブの会員たちは、深々と頭を下
げる。その顔は、全員生き生きとしていた。
フィンもご機嫌そうに座り尻尾を振り、俺に頭を擦り付けている。
「ふふ、フィンもノア様の素晴らしさがわかったのね!」
「やれやれ……それで、訓練はこんなんで良かったか?」
「そりゃもう、最高の時間でした!」
ルルシアは人一倍の笑顔を浮かべ、うっとりするように体をくねらせる。
「夢にまで見た、手足をとってのマンツーマン訓練……うふふ」
「マンツーマンではないけどな」
「私も興味深かったですわ。確かに、私たちの魔術は少し型にはまりすぎていたわね」
「わ、私はノア君の……魔術が間近で見られただけでも……大満足!!」
最初は恥ずかしがっていたスズカも、今や興奮気味に目を輝かせている。
「みんな大変満足しているよ。さすがノア君だ! 本当に感謝してもしきれないよ、貴重な時間をありがとう」
「いいって、別に同じ生徒じゃねえか。気にするなよ」
「なんて寛大なんだ……」
クロウェルは大げさに目頭を押さえる。
訓練と言っても、俺が彼らの魔術を見て、アドバイスし、少し実戦形式で戦っただけなんだが……どうやら、彼らはそれだけでも十分満足だったらしい。
そんな専門的な知識は教えられなかったが、まあ、俺と戦えたことだけでもそれなりに満足ってことなのか……?
「とりあえず、今日は解散としよう。会場ももう時間だろうしね」
「だな。次がもう来るだろうしよ」
「第二回についても考えてくれると嬉しいんだけど……どうかな?」
「……まあ、気が向いたらな」
「ありがとう!」
そうして、ファンクラブの会員たちはそれぞれこの場を去っていった。
貴重な経験ではあったな。確かに、普段目立たないような人たちの魔術というのはあまりまじまじと見る機会はなかった。そういう意味では、面白い経験だった。
ルルシアなんか、ほとんど活躍できないと嘆いていたが、他の方面に活かせばいくらでも活躍できそうだ。
研究棟にいけるようになったらまた待遇も変わるんだろうが、確か、研究室を持てるのは成績上位者だけだったか。……がんばれ。
「ちょっといいかな」
不意にクロウェルから声を掛けられる。
「ん? まだ帰ってなかったのか」
「あぁ。ほら、初めに行っていた一人問題を抱えている奴がいるって話、覚えているかい?」
「あぁ、言ってたなそんなこと」
「ちょっと、彼について話しておきたくてね。耳に入れておいてくれるだけでいいんだが」
そう言って、クロウェルは周囲を見回し、誰もいないことを確認すると声を落とす。
「彼女、二年の生徒でホワイト・ウィンスキーというんだが……実は最近学校に来てないらしいんだ」
「へえ、そりゃまた。学校が嫌になっちまったのかね」
「それが……実は最近、”魔女の夜会”とかいう変な組織にハマっているらしくて」
「魔女……」
まさか、クリスティーナ……いや、あいつは死んだ。
魔女狩り……何かつながりがあるのか? それとも、無関係か……。
「彼女、かなり経済的にギリギリで、心配してたんだ。何か巻き込まれていないといいんだが……」
「……まあ、俺もその辺りに関心がないってわけでもない。何か情報が入ったら教えるよ」
「助かるよ! いやあ、さすがだねノア君! まさかそんな市井の情報にも精通しているとは。近頃連続殺人だの、世界を滅ぼす魔女の組織があるだの、都市伝説的な話がいろいろと騒がしいからね。彼女のことも同じファンクラブとして放っておけなくて」
「そうだな。それじゃ――」
「何やっているんだお前は!」
「ち、違います、僕じゃ……!」
突如聞こえた大声の方を見ると、なにやら人だかりができていた。
「君、この霊薬は魔術協会から使用禁止令が出ているだろう!!」
「知らないんです! ただ僕の荷物の中に入っていて……使ったわけじゃないです!」
「物的証拠があるんだ、おとなしくこっちへこい!」
「ちょ、ちょっと……!」
小柄な少年は、大柄の生徒に連れられて人だかりから引っ張り出され、そのまま校舎の方へと引きずられていく。
「なんだ?」
「なんだろうね」
「怖いね、霊薬だなんて」
「試験に持ち込んで不正しようとしてたんでしょ?」
「そうそう。魔力が一時的に跳ね上がるとかって……」
試験に霊薬? なかなか切羽詰まってる生徒もいるのか。
だが、不正をするのはいただけない。ルールがあるのなら、そのなかでやるからこそ意味があるものだ。
「しかも”平民”でしょ、あいつ」
「まじ! やっぱり……最近なんか多いよね、そういうの」
「なぁんか、別に差別するわけじゃないけど……やっぱねって感じ」
「ちょっと、やめなよ~」
そんな会話をしながら、二人の少女は笑いながら人だかりを離れていく。
「霊薬か……大事にならないといいけど。以前それで退学処分にあった人を知っているよ」
「……」
「ノア君、どうかした?」
「……いや、なんでもない」
平民……。
何となく引っ掛かりつつも、俺たちはとりあえず寮へと戻った。