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皇帝になった独裁者  作者: ツァーリライヒ
第3章 ヨーロッパの憲兵
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第20話 改革の芽

ちょっとした告知:17話として中東戦線およびバルカン戦線の話を追加しました。あと、20話の後半もちょっとだけ加筆しています。

 

「盛り上がってるとこ悪いが、本当に協調行動なんてうまくいくと思ってるのか?」



 盛り上がる議論に茶々を入れたのは、痩せた血色の悪い男だった。


「ウランゲリ大佐……」


 男の名はピョートル・ウランゲリ。生まれながらの貴族で、近衛騎兵旅団長を務めている。民族衣装でもある黒服を愛用していることから、ブラック・バロン(黒い男爵)との異名を持つ。


「英仏軍を見てみろ。陸にいる砲兵との協調だってとれてない。ましてや、空にいる砲兵との連携なんか上手くいくと思うか?」


 貴族ゆえの横柄な態度はともかく、ウランゲリの指摘はもっともだ。飛行機に爆弾を乗せ、機動力のある砲兵として運用するという発想は確かに面白い。



 だが、それだけでは何かが足りない―――。



「……伝令用の飛行機を飛ばす、とか」


 恐る恐る思い付きのアイデアを述べるタチアナに、ウランゲリは肩をすくめた。


「まぁ、爆撃機が空飛ぶ砲兵だとしたら、順当に考えて空飛ぶ伝令兵も必要でしょうな。声が届くか分かりませんが」


 皮肉っぽい言い回しに、タチアナの端正な顔が少しだけ膨れた。宮廷ではこんな失礼な態度をとってくる人間などいなかっただけに、大人びてるとはいえまだ少女といっていい年頃の彼女も、ついムスッと意地になってしまう。


「じゃあ手旗信号とか」


「さっきよりマシになりましたが、雲や霧の中じゃ見えません。夜にも弱い。そして望遠鏡が必要というのも面倒だ」


「狼煙!」


「敵にもバレますな」


「信号弾!」


「ふむ……まぁ、大雑把な爆撃ポイントの指定ぐらいなら可能でしょう。複雑な内容の連絡はそれでも無理でしょうが」


「で、伝書鳩……」


「兵士たちの癒しになるでしょう」


 ムキになったはいいものの、段々と引っ込みがつかなくなってきたタチアナを、容赦なく皮肉と正論の刃でばっさりと切り捨てるウランゲリ。

 一応、信号弾に関しては多少なりとも使えそうだと遠回しに認めているので、口は悪いが評価すべきところは評価しているのだが。


「では、とりあえず信号弾を活用する方向で考えていきましょうか」


 クロパトキンが助け船を出し、ひとまず議論をまとめようとする。ウランゲリは肩をすくめ、タチアナも頷いて同意の意を示した。


(まぁ、たしかにウランゲリ大佐の言う通り、いまいちパッとしないんだよなー……)


 タチアナの案はどれも堅実というか、既存の技術の延長線で「今まで陸でやってたのと同じことを空でも」という類のものだ。クロパトキンら陸軍将校にも分かりやすく受け入れやすいが、単純に空でも同じことをやるというだけで万時解決というほど現実は優しくない。


 とはいえ、ブレイクスルーとなるようなアイデアが他に浮かばないのだ。


 ここにいる軍人たちは皆エリートだが、エリートゆえにどうしても既存の方法がいくつもの試行錯誤の上に成り立つものであると理解しているため、なるべくリスクの小さい漸進的な改革を好む傾向がある。



 だが、そこに割って入った男がいた。広い額に伸び放題の髭、物理学者のアレクサンドル・ポポフである。



「ふむ、こんな時こそ私の出番かな?」


 優しげなタレ目をさらに細めて微笑むポポフ博士は、イタリアのマルコーニとほぼ同時期に無線の開発に成功した人物である。日露戦争では両軍共に無線を活用しており、日本海軍の勝利は無線通信速度の優位に支えられていたとまで言われている。その無線通信の、ロシアにおける第一人者といっても過言ではない。


