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皇帝になった独裁者  作者: ツァーリライヒ
第5章 祖国のための戦い
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第28話 黄昏の東部戦線


「砲兵は何をやっている!? 先ほどから支援砲撃がずっと途絶えているぞ!」



 ウスリー騎兵師団第2旅団長、ピョートル・ウランゲリ将軍もまた焦っていた。彼の率いるウスリー・コサック部隊は浸透突破の任を受けて真っ先に突入した部隊である。


(速度を活かして敵を撹乱するのは騎兵の本領……しかし)


 認めたくはないが、戦場の制圧と敵戦力の撃破は歩兵と砲兵にしか出来ない仕事だ。騎兵にそこまでの火力と継戦能力は無い。


(まずいな……高い突破力と機動力が仇となって、かえって突出するだけになっている。これでは格好の的だ)


 ドイツ軍は「対戦車ライフル」と呼ばれる巨大な狙撃銃や、全周囲をぐるりと塹壕で囲んだ「ボックス陣地」を巧みに配置していた。明らかに騎兵の突破を意識して、待ち伏せしていたとしか思えない。



「コルニーロフ将軍の戦車部隊はどうなっている!?」


 

 一縷の望みをかけて、隣の戦線で戦っているはずの戦車部隊に応援を要請する。騎兵より攻撃力も防御力もあるはずの戦車であれば、もしかしたら―――。



 そんなウランゲリの希望的観測は、あっさりと打ち砕かれた。


「コルニーロフ将軍より電報です! ―――“我に余力無し。貴君の健闘を祈る”とのこと!」


「チッ……肝心な時に役に立たねぇな!」


 ウランゲリが悪態をつくも、それが何の役にも立たないことを嫌と言うほど悟っていた。


(こりゃあ、マズいな……)


 比較的に強力な戦車部隊を保有するコルニーロフですら苦戦しているとあれば、他の将軍たちはそれ以上に酷い状況なのだろう。自分だけではない。全ての戦線で苦戦している。


 

 ―――この時、ウランゲリは知る由もなかったが、コルニーロフの「戦車部隊」の主力である「豆戦車」の限界が明らかになっていた。



 ウランゲリの隣で戦っていたコルニーロフ軍は辛うじて当初の作戦目標を達成できたものの、実態はほとんど痛みわけであった。



 問題は何より、被害の大きさである。


 「戦車」を「塹壕突破用の陸上戦艦」といった兵器に位置づけていたイギリス・フランスと違い、ロシアは「機関銃と装甲を兼ね備えた騎兵」というのが戦車の位置づけであった。だからこそ騎兵と同等かそれ以上の機動力を持ちながら、騎兵に不足しがちな火力と防御力を兼ね備えた豆戦車が大量生産されていたのであるが、これはガッチリと構えられた防御陣地に対しては力不足であったのだ。


 いわば技術的な限界ともいうべき問題であり、当時のロシアの技術力ではせいぜい機関銃と厚さ15mm程度の装甲を搭載するので精一杯で、対戦車ライフルや野砲の直接照準射撃を受ければ簡単に破壊されてしまう。


 加えて戦車は視界が極めて悪く、ドイツ軍は簡単に背後や側面に回り込む事が出来た。そのため機動力を活かして浸透突破するどころか、かえって敵陣内部に突出・孤立して各個撃破されてしまう事も珍しくなかったのだ。


 予定通りにドイツ軍の防衛ラインを突破したコルニーロフは当初こそ満足げだったものの、続いて届けられた被害届を見て顔を真っ青にしたという。



 こうしてロシア自慢の「戦車」部隊は、大きな壁にぶちあたった。


 かつてルーマニア戦役で猛威を振るったのは、あくまで敵が貧弱な火力しかもたず、奇襲攻撃によって防衛ラインを作る十分な時間を与えなかったことの2点が大きく作用していた。


 しかしロシアが東欧諸国をドミノ倒しにしていた頃、ドイツ軍が手をこまねいて傍観していたわけではないことが明らかとなる。ルーデンドルフは東欧諸国が捨て身で稼いでくれた時間を使って、東プロイセン全域に強力な防衛ラインを築き上げていた。



 それでもオーストリア=ハンガリー2重帝国が降伏してくれれば、まだ外交的勝利を軍事的勝利に繋げる見込みはあった。しかしフランスで共産主義者による反乱が始まり、実質的に大戦から脱落するにあたって状況は一変した。


 「強力なドイツとはなるべく戦わずフランスに押し付け、弱体なドイツの同盟国から優先的に脱落させ、戦後に東欧におけるロシアの優位性の主張する」という漁夫の利狙いのロシアのグランドデザインは根本から修正を迫られる。


 欲を張ったニコライ2世ことスターリンの自業自得といえば自業自得であるが、誰が開戦時に「フランスで共産主義革命が発生する」などと予想でできただろうか。

 いかにスターリンが前世の知識を持っていようと、前世で発生しなかったフランス共産革命については対策のしようもない。



 そんな事情など当時の人々は知る由もの無いのだが、その上で後世の歴史家はこう指摘する。



 ―――過去の成功体験が足を引っ張り、状況変化に対応できずに方針を転換できなかったところに、ニコライ2世とロシア軍の限界があった。



 結論からいえば、開戦時の戦略が破綻した時点でニコライ2世とロシア国民はすぐさま「数万の英霊の血で勝ち取った東欧の大地」を戦わずに放棄すべきであった。しかし愛国的なナショナリズムはそれを許さず、欲を張った代償が今まさに前線の兵士たちの血で償われている……そのことに前線で戦うウランゲリは、宮廷と世論より少しだけ早く気付く。


