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皇帝になった独裁者  作者: ツァーリライヒ
第2章 諸国民の戦争
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第13話 冬の時代

 かくして「戦力の大半を西部戦線に投入したせいで防御の薄いドイツ軍の横顔を、電撃的な侵攻で思いっきり殴りつけるロシア軍」といったような西側のマスメディアの期待したような華々しい機動戦は発生しなかった。


 そこにあったのは、ひたすら補給を気にしながら「砲兵が耕し、歩兵が刈り取る」といった西部戦線さながらの陣地戦だった。




 だが、拙速な進軍をしなかったおかげで、ニコライことスターリンの知る史実のような「タンネンベルクの戦い」は発生しなかった。


 この世界における「タンネンベルクの戦い」は実に平凡な戦いだった。



 ケーニヒスベルクにいたドイツ第9軍は「鉄道を使って南下してロシア第2軍を先に叩いてから、再び北進して第1軍と対峙する」という内線作戦を狙うも、充分な補給と砲兵支援によってロシア第2軍はこれを耐え抜く。その間にロシア第1軍が西進を開始し、側面を圧迫されたドイツ軍は包囲殲滅の危機に晒されたため、戦意喪失して秩序を保ちつつ撤退した、という何とも地味なもの。

 

 その後も幾度か正面からの殴り合いのような戦闘を経験したものの、ロシア帝国軍は数の優位を生かして第1軍と第2軍が外線作戦を行うことで、最終的には消耗戦に陥る前にドイツ軍が自主的に撤退、というパターンが続いていた。

 


 ***



 ロシアの攻勢が始まって2か月も経った頃、ドイツ軍はケーニヒスベルクを放棄して、戦力の大半を維持しつつもダンツィヒまで後退を続けていた。



「お手上げです。どうにもならない」


 ダンツィヒの仮設司令部では、ルーデンドルフが地図を見ながら匙を投げていた。 



(ロシア軍には敢闘精神ってものが無いのか!!)



 何度か罠をしかけて調子に乗った敵を吊り上げようとはしたものの、まるで挑発に乗る気配が無い。総崩れを装って退却したり、わざと側面をガラ空きにしてるように見せかけるなどの隙を見せても、「負けなきゃ勝てる」と言わんばかりの余裕でのんびりと補給を待ちながら進軍していく。



「あいつら、ホントやる気ないな……」



 実際、ルーデンドルフのぼやきは真実を突いていた。ニコライの改革があったとはいえ、相変わらずロシア兵の大半は士気が低いままだった。だからドイツ軍がどれだけ隙を見せようと、そもそもやる気が無いので確実に勝てる戦いしかしない。



 「なんでセルビアとかフランスとか、見たことも行ったこともない外国の為に戦わなきゃならんのだ」



 いかに愛国心を煽ろうとも劣悪な前線の環境は容易に兵士の規律と意識をへし折り、高い自立心が要求される追撃戦など夢のまた夢といった状況がロシア帝国軍の現実だった。



 また、より現実的な問題としては火力不足が挙げられる。



 工業国ドイツに対して、農業国ロシアでは、まだまだ工業力に大きな格差があった。総力戦のために工業力が必要というより、工業力を最大限に生かす戦い方が総力戦である。


 英仏独が総力戦に耐えられたのは巨大な国営兵器工廠があったからではなく、豊かな大量生産・大量消費社会を支えていた民需工場を素早く軍需工場へと転用できたからだ。対して史実の伊墺露はそもそも民需工場すら不足しており、長期化する総力戦に耐えられるだけの武器弾薬を供給できる工場が無かった。


 第一次世界大戦の主役は小銃というより大砲であり、野戦砲ではロシア帝国もドイツ帝国も6000門ほどでそれほど差はなかったが、重砲になるとロシア700門に対してドイツ2000門と3倍近くの開きがあった。


 ニコライの改革によってどうにか重砲を1.5倍近くに増やしはしたものの、やはり完全な工業化には時間が足りない。同数の兵力が正面からやりあった場合、防御に徹していれば負けはしないが、攻撃に転じて勝てるかと言われれば厳しいというのが実態であった。



