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皇帝になった独裁者  作者: ツァーリライヒ
第1章 独裁者の復活
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第03話 工業化への道


 ――ロシア軍は変わりつつある。


 大戦前のロシア軍を知る者なら、誰もがそう感じただろう。それまでのロシア軍は良くも悪くも後進的な軍隊であり、困難な状況でも頑強に抵抗を続ける粘り強さを持つ一方、兵士の大部分はろくな教育も受けられず時代錯誤な因習に支配されていた。


 そうした後進性はロシア軍の伝統的な白兵戦主義にも強く表れており、物質的な火力よりも精神力の優越に頼った銃剣突撃を勝利への最大要件としている。実際にロシア軍と対峙したとある東洋の新興国家は、その精神主義・白兵戦主義に感銘を覚えて自国でもそれを採用するほどだったという。



 しかしロシア内戦と大祖国戦争を経験したスターリンは、これらの過酷な体験を通して物質万能主義ともいえる現実的な合理主義者へと変えていった。


 二度の戦争でスターリンが学んだことは、「現代戦は火力闘争」であり、「火力を支えるにはその基盤となる工業力が不可欠」であるという事だ。



 事実、大祖国戦争でソ連がナチス・ドイツと比べて優位にあった点は兵力というより、火力であった。兵力差は多い時でもせいぜい2倍しかなかったのに対し、戦車や火砲のそれは4倍から10倍にも達したのである。


 そして火力を重視するならば、必然的に兵站――弾薬や燃料補給といった物質的な面を重視しなければならない。唯物論に基づく科学的アプローチを重視するソ連軍において、ヒューマニズムに基づく「精神論」はあり得なかった。支持すべきは単純かつ現実的な物理法則……卓越した指揮官であっても、必要な物資が無ければ成果は出せないという真理だ。



「とにかく工業化だ。それも重工業を重点的に強化せねば」


          

 **



 工業化の必要性を強く感じたスターリンは、すぐさま「国家計画委員会ゴスプラン」を立ち上げた。軍の改革に向けて、その基盤となる工業化を進めようとしたのである。



 しかし案の定、というべきか。国会ドゥーマで貴族たちの猛反発を食らう結果となってしまった。


 なぜなら皇帝の主張する「工業化」路線は、乱暴に言えば「税をむしり取って資本を蓄積し、それを工業へ投資する」というものである。


 この政策が実現すれば、もっとも被害をこうむるのはロシアの富の大半を有している貴族たちに他ならない。それは守旧派の農民や貴族の利権と真っ向から対立するものである。彼らはこの動きに対して貴族同士の団結によって、皇帝の支配が自らの領地に浸透することを拒むことで一致していた。



 逆にスターリンを支持するのは軍人や官僚たちで、ロシアの後進性と工業の立ち遅れを危惧していた。


「もしこのまま工業化なしに戦争に突入すれば、結果は悲惨なものに終わるでしょう」


 クロパトキンをはじめとする軍人たちは日露戦争の経験から、来たるべき大戦が悲惨な消耗戦になることを正しく推測していた。


 次世代の戦争において、国家は保有する全ての資源を効率的に使わなければならない。そのためには土台となる工業の発展が早急の課題だった。



 **



 もっとも、貴族たちとてロシアでは数少ない高等教育を受けたエリート集団である。何の根拠もなく工業化に反対していたわけではない。



「ロシアの強みは工業ではなく農業にある。競争力の無い工業に力を入れても、質の良い西欧諸国に負けて無意味に国の力を浪費するだけだ。むしろ我が国は国際競争力のある農業に特化して工業製品は輸入し、住み分けを図るべきではないか」



 デヴィッド・リカードの「比較優位論」に基づく、至極真っ当な意見である。やみくもに国産化・自給自足を図れば“大躍進”出来るかと言われれば、必ずしもそうではない。


 当時においてもアルゼンチンやメキシコなどの南米諸国がアジア諸国に先駆けて工業化を図っていたものの、結局はうまくいかなかった。それは何故なのだろうか。



 ――結論から言うと、需要が無いからだ。


 

 買う者がいなければ、どれだけ商品を作っても在庫が山と積み重なるだけである。事実、南米諸国が工業化に失敗したのは、国民にそれを購入するだけの購買力が無かった事が大きな要因のひとつである。加えて、外国製品が安く輸入できるとあれば、よほどの愛国者でなければ輸入品を選ぶだろう。


 そして皮肉なことに、三国協商を結んだロシア帝国は英仏から質の良い工業製品を安価に輸入できるようになっており、それが却って国内産業の育成を阻んでいた。



「だが、今は戦時だ。英仏から輸入が途絶えている以上、国産化に舵を振り切るべきなのでは?」



 セルゲイ・ヴィッテを始めとする、改革派の政治家からは第一次世界大戦の勃発を受けて、工業化を推進すべきという声も少なくない。



 しかし議会の多数派は、超保守主義者として知られるイワン・ゴレムイキン首相を筆頭として「戦争は一時的なものであるから、急な構造改革など必要ない」という立場を取っていた。


 もっともゴレムイキンの主張のポイントは、あくまで“急な”改革に反対するという意味で、復古主義というより正しい意味での保守主義であり、緩やかな改革の必要性は認めている。



「我が国の人民のほとんどは貧しい農民だ。彼らの購買力を高めるためにも、まずは農業を発展させなければならない。そして農業の発展によって得られる富が、工業化に必要な資本蓄積となる」



 まずは農業に投資し、輸出用の余剰穀物を発展させ、外貨によって工業発展に必要な生産設備を購入するというのが保守派の基本的な考えだ。

 根拠も十分にある。そもそもの工業が未成熟なロシアでは、生産設備のほとんどを輸入に頼っている。工業化によって自国で工業製品を量産する前に、まず外国から生産設備を輸入する資金をどう調達するかが問題だった。



「我が国の工業は非効率で競争力も低い。対して人口の9割を占める農業では豊富な労働供給があり、相対的な生産コストは低く抑えられることから、我が国の安い農作物は国際競争力のある商品足り得る。予算と資源が限られている以上、工業よりも比較優位があって高い伸び率の期待できる農業に投資した方が効率的ではないか」



 そうして生産した農作物を輸出することで稼いだ外貨を使い、生産設備を輸入して工業へ投資する。然る後に工業製品を生産し、農作物輸出で十分に購買力を高めた国民がそれを購入する……ロシア国内における最大の消費者は農民であり、彼らが豊かとなれば工業製品を買ってくれる。そうすれば工業生産者にも資金が行き渡り、さらに外国から生産設備を輸入して生産能力を増強できるという理屈だ。


 つまりゴレムイキンら保守派は、言うなればボトムアップ型の成長を目指しており、「自国経済の置かれた状況に合わせて政府は国家戦略をすべき」というものである。



 実際、イギリスやアメリカといった先進工業国はこうした穏当なパターンに従って工業化を果たしており、実にマトモな正論であった。

      

 やみくもに自給自足・国産化しても、ちゃんと他の条件が揃ってないと“大躍進”しちゃう罠

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― 新着の感想 ―
[一言] ぶっちゃけ一長一短だけど武器弾薬がイギリス、フランスが 戦争のため自前で使わなきゃいけないので今はやっぱり農業より武器弾薬に限定した工業化だなぁ 戦争終わったら農業にシフトした方が国力は高ま…
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