(ブルシーロフ攻勢の栄光よ、もう一度…………そんな甘い夢を見たのが、運の尽きだったな。俺も、ロシアも)


 やや自嘲気味に顔を引きつらせる。


 ブルシーロフ攻勢の時には、敵はこれほど強固な防衛線を築けていなかった。そもそも敵はこちらの新戦術を知らなかった。だから奇襲効果は大きく、すぐに歩兵の増援と砲兵の支援砲撃があった。それで背後を絶たれる心配がなくなったから、さらに前進できた。



 だが、状況は変わった。



 ドイツ軍は「ブルシーロフ攻勢」から多くの事を学び取り、改革に力を入れた。対してロシアの方でも改革に力を入れなかったわけではないが、ドイツに比べると慢心からスピード感が欠けていたことは否めない。


「………退却するしかないか」


 いくら待てど、後続部隊が来る様子はない。時間だけが刻一刻と過ぎていき、それと共にドイツ軍は奇襲のショックから立ち直りつつあった。


 このまま後続部隊が来なければ、ウランゲルの騎兵は完全に敵中で孤立するだろう。そしてそれは、彼に限らず全ての突入部隊が直面している課題だった。

  


 **



「――第7騎兵旅団、敵の猛攻を受けて後退中!」


「―-第3コサック連隊、進撃停止! 敵の強固な防衛線に遭遇した模様!」


 マンネルヘイムのいる前線指揮所に届けられる報告は、いつしかネガティブなものばかりに変わっていた。進撃中の部隊が次々に停止し、一部の部隊は退却にまで追い込まれている。


 鬱屈たる思いで地図を睨みながら、その上に置かれた駒を動かしていると、突如マンネルハイムの目が大きく見開かれた。


「これは……ッ!」


 まずい。非常に不味い――マンネルヘイムの首筋から冷や汗が流れ落ちる。


 地図上に置かれた駒を見ると、いつの間にか突破口が狭まっている。放っておけば突入部隊と後続部隊が分断され、前者が完全に包囲されてしまう。


(ドイツ軍め、予備部隊を突破口の封鎖に投入したのか……ッ!)



 通常、予備部隊は前線を突破してきた敵の撃破に使われる。しかしこの方法では、一度に大量の敵部隊が突破してきた場合に防ぐことは出来ない。


 兵力が同じ場合、任意のタイミングで好きなポイントに兵力を集中できる攻撃側が局所的優位を得るのは明らかだ。


 これは後方の予備部隊も一緒で、戦線が長く伸びている時には全ての予備兵力を集結するまで時間がかかる。それでは浸透してきた敵部隊に各個撃破されてしまうし、さらに後方に浸透されてしまうかもしれない。浸透してきた騎兵を追い回している間に、パニックに陥った前線は敵歩兵に占領されているだろう。



 だが、ロシア軍の浸透戦術にも弱点が無いわけではない。砲兵・歩兵と騎兵はどうしてもスピードに差があるため、騎兵が突出しやすいのだ。


 そこでドイツ軍参謀本部は、敢えて浸透してきた騎兵を無視して後続を断つことに注力した。予備部隊を浸透してきた騎兵ではなく、突破口に向かわせて歩兵が続いてこれないようにする。



(浸透突破の効果は、あくまで敵の混乱と士気低下……物理的なダメージは殆ど与えられない。だから制圧・撃破を目的とする歩兵部隊が続かないと、いずれ攻勢限界に達する……)


 それを防ぐには、突破口を塞がれないようにするしかない。しかし多点突破だと兵力が分散してしまうため、そもそも突破できない可能性があった。


(前回のブルシーロフ攻勢の時は、敵が弱体なオーストリア軍だから多少の兵力分散が許されたのだ。だが、ドイツ軍相手にそれが通用するとは思えない……)



 結局、次善の案として採用されたのが今回の一点突破だった。西部戦線では英仏軍が火力と兵力を分散して失敗していたので、特定ポイントにおける火力飽和を狙う。


 その結果、突破は出来たが従来の「歩兵と騎兵の速度差」という弱点に、追加で「突破口が狭い」という弱点をも抱え込むことになった。



 ――そこを見事に突かれたのだ。 



「もっと火力さえあれば……」


 ブルシーロフ攻勢の時と同じか、それ以上の火力差があれば。多点に同時突破をしかけ、あの奇蹟を再現する事も出来るだろう。


(無い物ねだりをしても仕方がないか……今は少しでも多くの将兵の命を救わねば)


 マンネルヘイムは傍にいた侍従に、主だった将官を集めるよう指示した。勝機が無い以上は、これ以上の損害は抑えられるべきであった。

         

 今度はドイツ軍のターン

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― 新着の感想 ―
[一言] 空からの攻撃以外に無いですね
[一言] お疲れ様です。 ただでさえ薄い防衛ラインが、敗北によってさらに薄くなりますねぇ……。
[一言] 基本主人公のいる国が苦戦してると心が痛むけど、スターリンだから心の痛みが薄まるね。
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