10 竜宮城再び
リントラムに帰る途中、セルキーは心ここにあらずという感じで始終無口だった。
いつも明るいセルキーがどうしたんだろうと心配したが、レオがいる手前、話かけることも出来ないままリントラムへと帰り着いた。
リントラムの別荘でもずっと俯いて黙っているセルキー。
「帰り道からずっと無口だけど大丈夫なの?体調でも悪い?」
オリヴィアが問いかけると、セルキーはオリヴィアを見上げ重い口をやっとのことで開いた。
「姫様、僕と一緒に竜宮城に来て欲しい。」
そのいつもと違う真剣さにオリヴィアは断ることが出来なかった。
リントラム湖の湖畔に出ると、セルキーはオリヴィアをふわりと浮き上がらせ青く澄んだ湖に入る。
二度目の湖中はやはり慣れないもので、オリヴィアは呼吸ができると知りつつもしばらく息を止めてしまう。
セルキーの逸る気持ちを表すかのように、前よりもさらに速いスピードで深く深く潜っていった。
竜宮城に着くやいなやセルキーは動揺を隠せずに走りだした。
オリヴィアも宮殿の様子が以前と違うことに気付き、小走りにセルキーに着いて行く。
宮殿内には包帯を巻き傷ついた兵士達。その顔には前見たような鋭気はなく疲れが見える。
長い回廊の先に、以前にも会った眼鏡の青年がセルキーを待ち構えるかのように佇んでいた。
「アハ・イシュカ!これはどういうことだ!」
セルキーがイシュカと呼ばれる眼鏡の青年に掴みかかる。
そんなセルキーに対して、眼鏡の青年は冷静だった。
「見ての通りだ。お前がいない間に宮殿が襲撃に遭った。」
「竜王様はっ、竜王様は無事なのか?!」
セルキーは矢継ぎ早に問う。こんなに動揺しているセルキーの姿をオリヴィアは初めて見た。
「愚問を。あの御方を傷付けられる者など居らぬ。」
そうイシュカは答えると顎をクイと引き、廊下の先へと歩き出した。
イシュカが向かった先は、オリヴィアが前に倒れた時に運ばれたサーガラの寝所だった。
1番後ろを着いていくオリヴィアは、前回来た時のことを急に思い出し、不謹慎ながら顔が赤くなってしまった。
「サーガラ様、セルキーが戻りました。」
寝所の扉の前でイシュカが良く通る落ち着いた声で報告すると、奥からあの魅惑的な低い声がした。
「入れ。」
オリヴィアはその声を聴いた瞬間、ドキンと胸が高鳴った。
寝所に入ると、サーガラは椅子に腰掛け眼を閉じ考え事をしているようだった。
「地上であったことを話せ。」
サーガラが会話を許すと、セルキーはインブリー領でのことを話し始めた。
「・・地上では、竜族と思しき強い気を放つ館があり潜入いたしましたが、すでにその実体はなく、気のみそこに残っていました。しかし、動いた本体の気の動きは全く感じられず、まるで私をおびき寄せるための囮のようでした。あとは・・水の姫様の記憶が封印されていることがわかりました。」
サーガラが瞑っていた両の眼を見開く。黄金色の強い瞳がセルキーを捉えた。
「お前が見たもの、それは真に竜族の気であったか?」
「・・・!竜族の持つ気に非常に特徴が良く似ていましたが、実体を確認できていない以上本物かどうかの判断はつきません。竜族ではない可能性がある、ということでしょうか。」
「実際見た方が早いだろう。イシュカ、セルキーに捕えた者を見せよ。」
はっ、とイシュカは返事をし、セルキーを連れて寝所を出て行こうとする。オリヴィアがそれを見て身体の向きを変えようとすると、サーガラは黄金色の瞳でオリヴィアを見つめ低い声で言った。
「水の姫、いや、オリヴィア、お前はここにいろ。」
サーガラはオリヴァアと二人きりになるとその黄金色の瞳でじっと目の前にいる水色の瞳を見つめた。
オリヴィアは見られることが恥ずかしすぎて視線を外したくなるが、目を逸らせない。
「ここに来い。」
ぽんぽんとサーガラが掌をうつ先はなんと、サーガラの膝の上。
真っ赤になって首を振るオリヴィアに、いいから来いと言わんばかりに指先をクイと曲げる。
おずおずとサーガラに近寄ると、手を掴まれぐいっと引き寄せられる。
そのままサーガラの膝の上にふわりと乗せられるとその逞しい腕で後ろから抱きしめられた。
「!!」
オリヴィアは突然のことに頭がまわらず固まってしまう。
「逢いたかったか?」
そう魅惑的な低い声で囁くとオリヴィアの亜麻色の美しい髪に口づけた。
「あ・・あの、私、あなたのこと何も覚えてなくて・・」
そんなオリヴィアの言葉はまるで聞いていないかのように、何度も髪に口づけ、サーガラの顔が耳元までくるとその動きがピタリと止んだ。
「俺以外の雄の匂いをどこでつけてきた?」
あ、アーサーの!とオリヴィアは悪くもないのに焦る。困った顔をしているとサーガラはアーサーが口づけた箇所をまるでわかっているかのように重ねるように口づけた。
「俺の女の警戒心のなさにも困ったものだ。」
そう言って耳朶をぺろりと舐め甘噛みした。
オリヴィアはつま先から頭の天辺まで真っ赤になって小さく抵抗するのがやっとだった。




