第39話 帝国主義の兵器廠
ウランゲリの戦車隊は防衛線の中央に布陣し、その両脇をマンネルヘイムの師団が防御・支援する形となった。この布陣であれば、砲塔の無いT-17戦車でも正面に向かって撃てばいいだけなので、その火力を十全に発揮できるはず。
逆に両翼に配置されたマンネルヘイムの貧弱な歩兵師団が蹴散らされてしまうと一転、包囲の危機にさらされてしまうのだがウランゲリはマンネルヘイムを信じる事にした。
(あの男なら、やってくれるだろう)
翌日の戦闘では、ドイツ軍は予想通りパンツァー・カイル陣形で戦車を先頭に突撃してきた。対するコルニーロフは砲兵による弾幕、地雷原、戦車の待ち伏せ攻撃、対戦車砲、マンネルヘイムから教わった火炎瓶に手榴弾に煙幕などあらゆる手段を駆使して、ドイツ軍の攻撃を真正面から受け止めた。
マンネルヘイムの部隊も、初めて受けられた潤沢な補給のお陰で士気は上々だった。景気よく大砲をぶっ放し、機関銃を乱射している。
「かかってこい! 火力ではこっちの方が上回っている!」
ドイツ軍は何度も波状攻撃を仕掛けてきたが、そのたびに優勢なロシア軍の火力に粉砕された。特に火力と装甲の両方においてロシア軍のそれに劣る戦車部隊の損害は甚大で、攻撃すればするほど被害が大きくなっていく。
ドイツ軍の攻勢は、予備師団から虎の子の機甲部隊まで前線に投入するという、その総力を挙げた最後の決戦であった。
だが、ロシア軍による圧倒的な火力は戦力の集中を著しく困難にした。突破正面を限定すれば砲弾の雨が降り注ぎ、突破正面を限定しないで全戦線で薄く攻撃すれば、鉄条網・地雷・機関銃という3種の神器に守られた、西部戦線さながらの塹壕ラインに阻まれてしまう。
対してロシア軍は予備兵力の大量放出とばかり、次から次へと増援を投入していく。翌日にはタチアナ皇女の率いる騎兵連隊と歩兵1個師団が到着し、背後を固めることでロシア軍の防衛線に十分な縦深がもたらされた。
戦闘は熾烈を極め、一進一退の攻防が続いたが、時間はロシア軍の味方だった。補給と補充のスピードが続かないドイツ軍は徐々に枯渇していき、戦力を消耗して攻撃能力を失っていく。
ドイツ軍最後の攻勢は、すでに戦力の限界を超えた作戦であった。攻勢が始まって1週間もすると、ドイツ軍の攻勢は次第に衰えを見せ始めた。ロシア軍の火力に叩かれ、寒冷地での補給・医療の不足から膨大な死者を出し、士気は落ち込んでいく。
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変化は地上だけでなく、上空にも表れていた。
その日の航空戦では、ロシア陸軍航空隊がこれまでにない数の戦闘機を繰り出してきたことで、ドイツ軍の爆撃は低調だった。
「ロシア軍に戦闘機があんなに……!?」
赤い男爵ことリヒトホーフェンが驚愕する。
(これまでロシアの戦闘機なんて、偵察機ぐらいしか見かけたことが無かったが、アイツらどこであんな大軍を……?)
ロシア帝国の技術水準からして、航空機の大量生産は難しいはず……だが、その答えは敵戦闘機とすれ違った時に判明した。
――― MADE IN U.S.A 。
「クソッタレの資本主義の犬め!」
自由と平等と資本主義の国に、レッド・バロンは唾を吐きかけた。
何の事は無い。ロシアは世界一の工業国、アメリカ合衆国から金で買っていたのである。しかもアメリカ金融界からの借金で。
おまけに飛行機まで厳密にはアメリカ機ですらなく、フランス製のスパッド7という当時の名機をライセンス生産しているというのだから、もう何がなんだか分からない。
実はこの頃、アメリカ大統領ウィルソンは産業界や経済界からの要求を断れず、参戦こそ拒絶したものの、『武器貸与法』を議会で可決させていた。アメリカ金融業界がロシアに長期融資を行い、その資金でロシアはアメリカ産業界から武器・民生品を輸入するという、半ば自作自演のような方法だ。
これはアメリカにとっても苦肉の策であった。
もともとアメリカは有り余る資金をイギリスとフランスに貸し付けていたのだが、フランスで共産主義革命が発生したせいで戦況は協商国に不利になり、投資家たちは債権を回収できなくなる恐れがあった。
そのため残った列強であるイギリスとロシアには何としてでも勝ってもらわねばならないのだが、海外投資に縁の無い多くのアメリカ国民はモンロー主義と中立を望んでいる。
ドイツ帝国にしても西部戦線が落ち着いたことで、アメリカを刺激する恐れのある無制限潜水艦作戦はヴィルヘルム2世によって拒否された。実際、本国からオスマン帝国まで陸路で繋がり、フランスの脱落もあってイギリス単独で海上封鎖を続けることが苦しくなったこともあり、ドイツの食糧問題は史実に比べればだいぶマシになっている。
そのため、アメリカ東部海岸で生産された大量の物資は、Uボートによる被害を受けることなく、ロイヤルネイビーに護送されながら大西洋を渡り、北極海を経由してムルマンスクやアルハンゲリスクから大量に荷揚げされていた。
中には、西海岸からも太平洋を渡ってウラジオストクからシベリア鉄道経由で輸送されたものもある。
こうしたアメリカからの借金でアメリカから民生品を大量に輸入できたことは、ロシア帝国にとっても民衆の不満を軽減させる上で大きな意味を持った。
ニコライ2世は総力戦体制への移行に当たり、国内工場の大半を軍需品の製造に集中させていた。これは必然的に民生品の供給不足をもたらすのだが、それをアメリカからの輸入品が補ったのだ。史実で不足していた食糧はもとより、衣類や農機具といった物資もレンドリースで戦前とさほど変わらぬ水準を維持できている。
そのため史実と違って帝政への不満は抑えられており、辛うじて忠誠心を繋ぎ止めた民衆を根こそぎ動員することでニコライ2世は決戦へと挑んでいた。
そしてアメリカにしても、レンドリース特需と呼ばれる好景気が国中を沸かし始めていた。世界大戦によって国際貿易が停滞することは、中立国アメリカにおいても少なくない景気減退を招いていたのだが、ロシア帝国への大規模な融資と輸出は膨大な需要を生み出した。
当時のアメリカは既に世界最大の工業国にして経済大国であり、生き場を失っていた投資資金と工業生産能力は一斉にロシア帝国へと殺到する。レンドリース特需は急速にアメリカ経済を回復させ、ウィルソンの支持率も急上昇していった。
東海岸からイギリス~北海経由で、あるいは西海岸からウラジオストク~シベリア鉄道経由で。メイド・イン・アメリカの軍需物資が次々に首都ぺトログラードへ運び込まれていく。そして皇帝ニコライ2世はマンネルヘイムが稼いだ貴重な時間を使って、可能な限り首都に膨大な物資を集結させた。
その結末がどう出るか。審判は、まもなく下る―――。
タイトルがネタバレ。
Q.「そんな借金したらアメリカの経済植民地にならない?」
A.「借金なんて踏み倒せばええんやで」
どこのレンドリースとか言ってはいけない(正確には穀物輸出のバーター取引で強引に打ち切ったとかでしたっけ?)