2 リントラム湖の竜宮城
「水の癒し」それは水に加護を与えることができるギフトだ。
具体的にどういうことができるかと言うと、例えば、ただの水をポーションに変えたり、泥水を飲料水にしたり、水自体の質を上げたりできる。
リントラム湖の水は、ミネラルウォーターとして他領でも販売しているのだけど、もともと水質が良いうえにオリヴィアがさらに加護を与え、最上質の水として貴族や商人、料理人の間で買い占めが起こるほどの人気ぶりだ。
その水を料理に使うと、同じ調理法をしてるにも関わらずとんでもなく美味しくなるのだ。しかも疲労回復というオマケつきで。
もちろんリントラムの飲食店や宿屋は、すべてこのオリヴィアの加護の入った水を使っている。料理目当てで夏のリントラムに訪れる貴族も多く、水の販売とともにこの土地の主な収入源となっている。
ちなみに、元夫のインブリー侯爵領では、オリヴィアが嫁いでからというもの、オリヴィアの作る質の良いポーション販売で荒稼ぎしていたが、オリヴィアの作り置いた在庫もそろそろ切れるころだ。もともと資源の残りが少ない領地だったのにどうするつもりなのか。もう離婚したオリヴィアには預かり知らぬところである。
「レオ、私、湖の周りを散策してくるわ。夕方には戻るわね。」
俺もついてかなくていいか、と聞くレオに、知った土地だから大丈夫!と答えて別荘を出た。
フォーウッド家の別荘から湖岸までは5分ほどで、初夏にさしかかる今の季節は紫色のラベンの花が満開になる。
「いい香りね~癒されるわ。・・あのバカ騒動もさっさと忘れたいわ。」
そう呟いて、ラベンの花を手に取って見ていると、ラベンの花の一角がモゾっと動いた。
なにかしらと思い近づくと、そこには翡翠色の目をした小さなアザラシのぬいぐるみみたいな生き物がいた。
動くぬいぐるみ??とオリヴィアの目が点になる。ぬいぐるみはオリヴィアと目が合うと、ポロポロと泣きだした。
見ると、そのぬいぐるみの尾ひれあたりに大きな切り傷がある。
痛そう、とっさにオリヴィアは湖の水を手ですくい集中する。すると、水がキラキラ光り出した。
オリヴィアがその水を傷にゆっくり掛けると、あんなに大きかった切り傷がみるみるうちに塞がっていった。
「ありがとう。水の姫さま。僕の名前はセルキー。」
傷の癒えたアザラシのぬいぐるみは嬉しそうな顔をして話しだす。
ぬいぐるみが喋った!!とオリヴィアが驚いていると、セルキーはふわっと浮いてオリヴィアの肩に乗った。
「僕は湖で泳いでるときに何者かに襲われて大けがをして、慌てて陸に上がったまま動けなくなってたんだ。助けてくれたお礼をしたいから、僕のご主人さまに会って!」
そうセルキーが言うと、ふわりとオリヴィアの身体が宙に浮いた。オリヴィアが言葉をその口から紡ぐ前に、ドボン、と1人と1頭は湖に落ちたーー。
「!!」
いきなり湖に落ちたオリヴィアは慌ててもがこうとする。
「大丈夫、水の姫さま。息はちゃんとできるからしてみて。」
セルキーの言葉を信じて口を開くと、本当に息ができる。いつの間にか大きくなったセルキーの背に乗るような形になったオリヴィアが辺りを見回すと、自分の周りに薄い球体状の膜がある。このおかげで息が出来るのだろうか。
オリヴィアは、なんでこんなことになったのか訳がわからないけど、もうこの状況を受け入れるしかないと腹をくくった。
「ところで、あなたは何で私のこと水の姫って呼ぶの?」
オリヴィアがそう聞くと、セルキーは何を言ってるかわからないという風に答える。
「水の姫さまは昔から水の姫さまだよ」
そしてどんどん湖深くに潜っていく。
「セルキー、これからどこに行くの?」
不安になって尋ねると、セルキーの答えはびっくりするようなものだった。
「僕の主人の、竜王さまのお城だよ!」
竜王?!それって伝説上の存在じゃないの??
オリヴィアが絶句していると、湖の底の方に光る宮殿が見えてきた。
「竜宮城にもうすぐ着くよ!水の姫さまは目を瞑って少し息止めてて!」
セルキーの言葉に、オリヴィアは急いで息を止め目を瞑った。
オリヴィアが目を開けると、そこは見たこともないような立派な宮殿の玄関だった。床には白磁の大理石が敷き詰められ、柱は金銀宝石で彩られていた。
隣を見ると、アザラシのセルキーがいなくなっていて、12,3歳くらいの異国風な民族衣装を着た白金の髪に浅黒い肌、翡翠色の目をした美少年が立っていた。
「あなた、誰?セルキーは?」
オリヴィアは見ず知らずの少年に戸惑いながら尋ねた。
「わからない?僕がセルキーだよ!」
「え、だってセルキーはアザラシのぬいぐるみ・・」
「地上に出てる時はあの姿なんだ。本当の僕はこれなんだよ。」
そうあっさりと答えるセルキーに、違いすぎる!とオリヴィアはつっ込んだ。
僕についてきて!と宮殿内をスタスタ歩くセルキーに着いていくと、すれ違う警備の兵士と思しき者たちが皆、セルキーに敬礼している。兵士たちは耳がヒレ状になっていたり、腕に鱗があったりと、完全に人間の少年姿のセルキーとは少し姿が異なる。
・・こんなに小さいのに、もしかして高位の家の子なのかしら?と思っていると、セルキーは正面にある立派な扉の前で立ち止まった。
「竜王様への謁見、東竜眷属第一位モントローズ公爵家が長子セルキー・モントローズにお許し頂きたく存じます。」
「許す。」
扉の奥から低く魅惑的な声がしてゆっくりと扉が開いた。
その声を聴いたとき、なぜだかオリヴィアはぞくぞくしてもっとその声が聴きたいという気持ちになった。