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皇帝になった独裁者  作者: ツァーリライヒ
第1章 独裁者の復活
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第07話 集団化の嵐



 皇帝に反対していた主な貴族が一斉に逮捕されたという事実は、ロシア全土を震撼させた。



 この暴挙に対して異議を唱える声をもあったが、値上がりを待って倉庫に貯蔵されていた大量の穀物が衆目の目にさらされると、貴族や大商人たちの立場はより一層苦しくなった。



「パンだ!ハムもあるぞ!」

「やっとマトモな飯にありつける!」

「これも皇帝のおかげだよ。ツァーリ万歳!」



 民衆の支持を得たニコライは改革を一気に押し進めるべく、没収した貴族の領地を次々に国営集団農場ソフホーズへと作り替えていく。

 その最終的に目標はロシア各地に点在する農村と農民を集約し、国営の集団農場で集中管理することで生産性を高めることにあった。


 後進的なロシア農業を無数の小規模な個人生産から、ソフホーズを中核とする大規模生産に切り替えれば、トラクターなどの集中配備・運用によって農業の生産性が爆発的に向上すると期待されていた。



 そして貴族と並ぶもうひとつの敵が、ロシアの伝統的な農村共同体ミールであった。


 アレクサンドル2世の農奴解放令により、土地を与えられた農村共同体には多くの解放された農奴たちが所属している。



(儂の前世でもミールは難敵だった。貴族ならまだ金儲けのために生産性を上げようとするが、ミールの連中にはそれすら無い。自給自足で中世レベルの生活が出来れば満足しているような連中だ)



 彼らもまた、この機会に徹底的に滅ぼさなければならない。


 ニコライはミールに対して、貴族以上の徹底的な弾圧を加えた。徴兵基準を変更してミールの若者を次々に軍隊に徴集する一方、主に都市部出身の兵士を改革の尖兵としてミール内部に大量に送り込んでいく。


 当然ながらミールでは大規模な反対運動が発生するも、戒厳令によってロシア全土に軍隊を展開させていたロシア帝国が動揺することは無かった。


(ロシア内戦の頃もそうだったが、あの時の赤軍は決して多数派の支持があったわけではない。支持していたのはモスクワとペトログラードの労働者階級ぐらいで、ほとんどの農村部では白軍が優位だった……しかし最終的に赤軍が勝利できたのは、白軍が各地でバラバラに分裂して一致団結できなかったからだ)


 ニコライことスターリンは、その貴重な教訓を忘れることは無かった。先手をうって戒厳令を発動したのも、真の狙いは炙り出した敵の分断にある。


 結局、小規模な暴動は何度か発生したものの、戒厳令によって人の移動や通信の自由が制限されていたため、それらが結びついて大規模な反乱へと発展することは無かった。各地の反乱勢力は連携することも出来ないまま、白軍と同様に各個撃破されていったのである。


 さらにニコライは分断統治の原則に基づき、農村出身の兵を対ドイツ最前線へと送る一方、戒厳令で国内に展開する兵士の大部分をコサック兵や都市部出身者へと変えていた。


(前線では農村出身者の士気低下が深刻らしいが、ドイツ軍の大半はフランスに向かっているから何とかなるだろう。いざという時には、督戦隊と政治将校で規律を回復させればいい。それより問題は国内だ)


 狩猟や漁業、軍務を生業とする軍事共同体のコサック兵はもちろんのこと、農村のせいで何度も飢餓を経験した都市出身の兵士はニコライにも負け劣らぬ憎しみを農民に抱いている。ニコライの狙い通り、農村の反乱に対しては容赦なく弾圧が加えられた。



 この過程で大勢の逮捕者が出たものの、ニコライは彼らの大部分を刑務所で腐らせるよりも有効な活用方法を知っていた。



 シベリア流刑である。


 

 ロシア帝国の未来のために、新しい土地を開拓してもらう。国家の敵に矯正の機会を与えると同時に、隔離しつつ生産的な活動に従事させるという画期的なアイデアだ。開拓された土地は新たな集団農場となり、古い農村共同体に変わる新しいロシア農業の象徴となるだろう。



 **



 ツァーリの怒れる拳は敵を徹底的に粉砕する。だが、軍事力や経済力で押さえつけるやり方だけでは、人心までは完全に掌握できない。

 何よりツァーリは暴君であると同時に、君主でもある。ニコライには民を“正しい”方向に導く義務があった。



「子供たちの為の学校を作るぞ」



「学校……ですか?」


 御前会議でまたもや唐突に言い放ったニコライの言葉を、居並ぶ政府高官たちが呑み込むまで少しばかりの時間を要した。


(あの専制君主、独裁者の権化のような陛下が「子供たちの為の学校を作る」………だと!?)


