1離縁
「オリヴィア、私はディアナを愛してしまった。もう君に気持ちは戻らない。君とは離縁する。悪いが今日限り出て行ってくれ。」
夫のジャックが、ディアナの腰を引き寄せながら言った。
私があっけにとられていると妹のディアナが、ジャックの腕にべったりとしがみついて勝ち誇った顔で言った。
「お姉様、私とジャックは愛し合っているんですぅ。だから、別れてくださいぃ。私も悪いけどぉ、ジャックは私を愛してるってぇ。愛し合ってる2人が結ばれるべきでしょぉ?」
この妹は、いつも私のものを欲しがる。
最初は5歳の時に誕生日プレゼントで貰った人形だった。泣いて駄々をこねて手をつけれない妹に、父と母が代わりのものを買ってあげるからディアナにその人形をあげてくれないかと言ってきた。私は、一目見てとても気にいっていた人形を泣く泣くディアナに渡した。
次はブローチ、その次は髪飾り、ドレスと毎回毎回、私が手にするものを欲しがり、断ると泣いたりハンストしたりで大騒ぎして、困った両親がディアナに譲るよう言ってくる。
そのくせ、ディアナは自分のものになると3日で飽きて使わなくなる。
クローゼットの奥にはそういうディアナの飽きてしまったオリヴィアの物が山のようにあるのだ。
夫のジャックは侯爵家の長男で、夜会ではなかなかの人気の美男子だった。また欲しくなったのね。
オリヴィアはふぅと溜息をついて言った。
「ディアナ、貴女は昔から私のものを欲しがってはすぐに飽きてしまったでしょう?今度もまた飽きてしまうんじゃなくて?」
ひどいお姉様、とディアナが大きな目をウルウルさせて泣き出す。それが嘘泣きなのは長年姉をしてきたオリヴィアには一目瞭然だった。
「オリヴィア、お前がそういうキツくて優しさの無い女だったから嫌になったんだ。ディアナのことも昔からずっと虐めて物を取り上げていたんだと聞いたぞ。なんて性悪女だ。さっさと出て行ってくれ。」
夫の馬鹿発言に、一体この人は結婚してから私の何を見ていたんだろうと呆れてしまい、オリヴィアは決めた。
「わかりました。今日限り出て行きます。これまでお世話になりました。」
オリヴィアが実家であるフォーウッド家に戻ると、父も母も突然の長女の出戻りに困惑していた。
しかも娘の夫の浮気相手は、これまた自分達の娘なのだ。
問題の落としどころもわからずおろおろする両親に、またディアナが泣きつくのは目に見えている。
私はディアナの我儘への対処を懇願される前に父に申し出た。
「お父様、お母様、私は離縁の傷心を癒すために我が家の別荘地でしばらく過ごしたいと思います」
※※※※※
「おーいお嬢!本当に出戻って来たんだな~。」
別荘の管理者兼執事のレオが笑いながらオリヴィアを出迎える。
「笑いごとじゃないわよ。離婚手続きも両家の今後のためとかいって秘密裡に処理しなきゃいけないわ、自分の荷物も夜逃げみたいに真夜中にこっそり運び出されるわ、あの脳内お花畑さん達は2人で結婚式に向けて勝手に盛り上がってるわで最悪よ。なんであんなのと一時でも結婚しちゃったのかしら。とんだ時間の無駄だったわ。もう本当バカの相手はこりごりよ。」
「お嬢も言うねぇ。まあ、俺もあんな顔だけ馬鹿ボンにお嬢は勿体ないってずっと思ってたんだよな。しかもあの頭の弱いわがまま娘とセットだし、ちゃんと結婚まで行きつくのかも怪しいな。」
レオが猛毒を吐く。
子どもの頃から結婚するまでオリヴィア付きだったレオとは、何でも話せる気ごころが知れた友人のような間柄だ。傷心を癒す名目で別荘地で過ごすことにしたオリヴィアは、気を使いたくないが故に両親に頼み込み侍女のほかにレオを付けて貰ったのだ。
「ここに来るのは何年ぶりかしら。相変わらず素晴らしい景色ね。」
フォーウッド伯爵家の別荘地リントラムは、国の北方の山脈の麓にある夏場の保養地で、街の中心にある大きな湖を囲むように貴族や裕福な商人の別荘、商店、宿などが立ち並んでいる。
これから夏になるとなかなかの賑わいを見せる。
湖の北側には、古くから水竜が住むと言われる聖域があって、祭祀の時以外は入れない土地があるらしい。
水竜信仰なんて、湖が人々に豊かさを与えている土地ならではね。
「ところで、お嬢はこれからここで何をやるつもりなんだ?お嬢のことだから休みに来たんじゃないんだろ?」
「さすがレオね。ご明察のとおりよ。もう結婚はこりごりだし、私はここで自分の好きなことでもやって生きてくわ。幸い私はギフト持ちだしね。」
ーギフトー それは、生まれた時に精霊から授けられる特殊能力のことだ。ギフトを与えられるのは100人に1人ほどで、その能力も様々。けれどその内容にかかわらず、ギフト持ちは精霊の子として特別視され敬われる。
フォーウッド家も父がギフトを授かったため次男だったにも関わらず家督を継いだ。
兄妹の中では、長兄とオリヴィアのみが授かった。
ちなみにオリヴィアの授かったのは、「水の癒し」というギフトだった。