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皇帝になった独裁者  作者: ツァーリライヒ
第5章 祖国のための戦い
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第34話 一歩も下がるな!


 ちなみに史実のニコライ2世は、第一次世界大戦の勃発による愛国心の高まりによって「革命の機運は弱まった」と判断し、これを縮小するという大失態をやらかしている。


 だが、スターリン(鉄の男)がインストールされた今のニコライ2世にそんな油断はない。



「オリガ、タチアナ、アナシタシア、それからアレクセイ。よく聞きなさい。大抵の反乱と革命は、軍隊と秘密警察の忠誠心さえ掌握しておけばどうにでもなるのだ」


 4人の子供たちに向かって、真顔で帝王学を教え込むニコライ2世。戦時中で多忙なニコライ2世にとって、数少ない家族団らんのひと時である。


「軍隊と秘密警察は富ませ、何が何でも彼らの忠誠心を確保しろ。他はどうでもいいから無視しなさい」



 ちなみに3女のマリアは同盟関係維持のため、政略結婚を目的にイギリスに送っているので此処にはいない。マウントバッテン卿から熱烈にアプローチを受けており、婚約も秒読みだという。ヴィクトリア女王の曾孫で大貴族のルイス・マウントバッテンと、ロマノフ家の皇女のロイヤル・ウェディングにはニコライ2世も満足していた。


(残る子供たちにも、そろそろ適当な相手を見つけないとな)


 皇位継承についてであるが、血友病で病弱なアレクセイでは親政は無理だろうとスターリンは考えていた。


 スターリンは薄情、あるいは人情に流されない鉄の男である。家族か国家か選べと言われたら、迷いもせず後者を選ぶ。実際、実の長男であるヤーコフが捕虜になっても助けようとはせず、次男ワシーリーのドラ息子ぶりにも愛想を尽かし、ついぞ「スターリン王朝」を開いて家族に独裁国家を継がせようとはしなかった。


(アレクセイには、イギリス王室や日本の皇室を見習って「君臨すれども統治せず」に留まってもらおう。それを弟のミハイルか従弟のキリルが摂政として支え、皇族は党・軍・秘密警察と一体化させる……)


 基本的な構想としては、後のサウジアラビアなどで見られる開発独裁と君主制の組み合わせであり、ニコライ2世は現実的な方法でツァーリズムを存続させようとしていた。



 **



 なお、この団らんの場に皇后アレクサンドラの姿はない。史実では夫婦仲は良好であったものの、共産主義ゆえ無神論者となったスターリンと迷信深いアレクサンドラ・フョードロヴナでは馬が合わなかった。


(なにより皇帝にして夫たる儂の判断よりも、どこの馬の骨とも分からぬ胡散臭いラスプーチンの助言を気にする態度が気に食わん)


 史実では大本営に自ら出向いたニコライ2世が、内政をアレクサンドラに任せてしまったことが原因で、彼女を通じてラスプーチンとその支持者の影響力が強まり、宮廷が混乱したことがロシア革命の遠因のひとつとも言われている。



 しかしスターリンはニコライ2世と違う。ラスプーチンを信用することはなく―――というより、そもそも誰も信用していない。転生するや否や、即座に宮廷からラスプーチンを排除した。



「ラスプーチンには身の危険が迫ってるから、秘密警察がその身柄を保護するように」


 とりあえず適当な建前で身柄を拘束し、はるかウラル山脈の東にあるエカテリンブルクに送ってしまった。



 もっとも、この頃のラスプーチンはロシア国民に皇族、大臣に司教たちと大勢から嫌われており、史実で暗殺されたことも踏まえれば「身の危険が迫っている」という理由もあながち間違いではない。


 こうして島流しにされたラスプーチンであるが、実際にはかなり悠々自適の生活を送っている。イパチェフ館という豪商の邸宅を丸ごと買い上げてその中に住まわせ、外出こそ出来ないがちょっとした小金持ち並みの年金までもらっているという好待遇だ。



