第22話 パーティーはお開きの時間だ
参戦から約1ヵ月後、早くもルーマニア軍は崩壊し始めていた。
「あいつら、マジで何しに来たんだ……?」
鎮圧に向かったデニーキン中将が困惑するぐらい、ルーマニア軍は弱かった。早くも領土の半数近くを失い、軍は壊滅状態となっている。
ルーマニア軍は数こそ60万と大軍であったが、ロシア軍はもとよりオーストリア・ハンガリー軍どころかイタリア軍にすら見劣りするレベルで、まさしく張子の虎でしかなかった。兵士はおろか将校にも文盲がおり、農繁期には一部を除隊させなければならないなど、近代軍というより封建軍のそれに近い。
一応、オーストリア軍とうまく連携すれば、ハンガリーを占領したロシア軍を挟み撃ちにする可能性も無くはなかった。しかしイタリア戦線を抱えたオーストリアにその余力はなく、結果として逆にハンガリーとウクライナのロシア軍から挟み撃ちに遭う始末。南のオスマン帝国も自国の防衛に手一杯で、ドイツは遠過ぎて援軍が間に合わず、唯一の援軍となったブルガリア軍はあまりに数が少なすぎた。
結果、ルーマニアはトランシルヴァニアを占領するどころか、逆にロシア軍に北と西から挟み撃ちにあって国土の北半分を占領されるという体たらく。トランシルヴァニア南部の山脈からドナウ川にかけて防衛線を敷き、ブルガリアを中心とする同盟諸国からの援軍を得ることで最後の抵抗を試みる。
対するロシア軍は、ここぞとばかりに最新鋭の戦車隊を投入。率いるのはラーヴル・コルニーロフ将軍である。
後ろに続く何両もの『T-15』戦車を眺めながら、コルニーロフはタバコをふかす。
(ようやく出番か……)
待ちに待った晴れ舞台であるというのに、コルニーロフの表情はどこか憮然としている。
(期待されてない、ってのは良くも悪くも気楽なんだがな。どうにも雑魚を相手にするのはイマイチ盛り上がりに欠けるんだよな)
今回、満を持して新鋭の戦車隊がルーマニア戦線に投入されたのは、ロシア軍の大きな期待の表れた結果ではない。
むしろ逆で、崩壊しつつあるルーマニア戦線という、「よっぽどヘマしなければ勝てる」緩い戦線だからこそ、上層部からしてみれば「なんだかよく分からないオモチャ」である戦車の投入が決定されたのだ。その分だけ信頼と実績のある既存兵器は絶対に負けられない戦場に投入し、新兵器などという博打要素のある部隊はぬるい戦線に……早い話が「新兵器の実験場」、それがルーマニア戦線に対する認識。
その点をコルニーロフはよく弁えていた。
「まぁ、ボーナスだと思ってせいぜい戦果を挙げさせてもらおうか。トラブルも戦況が楽なうちに潰しておきたい」
ロシア軍の新兵器『T-15』は、元をたどればイギリスからの輸入品である。つい1か月前にデビューした世界初の戦車であるマークⅣ戦車、そのプロトタイプであった。イギリスでは『リトル・ウィリー』という愛称で呼ばれ、キャタピラの上に鉄製の箱を乗せたような形で、前面装甲にあけた銃眼から機関銃で攻撃できるというもの。
『T-15』はこれを更に小型化したもので、戦車というよりは戦間期の『豆戦車』に近い。装甲は小型の小銃なら辛うじて防げる程度の薄さで、武装も機銃と小型の歩兵砲が付いてる程度でしかなく、対戦車銃や本格的なトーチカ相手では返り討ちに会ってしまうような代物だ。
後世の本格的な「戦車」を知るスターリンからすれば満足のいくものではなかったが、予算や技術力との兼ね合いを考えれば、現状はこれで我慢するしかない。
ただ、装備が貧弱な分だけコストは安価であり、また軽量ゆえに技術力の低いロシア帝国の低出力エンジンでもスピードが出せて燃費も良く、部品点数も減らせるために量産に向いている。また、装備が貧弱といえども火力の不足している後進国の軍隊相手には十分な装甲と火力を装備しているため、本格的な戦車開発までの繋ぎとしては十分な性能を持っていた。
