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皇帝になった独裁者  作者: ツァーリライヒ
第1章 独裁者の復活
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第06話 怒れる皇帝の拳

皇帝大暴れの巻

   

 その年の冬、ロシア全土を揺るがす大事件が起こった。国中の都市部で暴動が発生し、皇帝ニコライ2世は戒厳令を発動したのである。



 きっかけは穀物の不作であった。不作による飢饉は定期的に発生する問題であったが、この年は第一次世界大戦の最中であり、戦争特需による値上がりを狙った売り惜しみが加速していることになる。


 大農園を保有する貴族や流通商人らが穀物を買い占め、またも都市部を飢饉が襲ったのだ。首都であるペトログラードですら食料不足が発生し、怒れる都市住民の声を受けてニコライは千載一遇のチャンスが到来したことを悟った。



「国中で発生している暴動を抑えるべく、皇帝の名において戒厳令を発令する!」



 戒厳令の発令により、ロシア帝国では行政・司法が一時的に軍部へと移管された。同時に議会と憲法、法律と裁判所までもがその効力を停止し、夜間外出禁止令や交通網の封鎖が行われる。


(これで口うるさい議会や貴族に富豪どもを黙らせることが出来る……あとは為すべきことを成すだけだ)



 ニコライの動きは素早かった。



 突如としてコサック兵を中心とした国内軍の大部隊が動員され、続々と装甲列車に乗り込んでロシア中の穀倉地帯へと出撃していったのである。倒すべき敵は、大勢の農奴を抱える大貴族たちだ。


「………こ、これはいったい何の真似だ!? 皇帝はコサックの大軍を使って我々をどうしようというのだ!?」


 農奴の強制労働と売り惜しみによって幾多の犠牲の上に作られた絢爛豪華な貴族の館に、次々に獰猛なコサック兵が突入していく。領地を土足で踏み入られた貴族は、怒りと困惑の色を隠さなかった。大半の貴族にとって農地とは、そこに住む農奴と共に彼らの権力の源泉そのものである。


「皇帝陛下の命令だ。都市部の飢餓にもかかわらず、値上がりを待って穀物を退蔵した者は厳しく取り締まると言ったはずだ。にもかかわらず、貴様らは陛下の命令を無視した。ゆえに国家反逆罪を犯したものとみなす」



「この領地とそこで生み出された富は、我らの私有財産だ! それを一方的に略奪しようとは、まるで盗賊ではないか!」



 ロシアで唯一の「自由」な身分であった貴族たちは、租税・軍務・体刑を免除され、裁判では同僚のみによって裁かれるなど、その身分が特別に保障された特権階級であった。


 貴族の領地に対しては国家の諸規制さえ全面的に撤廃され、領地や農奴に至っては皇帝すら手出しの出来ない完全な私有財産である。地方行政や司法も多くの場合は貴族に委ねられており、彼らは県・郡ごとに派閥を組織して大きな影響力を持った。


 こうした事態を危惧した先々代の皇帝は「農奴解放令」を発布するなど改革を目指したが、皇帝の中央集権化に反対する貴族の激しい抵抗にあっている。こうした経緯もあって先代の皇帝は貴族に妥協しがちであったが、ニコライは貴族たちに遠慮する気などさらさら無かった。



「我々は命令に従ったまでのこと。陛下は先日、戒厳令を帝国全土に発令なされた。全ての法律と権利は、今や軍が掌握している。お前たちが裁かれる場所は法廷ではなく、軍法会議だ」


「軍法会議だと……!?」



 やられた、と顔面蒼白になる貴族たち。


 通常の裁判であれば、判事も検察も高位裁判所になればなるほど貴族の割合が多い。法治主義の未熟なロシアでは、コネや賄賂があれば司法関係者を買収することは日常茶飯事であった。


 だが、軍法会議となれば話は違う。機密保持を理由に、弁護人や上訴権の多くが制限される。そもそも軍法会議の目的は、「軍の指揮命令系統を守る」ことにあり、必ずしも真実発見が優先される訳ではない。


 飢饉の発生による民衆の支持を背景としたニコライは、戒厳令と軍法会議によって本格的に皇帝による独裁体制を確立させるために動き始めた。その最大の障害となる貴族階級に対して、圧倒的な大規模攻勢が始まったのである。



「まさか、陛下は本気で貴族階級を敵に回すつもりなのか……?」



 顔面蒼白になる貴族に、さらに追い打ちをかけるようにコサック兵の言葉が続く。


「おっと、言い忘れていた事がありました。とある高貴な愛国者の方からの通報により、貴殿には別件でも逮捕状が出ております。罪状は収入の過少申告による脱税と、息子の徴兵逃れですな」


 若い頃は政界で活動していたこの老貴族は、ようやくことの成り行きを悟った。味方であるはずの貴族の中から裏切り者が出たのだ。


 下手に全員を追い詰めるのではなく、まずは敵の連帯を弱めてから少しづつサラミのように削り取っていく……統治の原則が「被支配者の分断」にあることをニコライはよく理解していた。


(し、してやられた……)


 少しでも頭の回る者なら、沈む泥船にいつまでも乗っていようとは思わない。脅迫された者、少しでも媚を売ろうと考えている者、そして失うもののない没落貴族などが中心となり、秘密警察への密告が相次いでいた。



 そして怒れる皇帝ツァーリの振るう拳は、ロシア全土に容赦なく降り降ろされたのである。


先手を打って白色テロを徹底的に加えていくスタイル

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― 新着の感想 ―
[良い点] ブルジョワ死亡 [一言] The スターリン
[良い点] これこそスターリンという感じがしていいです。 [一言] 流石に徹底していますね。こういうのは中途半端が一番良くないので当然ですが。今のこの状況がレーニンなどからしたらどう見えるのか気になっ…
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