 実にスターリンらしからぬ穏便な処置だが、原因は皇后アレクサンドラである。ニコライ2世本人は別に見せしめに公開処刑してやってもよかったのだが、ラスプーチンを気に入っている皇后との関係も考えて流刑という穏便な手で済ませることにした。



(宮廷にはラスプーチンの信者も少なくない。いきなり処刑して、逆恨みした狂信者に背後から刺されたり、毒を盛られてはかなわんからな……)

 

 ラスプーチンに付いていきたい者には許可を出し、一緒にイパチェフ館に住んだり面会することも許可してある。膿はまとめて何とやら、である。



(イパチェフ館には一個小隊の監視をつけているし、脱走したら殺せと命じてある。アレクサンドラが落ち着いて、ほとぼりが冷めたところで殺そう)


 まずは辺境に流して宮廷での影響力を削ぎ、忘れた頃に処刑する算段であった。



 **



 そしてニコライ2世が反撃に向けて国内を立て直している間、ドイツ軍は着々と侵攻を進めていた。



 その快進撃を支えたのが、「浸透戦術」と呼ばれるドイツ軍の新戦法だ。塹壕戦の中で少しづつ改良されていった塹壕突破戦術の集大成であり、以下の4段階からなる。


 ①砲撃・・・短時間に集中砲撃を行い、敵の動きを麻痺させる


 ②浸透・・・毒ガス・火炎放射器・手榴弾・短機関銃で武装した『突撃部隊』が、敵防衛網の隙間から侵入


 ③迂回・・・スピード優先で敵の防衛陣地を無視し、指揮官の裁量で敵の後方へと迂回


 ④無力化・・・通信所や司令部を破壊し、敵の指揮系統を攪乱、無力化する



 浸透戦術は「戦車のない電撃戦」とも呼ばれ、ハード面で敵軍を破壊する事よりもソフト面で無力化することを重視する。これはクラウゼヴィッツ以来の伝統的な「殲滅戦理論」からの決別であり、ドイツ軍は大きな戦果を挙げていく。


 開戦から2か月後には、ドイツ軍はラトビアのリガを占領する。リガはモスクワやサンクトペテルブルクに次ぐロシア第3の都市であり、これが陥落した事はロシア軍に少なくないダメージを与えた。



 しかし戦勝気分に浮かれているはずのドイツ軍東部方面軍では、参謀長のエーリヒ・ルーデンドルフが声を荒げていた。



「―――これ以上の浸透戦術は不可能だと!? どういう意味だ!?」


「既に現場の疲弊は限界に来ている、という事です。このまま浸透戦術を使い続ければ、我が軍は戦術的勝利と引き換えに戦略的勝利を失いかねません」



 苦々しげな表情で相対するのは、第8軍指揮官のオスカー・フォン・フーチェルだ。浸透戦術を大々的に使用した最初の将軍の一人であり、ドイツ軍においてはその第一人者とも言える。


 そのフーチェルが、浸透戦術の使用に反対しているという事実が持つ重みは決して小さくは無い。


「小部隊が強固な敵拠点を回避して弱点を突くという浸透戦術の実施には、それを実施する小部隊の指揮官に高い能力・技量が要求されます。機関銃や大砲は工場さえ無事ならいくらでも補充できますが、優秀な現場指揮官というのはそう簡単に替えが効くものではありません」



「そんなに消耗が激しいのか」


 ルーデンドルフは目を見開いた。勿論、その程度の事は弁えている。だが、苦しいのは敵も一緒ではないのか。こちらの指揮官の被害以上に、負け戦続きの敵には被害が出ているはず……。


「敵は人的消耗を完全に無視して、こちらの消耗・疲弊を狙いに来てます。首都決戦のための布石でしょう。敵は昼夜を問わず波状攻撃を繰り返してきますが、あちらの兵士は使い捨てですよ」


