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皇帝になった独裁者  作者: ツァーリライヒ
第6章 ペトログラード攻防戦
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第37話 決戦の始まり


「馬鹿な……」


 ヒンデンブルクにも、段々と事態が分かってきた。皇帝ニコライ2世はロシア帝国という国家そのものを、合理的で全く無駄のない戦争機械へと作り替えたのだ。


 国家の為に戦争があるのではなく、戦争のために国家がある。そんな倒錯した総力戦理論を、ニコライ2世はルーデンドルフ以上に徹底した。


「我々がロシア並の無茶をやろうとすれば、間違いなく革命が起こります。ですが、あの皇帝は革命を起こさないような体制を開戦から一貫して作り続けてきた」



 ―――クリスマスまでに戦争は終わるだろう。



 ドイツも、フランスも、イギリスも。否、ロシアを除くすべての国が第一次世界大戦の勃発当初はそう考えていた。ロシアだけが、皇帝ニコライ2世ただ一人が開戦時から長く苦しい長期消耗戦になることを見抜いていた。



 だから、ロシア帝国で革命は起こらない。どれほど多くの国民が犠牲になろうと、どれほど広い国土が占領されようと。帝国政府が機能する限り、その頂点に君臨するツァーリが健在である限り。



 ―――彼らは戦い続ける。



 有り体にいえば、覚悟が違った。その覚悟に差をつけるシステムを不屈の意志で作り上げた点にこそ、皇帝ニコライ2世の組織者としての特異性があった。


 かつてフランス革命戦争で「勝利の組織者」と呼ばれた男がいた。ラザール・カルノーが公安委員となった時、フランス革命政府は敵対する対仏大同盟に対して総人口・経済力・兵力の全てで劣っていた。


 だが、最後に勝ったのは革命政府の方だった。革命政府は反革命容疑者法を通じて派遣議員にテロルの権限を与え、力づくで国民皆兵令を強制できる「恐怖政治」というシステムを完成させることに成功したからだ。


 対仏大同盟は総合的な国力で勝っていながら、それを活かしきるシステムで劣っていたために敗北した。



 **



「……それに死傷者の数でいえば、我々は既に200万人近くの戦死者と400万の戦傷者を出していますが、ロシアの死傷者はまだ我々の7割程度に収まっています」


 そして史実と比べて最大の違いが、死傷者数の少なさだ。


 これはスターリンが史実と違って序盤で日和見に徹し、介入後もドイツ軍と正面対決するより格下のルーマニアやらオーストリア=ハンガリーといった東欧を優先したことが効いている。死傷者が少なければ軍の不満はもちろん、その家族たる民衆の不満もいくらかは抑えられるものだ。


 史実ではドイツ軍の1.5倍ほどの死傷者を出したロシア軍であったが、前述の事情によって現時点ではまだその半分程度に抑えられている。


 もっともフランス共産主義革命の勃発によってドイツ軍が主力を東部戦線に向けてからというもの、死傷者の数は指数関数的に増加中だ。そのため、皇帝ニコライ2世にとっても今年の冬に想定されるぺトログラード防衛線が正念場といえた。



「今のところ、ツァーリが首都を脱出したという報告は聞いておりません」


 皇帝ニコライ2世は、首都ペトログラードを可能な限り死守するつもりのようだった。


 戦略的にはモスクワにでも退避した方がよいのだろうが、ペトログラードは帝国の首都であり、その放棄は国民の士気に悪影響を与える。素朴な農民が多いロシアでは、「首都」や「皇帝」といった分かりやすい象徴が持つ意味合いが他国以上に重要であることを、長年に渡って統治してきたスターリンは良く知っていた。



 だが、逆にいえばペトログラードを守り抜けば、国民も兵士もこの戦争は絶対に負けないという自信を持つことが出来る。首都の放棄と自身の退避は、ギリギリまで行わないつもりでいた。


 また、死傷者の数こそ急増中だが、その多くはマンネルヘイムがバルト地域で急きょ募集した新兵が多い。東欧から転進中のベテラン部隊は未だ温存されており、見かけ上は戦力が低下しているように見えるものの、実態としては見かけの数字以上に軍の質が担保されていた。

 


 ***



 こうしてペトログラードで最終防衛ラインを構築したとき、ロシア軍は追い詰められていた。しかし奪われたバルト地方と引き換えに、東欧から列車で引き返してきた増援を得るという、貴重な2か月を稼ぐことが出来た。



 ロシア軍参謀本部は本国に敷設されていた鉄道網をフル稼働させることで、日夜を問わず膨大な補給品を洪水のようにペトログラードに流し込んでいた。兵士も東欧から転進させた精鋭だけでなく、本国で根こそぎ動員された新兵が急速に投入されている。


「我々も本国から増援を待つのは……駄目だな。冬将軍と敵の増援がこれ以上に増えれば、西部戦線の二の舞だ」


 ヒンデンブルクの言葉に、ルーデンドルフが頷いた。


「我々は1914年の西部戦線でパリに突入しつつも市街戦と塹壕戦に引きずり込まれ、3年近くもの消耗戦を強いられました。あれをもう一度ここでやる余裕はありません」


 将兵の精神的な意味でも、国力という物理的な面でも。ドイツ帝国はロシア帝国以上に疲弊していた。フランス北部を占領したレーニンの革命政権に対し、領土割譲や賠償金を含む講和ではなく単なる停戦という妥協を提示した時点で、その内情が苦しいことは上層部では明らかだった。