特に東部戦線は西部戦線に比べて戦場が広大でインフラも整っていないため、塹壕突破能力や火力よりも機動力と車両配備数がものをいう。その点、製造が容易で移動や輸送にも便利な豆戦車はうってつけの兵器であった。
何より、敵のルーマニア軍にとっては初めて見る兵器である。豆戦車といえども騎兵に比べれば存在感は抜群で、小型の船ほどもある鉄の塊が火を噴きながら猛スピードで突進してくる様は桁違いの威圧感があった。
「なんだ、あのバケモノは!?」
コルニーロフの戦車隊が投入されるやいなや、ルーマニア軍は浮足立った。
「撃て!撃ちまくるのだ!」
指揮官に怒鳴られ、必死に歩兵銃で立ち向かうルーマニア軍。しかし銃弾が命中しても、戦車は何事もなかったかのように突進してくる。やがて標的をとらえると、徹底的に十字砲火を加えてきた。
これが西部戦線であれば、堅固に作られた塹壕に隠れてやり過ごすことも出来たであろう。だが、広大な東部戦線では戦場が流動的で、遮蔽物といったら民家を盾にするか土嚢を積み上げた程度のものしかない。パニック状態となっていたルーマニア軍の防衛線は簡単に突破された。
「銃弾がダメなら肉弾で止めよ!」
戦線を次々に突破され、ようやく後が無いと知ったルーマニア軍も踏みとどまるようになってきた頃には、既にロシア軍は首都ブカレストに迫っていた。
「遮蔽物に隠れて戦車を待ち伏せ、肉薄攻撃で仕留めるんだ!」
ルーマニア軍は2人一組で手りゅう弾を持ち、民家に隠れたりタコ壺(個人壕)に籠ってロシア軍戦車の機銃掃射をやり過ごし、敵が接近すると手りゅう弾を手当たり次第に投げつける。攻撃は半数ほどが途中で倒れたが、運よく免れた残りが体当たりに成功した。接近されると薄い装甲では防ぎきれず、さすがの豆戦車も黒煙を吐いて炎上した。
ロシア軍の攻撃は慎重になり、これまで以上に遠距離からの砲撃と機銃掃射を重視するようになったことで、進撃のスピードは低下する。
「装備に劣っていようとも、勇気と工夫次第で敵は止められるのだ!」
ルーマニア国王フェルディナント1世は精神論で国民を鼓舞し、ブカレスト攻防戦は市街戦ということもあってロシア軍戦車部隊にも多数の被害が出る。
しかし肉薄攻撃はルーマニア軍の歩兵に多大な出血を強いる戦法であり、死傷者の増大によって士気が低下すると兵士たちから命令拒否や脱走が相次いだ。
「200万、あと200万の決死隊を出せばルーマニアは勝てる!」
ルーマニア軍の必死の抵抗もむなしく、ロシア軍の本隊が到着して大規模な砲撃戦が展開されると抵抗は絶望的になった。
国王フェルディナント1世とルーマニア軍の一部はほうほうの体でブルガリアまで脱出し、ロシア軍のデニーキン将軍も補給の問題とブルガリア国境沿いのドナウ川を利用した敵防衛ラインの突破が困難と判断したことで、両軍はようやく戦闘を停止する。
「ほんと、何だったんだルーマニア軍……」
ペトログラードにいる皇帝ニコライすら唖然とさせた、ルーマニア戦線はこうして3か月も経たない内に決着が着き、ルーマニアは当初の目論見とは裏腹に国土のほぼ全域をロシアに占領されるという、実に悲惨な結末を迎えたのであった。
***
結論からいえば、一連のルーマニア戦線はまたもやロシア軍の大勝利であった。
だが、戦術的な勝利が必ずしも戦略的な勝利に繋がるとは限らないのが歴史の常である。ロシア軍はただでさえ限界に達していた補給線と物資の備蓄が底をつき、新たに獲得した北部ルーマニア領の占領のために多大な占領コストを払うことを余儀なくされた。
ある意味ではモスクワ戦直前のドイツ軍にも似た、補給の限界を超えた大勝利のせいで引っ込みが付かない状況となっていたのである。
いつも「あと2000万の特攻を出せば日本は必ず勝てます!」の台詞で思うんですけど、あと2000万機も特攻機を作れるだけの工業力が日本にあれば特攻なんかしなくてもアメリカに勝てますよね・・・。