16 女商人2
オリヴィアは言葉に詰まった。アイリーンは素敵な人。辺境伯領のことを大事に思ってるが故の申し出だとは思う。けれど、安易に話を続けてはいけない。そういう思いに駆られる。
「お茶が冷めてしまいましたので代わりをお持ちいたしました。」
2人の間に流れる沈黙を破ったのは、オリヴィアの一番信頼する銀髪の従者であった。
暖かいお茶をティーカップに注ぐレオを見てホッとする。
これからどう話を切り出していけば良いかと考えながら出されたお茶に口をつけると、レオが口火を切った。
「主の話に口をはさむ無礼をお許し頂きたいのですが、アイリーン嬢。私の主をおかしなことに巻き込むのは止めて頂きたい。」
突然のレオの発言に蒸せそうになるのを必死でこらえる。レオ、何を言い出す気なの!?
アイリーンは、その美しく弧を描いた眉をピクリと動かした。
「--おかしなこととは、どういうことかしら。」
アイリーンは鋭い視線を言葉の主に投げた。
「言葉どおりですよ。アイリーン嬢。」
レオも視線をアイリーンから外さない。2人の間で静かな火花が散っているのが見えるかのようだ。
オリヴィアは当事者ながらハラハラと2人を見比べる。
「私の主にあなたの商会のきな臭い軍事産業の片棒を担がせる、そういうお話に聞こえましたが。」
「・・あら、そんなことは誰も言っていないわ。どういう解釈の仕方かしら?主であるオリヴィア様の頭の良さに比べて、貴方は国語力をどこかへ置いてきてしまったのかしら。」
「・・っ!!!」
アイリーンが皮肉たっぷりに答えた。レオの頬がひくひくしてるのがわかる。あのレオが人にわかるくらい怒ってるわ、珍しい。
レオは感情を乱されたことが解ってか、深呼吸をして言い直した。
「では聞くが、ウォーカー商会の、いやアイリーン嬢、あなたの目的は何だ?まさか世界平和を願っての申し出ではないだろう。」
レオはそう単刀直入に言い、アイリーンを瞬きもせず見据えた。
オリヴィアもそこが気になっていた。商人の最大の目的は、利益。それに尽きる。軍事産業への巻き込みでなければアイリーンの目的は一体何なのか。
しばしの沈黙を破ったのは、盛大なアイリーンの笑い声だった。
「あはははっ・・。流石はオリヴィア様。良い従者をお持ちです。」
先ほどの緊迫感はどこへやら、涙目になりながら楽しそうに笑うアイリーンに、オリヴィアもレオも呆気にとられた。
「お疑いになるのも無理はないです。辺境伯様の恩恵を受け大きくなった商会とはいえ、私どもは身軽な商人。国防を掲げながら戦の敵味方両方に与するのでは、ともお疑いになられたことでしょう。実際、やろうと思えば簡単なことです。そして私どもの商会の、いえ、私の見据える未来はそんな処にはございません。勿論、商人ですので利益を目的とするのは当たり前のことではありますが。・・・こちらは辺境伯様から預かりました書面です。」
アイリーンは辺境伯の印璽の押された封書をテーブルに置いた。
「改めましてオリヴィア様。辺境伯領、いえ辺境伯様にご協力いただけませんでしょうか。」
辺境伯からの書状は、想像のとおり領でのポーション製造の協力依頼だった。返事は3日後にするとアイリーンに約束をし、今日の面会は終了とした。
アイリーンはその間、リントラムを観光すると言い、笑顔で宿へと引き上げて行った。
「はあ~どっと疲れたわね。レオ、私お茶が飲みたいわ。」
オリヴィアはやっと緊張が解けたので背伸びをして身体をほぐす。
「お嬢はホント呑気だなあ。あの栗毛女への返答次第では、2人して今日付の行方不明者になってたかもしれないことに気付いてないだろ。」
レオはオリヴィアに背中を向け、お茶を新たに入れる準備をし始めた。オリヴィアはそんなレオの言葉に目を丸くした。
「あの女、物騒なのを何人か別荘の外に配置してやがった。気配が遠のくまでヒヤヒヤしたぜ。」
「・・気づかなかった・・。もしかして、私のポーション、かなり危険な代物になってるのかしら。」
オリヴィアが今更ながらのことを言う。レオはそんな主を呆れたように見た。
「そうだな。ポーションというよりお嬢自身だけどな。早いとこ後ろ盾を決めないとヤバいことになりそうな程度には。そういった意味では辺境伯はうってつけだがな。それにしても本当に喰えない女だった。」
「あのレオが押され気味だったものね。珍しいものが見れたわ。」
くすりと笑って入れ直されたお茶に口付けると、レオはあからさまにムスっとした顔をした。
「あの女、最初っから辺境伯の書状を出さずにこちらの思惑を探ってきたり、割らなくて良い腹まで割って交渉してくる辺り只者じゃねぇ。ま、あれが腹の底かもわかんねぇがな。お嬢もあまり信用し過ぎるなよ。」
う~ん、なんだか面倒くさいことになってしまったことだけは確かね。アイリーンには返事は3日後って言ったけど、立場上、断るなんて選択肢はないし。けど、アーサーの商会に最初に立ち上げて貰ったんだから、ここの利益は守るようにするとして、うちの領でも話がややこしくなる前に事業を興した体にしとかないといけないかしら。あと3日で考えないと。
「ねえ、レオ。後ろ盾はお父様じゃ弱いってことかしら?」
「旦那様が順当なのは確かだが、協力者の名前は他に欲しいところだと思うぞ。他の奴らにうかつに手を出せないと思わせる立場の人間が。」
そうよねえ。やっぱりお父様が順当よね。あの優しすぎるお父様・・仕事で絡んだことがないからちょっと不安だけど・・。お兄様と2人セットで後見と考えれば大丈夫かしら。
またフォーウッドの家にも顔を出さなきゃいけないわね。ディアナもいるしあんまり行きたくもないんだけど。
オリヴィアは先のことを考えて小さくため息をついた。




