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里帰り

「おーい帰ったぞー」


 寝室の扉をあけながら、俺はそんな感じで声を張る。


 ”黒い霧”との戦いも終わり、俺はとうとうSS級冒険者となった。

 とはいえ、冒険者稼業は休業している身だから、あれから特に依頼を受けることもなく、実感はほぼない。


 一年前はシェーラに言われるがままに、とにかく最強を目指して冒険者活動をしていたけど、今や俺は魔術学院の生徒だもんな。

 

 次は対人戦よ、なんて言われて入学してからまだ半年もたってないと考えると、いろいろとあったな。この家で生活していた頃が少しだけ懐かしい。


 そんなことを考えながら返事を待つが、家の中はシーンと静まり返っている。

 普段ならランジェリー姿で、「おお、帰ったのかノア」なんて言って両手を広げて俺を待ち構えていそうなものだが、その姿は見えない。


 家の中はあの頃と何も変わってなくて――とは、言えない状況だった。

 部屋の中はもぬけの殻だった。


 本棚の書物はすべて持ち出され、シェーラが蓄えていた魔術的なあれこれはすべて撤去されていた。残されたのはテーブルや食器に生活用品。とにかく当たり障りがなく、ここに魔術師が暮らしていたなんて思えないような状態だった。


「どういうことだ……?」


 他人の家にでも迷い込んだかと思いそうだが、こんな辺鄙なところにある家なんてシェーラの家以外にない。


 困惑していると、テーブルの上に手紙が置かれていることに気が付く。


 手に取ると、宛名は何も書かれていない。

 ――が、まあどう考えても俺宛だよな。


 それはシェーラからの手紙だった。


『これを見るのがいつごろになるかしら。ちょうど今王都では歓迎祭が終わったころかしら。ノア、ごめんなさい。その家にはもう帰らないわ。北の方に行くことにしたの。』

「北……!?」


 リーフィエ山脈の方か……さすがに国境を越えてカーディス帝国まで言っているとは思えないが……。


『心身ともに成長したノアに直接会えないのは非常に悲しいけど、しょうがないわ。遠くから成長をこっそり見守っているからね。そうそう、SS級おめでとう! 言ったでしょ、焦らなくてもノアならすぐ行けるって。だから、しばらく会えないわけだけど……さみしいかしら? 私も寂しいわ。けど、また必ずいずれ会える。それまで、私の言いつけを守って精進しておくのよ。それじゃあね。愛しているわ。シェーラより』


 そう手紙は締められていた。


「しばらく帰れない……?」


 確かにちょこちょこ長期で出かけて、家を留守にすることはあったが……こんな置手紙をするなんて珍しいな。何かよほどのことがあったのか……。


 しかし、俺にはシェーラが何をしているのか皆目見当がつかなかった。

 

 シェーラは俺の育ての親だ。血のつながった家族ではない。

 幼少期に拾われ、その時に魔術の才能があったことでシェーラに育ててもらえるようになった。


 今はシェーラの課題に従って魔術学院にいるとはいえ、魔術が好きだし、俺自身興味があることには変わりない。


 だが、幼い頃はそうではなかった。

 ただただ、シェーラの期待に応えたくて必死に努力していた。


 シェーラは謎に包まれている。俺は意外とシェーラについて知らないことが多い。

 そもそも、なんで俺なんかを育てたかということだって、結局ちゃんと理由を聞いたことはない。ただ魔術の才能があったから、なんていうだけの理由で育てるようなタイプには到底見えない。 


 それでも、ただ一緒にいて育ててくれるだけで、小さい頃の俺は満足だったんだ。

 幼いころのような、あんな思いをもう二度としないで済むのなら、何にだってなってやると思えた。


 とはいえ、今はもう立派に成長したわけで、特にシェーラに依存しているわけではないが……それでも俺にとっては親代わりだ。気にならないといえば嘘になる。


 瞬間、手に持っていた手紙が一気に燃え上がる。


「! 痕跡封じか!」


 俺はすぐさま手紙を宙に放り出す。

 すると、手紙は空中で完全に燃え尽き、跡形もなく消える。


「徹底してるな。何かに追われているのか……?」


 よほど切羽詰まった状況だったのだろうか。

 ……いや、俺を巻き込まないようにといったところかな。


「北か……」


 なんとなく嫌な予感がしつつも、今の俺にどうすることもできない。

 俺がシェーラの立場なら、こんな手紙を残したうえで、わざわざ「何かあったか?」と探して会いに来てほしいなんて絶対に思わない。


 今は静観か……。

 まあ、いつものことかもしれないしな。だが、俺は少しだけ胸騒ぎがした。

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