「では、やはり現有兵力での正面突撃しかないということか」


 ヒンデンブルクが天を仰ぐ。


 砲兵の砲撃の後、歩兵が突撃するという古式ゆかしい正面突撃の他に選択肢が無いことは分かった。だが、それで果たして勝てるのだろうか。


「このところ、兵力的にもロシア軍が次第に優勢になってきておる。情報部によれば、ペトログラードには我が軍の2倍はいるというぞ」


「ですが、朗報もあります」


 ルーデンドルフがポケットから写真を取り出し、地図の上に置いた。


「戦車か」


「はい。A7V戦車17両を中心とした先鋒が楔状に展開し、その両側および後方にはイギリス軍から鹵獲したホイペット中戦車36両が展開、さらに後方にはフランス軍から鹵獲したFT-17が40両、歩兵はロシア軍から鹵獲したオースチン装甲車25両などに乗車し、必要に応じて対歩兵戦闘に参加します」


 「パンツァーカイル」と名付けられたその新戦法は、文字通りロシア軍の防衛線に「楔」を撃ちこみ、そこから突破することを意図したものだった。


「砲兵も歩兵も空軍も可能な限りペトログラードに集めます。ペトログラードを完全に包囲し、全方位から同時に平押し、パンツァーカイルによって撃ちこんだ楔から一気に市内を制圧します」


 ルーデンドルフの説明に、質問をする者はいなかった。


 突破正面を限定することなく、現行態勢のまま全ての正面から攻撃し、突破が成功した正面から戦果を拡張していく――。


 単純な戦法ゆえに技術的な問題を指摘する者はいないし、それしか方法が無いことも皆が知っている。懸念事項といえば味方に多大な損害が出る、という分かり切った事のみであるが、それを口に出すことは憚られた。


 ヒンデンブルクは決断した。


「敵は確実に戦力を立て直しつつある。冬が厳しくなれば勝利は限りなく遠のいていく。各員、奮闘せよ!」

 


 ***



 ペトログラード攻略作戦が開始されてからというもの、ロシア軍にとっては毎日が綱渡りの連続であった。ペトログラードに可能な限りの兵力・物資を集結させたつもりであっても、守るとなると敵がどこから攻めてくるかは分からない。


(こりゃ命がいくつあっても足りないな)


 コルニーロフの日々は馬に乗って前線を駆け抜け、指揮官と兵士たちの尻を蹴っ飛ばすことに費やされる。司令官が前線まで偵察に向かうのはベテラン士官が不足しているロシア軍のやむを得ぬ事情があるからであり、勇猛なコルニーロフは必要とあらば自ら部下を率いて威力偵察という名の騎馬突撃をすることも厭わなかった。


 さらに首都防衛指揮官としてのコルニーロフは非情なまでの規律を求め、許可なく撤退、降伏する臆病者を即時射殺し、貴族出身の高級士官にも厳しく対応した。加えて火力を集中するべく、ペトログラードの空き地や公園は全て砲兵陣地と化してドイツ軍の攻撃に備える。


 こうした努力もあって守備部隊は浮足立つことなく防衛線を維持していたが、一日一日が薄氷を踏むような緊張の連続であった。


(決壊寸前のダムを金づちと板であちこち塞いでいるようなものだ。まだ水漏れは防げているが、いつまで持つことやら)



 そしてコルニーロフのような前線指揮官だけでなく、クロパトキンのような事務方の指揮官もまた、工夫と残業をこらして戦線崩壊を食い止めていた。


 クロパトキンは日々増強されるロシア軍将兵や資材・弾薬を整理して適材適所に配置し、防衛戦闘が終わった戦線からは機動予備が可能な予備隊を抽出する作業に追われていた。ひとつの戦線で戦いが終わればすぐに防衛線を整理し、部隊の再編や、装備・武器・弾薬・医薬品・食糧・衣服などを補充して再構成に備える。


(ロシアに戻ると、フランスでの戦いがいかに恵まれていたかを実感する……フランスやイギリス軍の幕僚たちは数字には強かったし、少なくとも嘘の報告はあげてこなかった)


 あらためて急ごしらえの自軍将兵のレベルの低さに嘆息する。なんとか数は揃えたものの、未だ再建途上のロシア軍では報告書1つですらタイプミスやら数値の記入漏れが多く、重要な物資はいちいち現場で確認しなければならない。



 これに加えて日々の情報分析に、反撃計画の策定までもが仕事に加わる。クロパトキンをはじめ、司令部に勤務するメンバーは疲れと睡眠不足から文字通り倒れる寸前だった


 それでも、クロパトキンは矢継ぎ早に陣地構築・兵站構築の指揮をとり、戦局の挽回を図った。


 将兵の尻を蹴り上げるタイプの司令官が多いロシア軍にあって、一定期間前線で戦闘に従事した兵士は後方で休養させてから再び前線へ投入するというローテーションを確立し、結果として士気を高揚させていた。

   

 実のところベテラン兵は割と温存できてるロシア帝国(というかドイツ軍が主力が展開していた東欧を放置して首都に速攻をかけたから自業自得ではある)


 なお、マンネルヘイム&トハチェフスキー&フルンゼの根こそぎ動員&人海戦術で時間稼ぎされ、速攻には失敗した模様(ロシア軍新兵の死傷者に目を背けつつ)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 苦しい戦いで薄氷を踏んでいても、もはや、ロシアの勝利はほぼ揺るがないように見える(当然だけど)。 [一言] ところで作者様はもし貴方が金正恩だったら、どのように北朝鮮を動かしますか?就…
[良い点] 次回はソンム、パッシェンデールを遥かに上回る凄惨な戦いが起きるな… [気になる点] ところで空気になっている二重帝国とパスタ、我らが大日本帝国はどうしてるんだろう?
[良い点] 1.更新ありがとうございます。  本編の行動を見ると、スターリンほど「ヒト」、「ロシア」、「権力」を理解しているからこそソ連は超大国になっていなかったと感じます。まあ、列強組も絶対君主制の…
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