 何か悪いものでも食べたのだろうか。思わずそう疑わざるを得ないほど、ニコライには全く似合わない言葉である。


 だが、ニコライも単なる思い付きや気まぐれで言っているわけでは無い。「教育」こそが後進国だったロシア帝国を、アメリカと世界を二分した超大国ソビエト連邦にまで進歩させた、陰の動力源だと知っていたからだ。


 民衆を導くのに必要なものは、暴力だけではない。力で従わせることも必要だが、同時に民衆が自発的に権威に服従するような“道徳”を持つよう、教育することも同じぐらい重要なことだった。 



(民衆が愚かであるのは、彼らが然るべき教育を受けていないからだ。無学で無教養だから、間違った思想や知識に踊らされる)



 事実、当時のロシアにおける文盲率は実に人口の7割にのぼる。文字が読めなければ本を読んで知識を得ることも出来ない。教師の数も不足している。

 そんな状態にある無知な人間が頼れる知識といえば、せいぜい「長年の経験と勘」を持っている村の老人ぐらいのものだろう。そして老人は一般的に、変化を好まず保守的だ。



 ニコライは新しい帝国に相応しい「20世紀のロシア人」を作り上げるべく、公共教育にも力を入れた。とりわけ重視されたのは初等教育で、保守的で閉鎖的な農村地帯を蝕む古い呪術的な因習から、未来ある子供たちを解放するために地方にも小学校が次々に作られた。

 当初は知識一辺倒の実学教育であったが、徐々に法や権威の尊重、愛国心といった道徳を学ぶ思想教育も重視され始めていく。



 ドイツ兵やフランス・イギリス兵に比べて、しばしばロシア兵は士気が低いとされたが、ニコライはその理由を国民意識の希薄さに求めていた。


 有体にいえば「自分はロシアという国の一員である」という国民意識よりも、農民を中心にどこそこの村や町といった地域共同体の一員であるという意識の方が強いのだ。目に見える生まれ育った村が全ての農民にとって、ドイツ国境で行われているロシア帝国の戦争など、ほとんど外国人同士の戦争と変わらなかった。



 しかし道徳の授業を通じて「国民」や「国家」という想像の共同体を強く意識させることが出来れば、それまで他人事だった「ロシア帝国の戦争」を「自分たちの戦争」へと意識改革することが出来る。兵士たちは「同じロシア人の仲間」という同胞意識を強めると同時に、「憎きドイツ人」を倒さねばならないという使命感を持つようになるのだ。



(教育とは、ただ知識を学ぶ実学教育のみを指すのではない。近代国家においては、道徳という思想教育もまた重要なのだ)



 貴族階級と農村共同体の破壊はニコライにとって、ロシアの強盛大国化の第一段階に過ぎない。稀代の独裁者の野望が達成されるためには、さらなる血をもって栄光への道を舗装しなければならなかった。

 

公教育の重視ってのは、共産圏の良い文化だと思うんですよね。社会主義革命が起こった国で一気に識字率が上がったケースは、功績として評価されてもいいんじゃないかなと

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― 新着の感想 ―
識字率上昇の功績に関してはマジで同感、最近のネットでは共産圏の国を色々と認めない奴らが多すぎる
2025/02/16 00:54 共産趣味者
[気になる点] 教育改革を目指す話が、ソ連と党(共産党?)への忠誠を育てるのが目的になっていて ニコライ2世としての施策なのに、スターリンの回想のようです
[一言] 道徳教育という洗脳は特に若年層に効きますよね。 ただ、教育(識字率上昇)というのは反社会的勢力を育成するという負の側面もあるわけで全体主義国家としてはバランスが難しい。
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