18 帰省2
サーガラの指輪はぴったりとまるで身体の一部であるかのように動かない。
何か石鹸水か潤滑油のようなもので滑らせようにもここは馬車の中。フォーウッドの家に着くまでそれも出来そうにない。他人が触ろうとすればレオみたいになるだろうし・・。
「どうしようかしら。これ・・」
日暮れ前には見慣れた門扉が見えてきた。
屋敷に近づくにつれオリヴィアは気が重くなる。あーリントラムは自由で快適だった、なんてついつい思ってしまう。
「オリヴィアお嬢様、お帰りなさいませ。」
「久しぶりね。ダニエル。少しの間よろしくね。」
上品に白髪を撫でつけ、美しい立ち姿で玄関先に出迎えてくれた執事のダニエルを見てオリヴィアは思わず笑顔になる。祖父の代からフォーウッド家に仕え、赤ん坊の頃からお世話になったダニエルには大人になった今でも頭が上がらない。
「お嬢様、その手はどうされたのですか?」
ダニエルはオリヴィアの右の手元を心配気に見た。
オリヴィアの右の中指と薬指には、不自然に厚く包帯が巻かれていた。
「湖畔でコケて突き指したのよ。あ、もうそんなに痛くないから心配しないで。」
怪し過ぎるオリヴィアの言い分にもサラリと左様ですかと応え、それ以上問いただすことのないベテラン執事は、リントラムでの代理執事に一瞬鋭い視線を投げると何事もなかったかのようにオリヴィアを屋敷の中へと案内する。銀髪の代理執事は引きつった笑顔で荷物を屋敷に運び入れていた。
父と母は久々に会う娘に喜び、リントラムでの話を食事をしながら聞きたいと言う。兄も屋敷にいるとのことで丁度よい。ディアナはラッキーなことに出掛けていて夕食も外で済ませてから帰ってくるそうだ。
着替えを済ませホールに出ると、窓の外を眺め佇んでいる兄を見つけた。
「フレドリックお兄様!」
オリヴィアは久々に会う兄に駆け寄った。
「やあオリヴィア。久しぶりだね。リントラムはどうだい?」
優しい兄は、気を遣ってか離婚のことやディアナのことには一切触れて来ない。
「リントラムは快適よ!お兄様こそ、調子はどう?」
「うん、僕は帳簿管理を最近父から任されていてね。毎日部屋に篭って帳簿と睨めっこしてるよ。数字から見てもオリヴィアが開拓してくれたリントラムの水の販売事業は目を見張るものがあるね。助かってるよ。」
跡継ぎであるフレドリック兄様は、領内経営を日々学んでいるようだった。堅実で努力家のお兄様はきっと良い領主になるだろう。
お兄様の近況を聞いているうちに両親もいつの間にかホールに出てきていた。
「それでオリヴィアはリントラムで何をしていたんだい?」
テーブルに料理が並び、さあ食べましょうというタイミングで、やや天然な父がいきなりジャブを打ってきた。
オリヴィアは咽せそうになるのを必死で堪える。領主たるものまずはリントラムの様子とか聞くものじゃないの??
「まあギルバート。オリヴィアは出戻りとは言え、まだまだ若い娘なのよ。そんなことを聞くものじゃないわ。」
父よりもさらに天然な母がオリヴィアにストレートを決めた。
誰の娘のせいで出戻りになったと思ってるのよ!オリヴィアは心の中で叫ぶ。2人とも悪気がないだけに尚悪い。
「・・オリヴィア、最近のリントラムの様子はどう?」
天然夫婦のやり取りを聞き唯一まともな兄が助け船を出してくれた。
「リントラムは相変わらずの賑わいよ。料理目当ての季節の固定客だけでなく新規客も少なからずいるわ。水の直接購入のために訪れる貴族や商人も。気候柄、夏場の収入が年間の主収入になる土地だから、夏の販売商品を増やしても良いかもしれないわね。」
「新しく何か商品になりそうな物の目星があるのかい?」
兄がさりげなく会話を広げてくれる。
「そうねえ、、あ、ラベンを使った商品とか。民間ではラベンのポプリを肌着の虫除けにしてるそうよ。良い香りが移って一石二鳥なんですって。それから、ハーブティーもすごく癒されるわ。あとは、、ラベンを混ぜた石鹸やオイルを作ってみたらどうかしら。」
「それは年間を通して売れそうだね。良いアイデアかもしれない。」
お兄様が乗り気になったのがわかった。もしかして開発費を出して貰えるかしら。
オリヴィアは顔が緩む。
「僕はそのハーブティーが飲んでみたいなあ~。」
「私はポプリが欲しいわ。」
父と母も何気に喰いついてきた。
根ほり葉ほり話を聞かれた後、2人にはリントラムに戻ったらハーブティーとポプリを送ることを約束させられた。
けど、なんだか良い感じに今日は会話が進んでる。
この様子ならポーション事業の話も今から出してしまっても大丈夫かもしれないと思い、オリヴィアは口を開いた。
「あ、あのね、実はね。今日帰ったのはお父様とお兄様に話したいことがあってーー」
「お父様、お母様、ただいま戻りましたわぁ。あぁ疲れたわ。ダニエル、私、お茶が飲みたいぃ。ダニエルぅー。」
昔から聞き慣れた、舌ったらずで甘ったるい声が玄関の方から聞こえてきてオリヴィアは固まった。
あ、今日は終わった。瞬間的にそう思った。
甘ったるい声がダニエルを探しながら近づいてくるにつれ、冷や汗なのか脂汗なのかよくわからない嫌な汗が出てきた。
「お父様、お母様ぁ、ただいま戻り、、あら?お久しぶりですぅオリヴィアお姉様ぁ。お元気だったんですねぇー。」




