5 義弟
竜宮城から戻って10日ほどたった頃、私宛に一通の手紙が届いた。
送り主の名は、アーサー・インブリー。
インブリー侯爵家次男、元義弟である。
私に相談したいことがあり、3日後に近くで所用があるからここに寄りたいという。あの元夫の弟とは思えないほど真面目で聡明なコだったので会うことにした。
あれから私たちが地上に戻ると、湖に落ちた時からほとんど時間が経っていなかった。不思議に思ってセルキーに尋ねると、時の流れが地上と違うからとのこと。そしてなるべく湖に潜った時間に合わせて帰ってきた、とも言っていた。私が倒れてしまったのも時の流れの違いが原因なのだそうだ。
セルキーを肩に乗せ別荘に帰ると、早かったな、とレオが庭仕事をしながら出迎えてくれた。肩に乗ったセルキーは、普通の人には見えないらしく、誰もセルキーのことを言わない。ただ、レオがじっと私のことを見て、風呂に入って着替えろと言ってきた時には、サーガラとのことを思い出してドッキリした。
後から聞いたら、服が花まみれだったからだそう。
さて、セルキーが私と一緒に地上に来た理由は、1つは私の護衛、もう1つが例の譜の件で、地上で調べたいことがあるという。
私もあの玉座の間で話を少しだけ聞いていたけど、セルキーの話によると、あの譜が4篇揃うと東西南北4竜族の中心の王、央竜となるための央座の儀を行うための鍵が手に入るという。前央竜の容態が良くないため、新央竜の即位が早急に必要なんだそうだ。央竜は古のルールだと4家が順に即位し、東竜家のサーガラがそのルールでいくと次期央竜なんだけど、央竜の強大な力を欲する勢力がいるらしく邪魔が入っているみたい。
権力争いってどの世界にもあるのね。
私は、サーガラとのことも含め、水の姫と呼ばれることに戸惑ってるってセルキーに伝えたら、姫様が自分で選んだこと忘れちゃったの?って言われてますます戸惑った。
私、いつ何を選んだんだろう。
けど、サーガラのことは、決して嫌じゃなかった。むしろ・・・
「お嬢!アーサーが来たぞ。・・何か顔が赤いけど熱でもあるのか?」
レオの言葉にハッとして、少し暑いのよと誤魔化してアーサーのいる客間へ向かった。顔に出てるなんて恥ずかしいわ。
「義姉さん、久しぶり!あっごめん、つい癖で義姉さんって呼んでしまうよ。」
柔らかい蜂蜜色の髪に、整った優しい顔だちの元義弟は、元夫ジャックに似ているはずなのに、その聡明さからか全く違う印象を人に与える。
「いいのよ。けど、これからは名前で呼んでね。」
オリヴィアは優しく笑う。この聡明なアーサーとは、元夫との離婚後も付き合いを持っても良いと思っていた。
軽く雑談をした後、アーサーは本題を切り出した。
「今日、相談したかったのは、インブリー領の経営状態のことなんだ。」
アーサーの話によると、現在のインブリー領の財政がひどいことになってるという。
原因は言わずもがなジャックだ。
ジャックは、オリヴィアと離婚してからというもの、家族が止めるのも聞かず散財の限りを尽くしているらしい。
良く調べもせず怪しげな投資話に乗ったり、派手なパーティーを毎週のように開いたり、ディアナに請われるまま高価なドレスや宝石を買い与えたりと、もともと見栄っ張りで騙されやすく商才のない男だったが、ディアナがさらにそれを悪い方向へ煽るようで、家族もほとほと困っているそうだ。
「このままではせっかく義姉さんが築いてくれた有力な家との繋がりも切られてしまう。」
アーサーは溜息をついた。
すでにオリヴィアが作り置きをしていたポーションは全て売ってしまい、その売り上げをまた散財しているそう。本当に困った人だ。
「うちの領は資源の残りも少ない。新たな収入源を作り軌道に乗せなければならないのに兄はあの調子で散財していて・・。兄に酷いことをされた義姉さんにこんな相談をするのも虫の良い話だというのはわかってるけれど、もう相談できるのが義姉さんくらいしかいないんだ。」
アーサーの言葉に、何も悪くない領の人たちの顔が浮かび、少し可哀想になった。
「うーん、そうねえ・・けど、ジャックに売り上げが回るとまた使ってしまうだろうから・・」
オリヴィアは少し考えてこう提案した。
「アーサー、あなた自分の商会を立ち上げる気はある?」
※※※※※
「お嬢も本当に人が良いよなあ。あんなに酷い目に合わされた領のことなんて放っておけば良かったのにな。」
アーサーが帰ったあと、レオが呆れたように言う。
「だってジャックのやったことの尻拭いを罪のない領民がするなんて可哀想じゃない。それにリントラムの売り上げにもなるから一石二鳥よ。」
オリヴィアが提案したのは、オリヴィアが作るポーションの濃縮液を使った希釈ポーションの製造販売権と、リントラムの水のインブリー領での販売権をアーサーの商会に持たせるというものだった。
オリヴィアがいた時に領の収入としてジャックに回っていた売り上げをアーサーの商会で管理するのだ。
ゆくゆくは、オリヴィアの加護水を使い料理が名物になったリントラムのように、インブリー領の地の食材を使った名物料理を開発していっても良いし。
「本当は、あのコが領を継ぐのが1番丸く収まるんだけどね。」
アーサー以外、もう関わることはないだろうと思うオリヴィアだったが、後日やはりあの2人に巻き込まれることになろうとはこの時は思いもしなかった。