「……なるほど、無線を使えばたしかに解決するかもしれん。だが――」


「そんな金はどこにも無いぞ」


 クロパトキンが濁そうとするも、ウランゲリが躊躇なく言葉にする。この時代、無線は非常に高価で、軍全体で数個というレベルでしか保有されていない。


「まさかとは思うが、師団レベルでやっと配備するかどうかって議論してるような高級品を、全ての飛行機に乗せるとか言わないよな?」


「そのまさかじゃ。ゆくゆくはそうなるじゃろ。否、そうせなばならん」


「夢物語だ」


 にべもなくウランゲリが切り捨てる。


「たしかにコスパを度外視すれば、どんな超兵器だって作れる。だが、俺たちは限られた予算の中で、最大限の効率で戦わなきゃならん」


 ウランゲリのセリフは、全ての軍人たちの思いを代弁していた。結局のところ、金さえあればどんな夢の軍隊でも作れるが、その金がないから現実には苦労して血を流しているのだ。



 だが、ポポフ博士とて伊達に研究に人生を捧げてはいない。堂々たる体躯のウランゲリに一歩も引かず、却って闘争心を刺激されたように煽っていく。


「これも投資じゃよ。若いくせに、頭が固いのぉ」


「まともな軍人なら、素人の思い付きに投資なんかしないだろうよ。賭けてもいいが、アンタの博打に投資するバカは軍にはいないさ」


「なら、賭けは儂の勝ちじゃ。大口の投資家がいるんでね」


 自信たっぷりのポポフ博士に、これまで小馬鹿にしていたウランゲリの眉根に皺が寄った。反射的にクロパトキンたちを振り返るも、何のことやらさっぱりと首を振るばかりだ。



「……誰だ?」



「偉大なるツァーリ、我らが皇帝ニコライ2世陛下その人じゃよ」



 その言葉を聞いたウランゲリの顔は中々見ものだった、と後にクロパトキンはそう回想している。



「……マジか」


「マジじゃ」


「………」


 しばらくの気まずい沈黙が続いた後、ウランゲリは「はぁ~」と大きな溜息を吐いた。ぞんざいに両手を上げ、「降参だ」と大げさなポーズをとる。


「そういう事なら、仕方ないな」


 最初からポポフ博士が最強のジョーカーを隠し持っていたと知り、一杯食わされた悔しさはあるが、負けは負けだとあっさり手の平を返す。


「え」


 理屈云々ではなく、「だって皇帝がそう言ったから」という理由で認めてしまったウランゲリのあまりの豹変ぶりに、傍で聞いていたタチアナの方が混乱してしまう。



「あのー、うちの父ってそこまで信用あるんですかね……?」


「そりゃあな。だって皇帝陛下だからな」

「まぁ、陛下が言うならそうなんじゃろう」

「なんたってあのニコライ陛下ですからね」



 いいのか、それで。


 思わず心の中でツッコミを入れてしまう。確かにタチアナも父ニコライから「何を言うかではなく、誰が言うかが大事」的な話をよく聞かされていたが、人が論理よりも権威で動く生き物だと改めて認識する。


 もちろん、ここにいる将軍たちや研究者たちは全員、何かしらの理由で父ニコライ2世によって取り立てられた者たちだ。忠誠心が厚いのはそういう理由もあるだろう。


 ただ、その信頼がもたらす差は決して小さくない。


 ウランゲリとて完全にポポフ博士に納得したわけではないが、少なくとも真面目に取り組むべき課題と認識したらしい。これまで否定から入っていた彼が、一転して肯定から入るようになっていた。



「まぁ、さっきは俺も言い過ぎたが、逆に言えばコストさえどうにか出来れば無線が一番だ。ポポフ博士、これもっと安くできないのか?」


「イタリアにいるマルコーニの若造が商業用に廉価版を作ってるんじゃが、特許料が高くてな」


「リバースエンジニアリング(解体調査)で海賊版は作れないのか? ウチの国、そういうの得意だろ。陛下のお墨付きもあるんだし、とりあえずデッドコピー作って実験してみたらどうよ」


 それはそれでどうなんだ、という気がしないでもないが、今は戦争中である。著作権など知ったことか、というのが居並ぶ軍人たちの総意であった。



 **



 周囲の将軍たちが口々に父ニコライを評価し、あれほど保守的だったロシア軍が新技術に対してあれこれと議論を交わす様子を、娘のタチアナは信じられない様子で見つめていた。どれも開戦前には考えられなかった事だ。


(なんだか、思ってたより凄い話になってきちゃったな……)