 フーチェルですら、にわかには信じがたい。「ヴェルダンの血液ポンプ」と揶揄された西部方面軍参謀長ファルケンハインの出血消耗戦術も相当に狂っていたが、皇帝ニコライ2世が率いるロシア軍はそれを煮詰めて凝縮したようなキチガイぶりであった。



「一歩も下がるな!!!」



 ニコライ2世の名で発令された、皇帝勅命227号である。来たる首都決戦に向けて多くの貴族たちがペトログラードを脱出する中、皇帝ニコライ2世は脱出を拒否して首都に留まり、徹底抗戦の構えをみせた。


(防御戦などという消極的な戦い方をしているからこういう事になるのだ。もっと積極的に、攻撃によって防御を達成すべきだ)


 このところニコライは口癖のように「攻撃は最大の防御」と将兵に説いて回っている。その一方で指揮官の命令なしの後退を禁じ、違反者には軍法会議と懲罰部隊への編入を指示した。懲罰部隊には督戦隊が後方に配置された。督戦隊は懲罰部隊の兵が退却しようとすれば「スパイ」とみなして即座に射殺し、ドイツ軍の反撃で止められるまで進撃を続けさせた。



 そんな悲惨な境遇の懲罰部隊の指揮を執るのは、カール・グスタフ・マンネルヘイム中将だ。東部戦線での敗走責任をニコライに問われた彼は、ブルシーロフのとりなしで事なきを得たものの、新たに与えられる任務は過酷そのものであった。


(敵はこちらを上回る火力と、優秀な指揮官がいる。加えて空からの援護もある。我々が唯一勝っているのは、人的資源に頼った人海戦術だけというのは情けない話だな)


 マンネルヘイムには4個師団からなる歩兵軍団が与えられたが、その内情は大急ぎでかき集めた新兵の素人集団だ。訓練期間は2週間あるかないかといったところで、辛うじて集団行動ができるレベルでしかない。


 これでは戦闘までに多少の準備期間があるとしても、多くの経費・物資と時間を要する射撃訓練を施す余裕はない。仮に大量の新兵に銃の撃ち方を覚えさせたところで、百戦錬磨のドイツ軍相手との戦闘には耐えられないだろう。



「こりゃ貧乏くじを引いたな」


 マンネルヘイムはそこまで愚痴っぽいタイプでも無かったが、そんな彼でさえ今回の任務は流石に手におえかねた。いかに有能な人間であろうと、全ての戦線が敗走中で、しかも主力部隊が反撃に備えて首都で温存されている中、新兵ばかりの軍団を率いて戦えというのだ。


(まぁいい。他の将軍と違って、既に敗軍の将である私にこれ以上失うものは無い)

 

 この惨状では元より勝利の見込みはなく、上層部も期待していないだろう。指揮官にとっては、最初からキャリアに傷がつくことが分かり切った任務なのだ。もちろん弁明は幾らでもできるが、そんなことをすれば更なる無能の烙印を押されるだけである。



 だが、それでもやるしかなかった。

 

 浸透戦術と電撃戦は基本的に消耗戦を回避するためのものなので、付き合わずに消耗戦に引きずり込むのが一番のような(銀英伝の『回廊の戦い』で、ラインハルトがやったのと同じ理屈)

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― 新着の感想 ―
[一言] ルーデンドルフ、消耗戦に持ち込まれて計算が狂いましたか。ドイツのネックは、人的資源で史実の独ソ戦でも足を引き摺るきっかけになったから。浸透戦術の欠点は、歩兵の消耗率が高く、戦死で無くても負傷…
2021/03/27 18:57 退会済み
管理
[一言] >消耗戦に引きずり込む 消耗戦を行える体力がある国限定の贅沢! もし体力があっても政治上許されない民主主義国家の限界!
[良い点] 1.更新ありがとうございます。  鉄の男の一家団欒に心温まりました。史実を忠実に描きつつ、もしもの世界線をがっちゃんこしても違和感が感じないのが素晴らしいです。 ラスプーチンの処遇は、「適…
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