エピローグ In Memory of Heroes
ペトログラードにあるクロンシュタット軍港にて――。
急速な技術の進歩に合わせて大規模な近代化改修が施される中、基地の片隅にはもはや過去の遺物となり、化石となった巨大な飛行船が横たわっていた。
かつて第一次世界大戦のさなか、第2皇女タチアナをフランスに、第3皇女マリアをイギリスへと運んだ軍用飛行船『ノヴゴロド』である。
その巨体が空を舞うことは、もう二度と無いだろう。
目覚ましい進歩を遂げる航空機に押され、いずれ廃棄処分となる飛行船の無人となった展望室には、ひっそりと一枚の写真が貼りつけられていた。それは終戦の日、講和条約の調印式で厳しい戦争を戦い抜いた英雄たちの写真だった。
そこには大勢の乗組員に混ざり、伝説となった帝国4元帥、奇人変人と揶揄されながらも彼らを支えて帝国の繁栄を支えた大勢の偉人たちに、国内外で活躍する4人の皇女たちと皇太子、そして誰もが認めるロシア帝国中興の祖となった偉大なるツァーリの姿があった。
――Съ нами Богъ(神は我らと共に)!
古ぼけて黄ばみ始めた写真に書き込まれた落書きは、激動の時代において生死を共にして困難を乗り越えた者たちの祈りだった。彼らは各々の想いを抱えながら、その誓いを胸に己が信じるものの為に生涯を尽くしたのである。
そして彼らが切り開いた道は今、大勢の若者たちの未来を照らしていた。
散っていった全ての命を悼み、人類史上初の世界大戦に参加した将兵たちは後年、互いが戦友であったと知ると、身分や民族を問わず気前よくグラスにウォッカを注ぎ、こう語り合ったという。
「あの時代、お前は何処で誰と何をしていた?」
その時代とは、何だったのか。
帝政ロシアの政治家でもあり、また歴史学者でもあったパーヴェル・ミリュコーフは、当時を振り返ってこう記している。
20世紀初頭におけるロシアの歴史とは、事実上『鉄の男』たる皇帝ニコライ2世ただ1人の物語であった――。
今作はこれで完結とさせていただきます。
実は書き始めた当初はここまで続くと思っておらず、途中で長らく中断したりとご迷惑をおかけすることも多かったと思いますが、読者の皆様の温かい応援やコメントもあって、どうにか完走する事ができました。
最後に、ここまで読んでくださった読者の皆様に感謝申し上げます。つたないストーリーと文章でしたが、無事フィナーレを迎えることが出来ました。
本作を読んでくださった全ての方へ、本当にありがとうございました。