 日露戦争の敗北や不況が続いたせいもあってか、世間における父ニコライ2世の評判が芳しくないという事実は宮廷育ちのタチアナですら知っていた。


 戦争が始まって支持率が急に伸びた時も、一時的な熱狂に過ぎないと内心では冷めた目で見ていたのだが、どうやら目の前の将軍たちは本気でインスピレーションを受けているらしい。



 そして知れば知るほど、父ニコライ2世の先進性と深い洞察力に感銘を受けている自分がいた。まるで未来を覗き見たのではないかと疑うほどに、父の読みは鋭くて空寒さと恐怖すら感じている。



 実際、父は大きく変わってしまった――娘の一人として、タチアナはその事実を誰よりも強く実感している。医者の話では短期の記憶障害で少し混乱しているだけという事だったが、娘のタチアナにはそうは思えなかった。


 彼女の記憶の中にある父は強い指導者というより、優しくて家庭を大事にする一人の父親だった。少し狭量な面もあるが、概して誠実で温和な人物という印象だ。


 しかし原因不明の昏睡状態から目覚めた父は、まるでイワン雷帝かピョートル大帝が蘇ったかのような厳つい雰囲気を放っている。


 これまでの父はどちらかといえば受け身的な「よきにはからえ」型の指導者という評判だったが、今では独善的とも言えるほどの強烈なリーダーシップで皆を引っ張っていた。



 それが良い事なのか悪い事なのか、タチアナにはまだ判断がつかない。実の父としてのニコライの変貌には、一人の娘としては戸惑いの気持ちが強い。


 だが、「国家の父」としてのニコライは間違いなくロシアをプラスの方向へと導いているように見えた。


(もしかすると、この戦争が父上を変えたのかもしれない。もともと思慮深いタイプだったし、ひょっとすると本当に開戦の時点でこの大戦の行く末を予見していたのかも……)

 

 広大なロシアを治め、導くには強権的専制支配を貫くツァーリ独裁体制をおいて他にはない……これこそがロマノフ家300年、さらには母なる大地ロシアに父なるツァーリが君臨して以来、500年にもわたって培われてきたロシアの政治風土であった。


 「法の下の公正な統治」という西洋的法治政治の仮面の裏で、「ツァーリ怒りたまひ、神罰したまふ」の東洋的神権政治を振りかざす……西欧ルネッサンスの洗礼を受けながらも、ツァーリは母なる大地ロシアの全人民に有無を言わさず恐怖の鉄槌を下す、怒れる父であらねばならぬのだ。



 ―――羨ましい。

 


 今の自分には見えない世界。父親が見据えている遥か先の未来を、知ってみたい。


 たった2年で自分の知っていた世界は大きく変わってしまった。毎日のように新しい発明品が現れ、全く知らなかった世界の扉が開いてゆく。


 それは安全な宮廷でダンスと社交に明け暮れる退屈な日々を送っていたタチアナにとって、人生で初めて経験する“刺激”だった。


 もちろん、それは死の恐怖と隣りあわせの感情だ。一歩間違えれば数万もの人々が命を落としかねない、パンドラの箱を人類は開きかけている。



 ―――それでも、その先が知りたい。



 初めて飛行船に乗った時に、自分の全く知らない世界の扉を開く喜びを知ってしまったから。


 それは生まれ育ったペトログラードの宮殿にいては、絶対に見る事の出来なかったであろう夢だ。毎晩のように開催される社交界で愛想を振りまき、ダンスの練習をしていずれはどこかの貴族のもとへと嫁ぎ、世継ぎを産めば用済みとなって余生を送るだけ……そんな退屈な人生とは、真逆の道だ。


 それでも、今はこの道を進んでいきたい。そして、ゆくゆくは。



 ――――いつかきっと、父上と同じ場所に立ってみせる。



 タチアナは期待に胸を膨らませ、知らず知らずの内に凄絶な笑顔を浮かべていた。

     

 今となっては当たり前でしょうけど、当時の人にとって全ての戦車とか飛行機に無線を乗せるってのはまぁ、全ての兵器にイージスシステム乗せちゃうみたいなもんだったのかな?(実際、アメリカ海軍はそれやってますけど)

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[良い点] 面白くって一気読みしました。 [気になる点] この世界の陛下は近江事件の後遺症ってあるのかな? [一言] 飛行機はできるだけ軽くしたいし、空の上は無線機に優しくない環境だから、あえて載せた…
[一言] >イージス 米帝は何でもありなので…… 地球史にも多にないチートですし
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