 それでも兵力はドイツ軍の2倍いるため、ロシア軍司令部は物量を活かした外線作戦を行うことにした。

 片方の軍が攻撃を受ければ防御に徹し、その間にもう片方が進軍する――戦術的には防御だが戦略的には攻撃、というワンパターンの作戦だが、それだけに練度の低い将兵でも実行可能な手堅い戦い方だ。


 さらにニコライが補給重視を徹底したおかげで最低限の栄養と装備が行き届いており、補給切れを起こすことなく、ゆっくりだが確実な進軍が可能となっていた。



 こうした機動戦とは真逆の陣地戦の有効性は、既に西部戦線で証明されている。大砲、機関銃、鉄条網、そして塹壕で防御された陣地への突撃は桁外れの殺戮を生み、攻撃側よりも防御側が圧倒的に有利であった。


 そのためロシア軍のゆっくりとした進軍は、ドイツ軍に防御陣地を作る時間を与えてしまうことにもなりかねない。


 事実、ルーデンドルフは途中から機動戦による各個撃破を諦めて陣地防御へと切り替えたものの、大軍が狭い戦線に集中する西部戦線と違い、広大なドイツ東部をたった1個軍団で守り切るには数が足りなかった。




 そのためルーデンドルフは一旦、東部プロイセンを放棄してオーデル・ナイセ川まで後退、国土を放棄して稼いだ時間を使ってオーデル・ナイセ川沿いに強力な防御陣地の構築を提案する。


 だが、国土の実に1/7近くを戦わずに放棄するというプランに、国民も参謀本部も難色を示したため、ずるずると時間を稼ぎつつ後退せざるを得ない状況に追い込まれてしまう。



(まるで真綿で首を締めあげられてる気分だ……)



 どうにかダンツィヒまで無事に退却を成功させたルーデンドルフだが、ヴィスワ川沿いに構築中の防衛線がどれだけ持ちこたえてくれるかは未知数だ。西部戦線から一部の兵力が転進しているものの、ロシア軍の方も新規に動員された軍団がそのうち到着するだろう。


(加えてオーストリア=ハンガリーも予断を許さない状況だ。既にガリツィアは維持できず、カルパティア山脈を挟んで睨み合っている……流石のロシア軍もカルパティア越えは厳しいだろうが、万が一にでも成功されたらオーストリア=ハンガリーは風前の灯だ……)


 

 **



 ルーデンドルフの苦悩は深まるばかりであったが、状況は西部戦線でも似たり寄ったりだった。



「パリ、半端なく堅いな……」



「パリだけじゃありません。協商軍はセーヌ川沿いにル・アーブルからヴェルダンまで塹壕を掘り進めていますが、主な橋は殆ど破壊されているので渡河作戦に塹壕戦の二重苦です」


 頭を抱える二人の司令官―――陸軍参謀本部長モルトケと西部戦線の司令官であるエーリッヒ・フォン・ファルケンハインだ。

 

「……やはり、アレしかないのか」


 やがて疲れ切った声でポツリ、とモルトケが呟いた。



『出血消耗戦略』


 

 そう名付けられた狂気の計画は、消耗戦を前提として死者の屍を積み上げるチキンレースだ。その発案者こそ目の前にいるファルケンハインであり、戦線が膠着状態になってどこも突破の見込みが無い以上、敵が音を上げるまで消耗戦で競い勝とうというものである。



「開戦以来、フランスは我が軍以上に死傷者が積み重なっており、また国土に首都まで蹂躙されて士気は低下傾向にあります。もう後1000万の死者を出せば、ドイツは必ず勝ちます」



 開戦時の人口はドイツ約6500万、オーストリア約5000万に対し、ロシア約1憶7000万、イギリス約4500万、フランス約4000万と実はフランスが一番少ない。そのうち20~50歳の徴兵可能人口はドイツ約1300万、オーストリア約900万に対して、ロシア約4000万、イギリス900万、フランス約800万となる。


 極端な例えではあるが、ファルケンハインの言う通り1000万の死者を互いに積み上げれば、ドイツはまだ300万の兵士が残るがフランスはゼロすら下回って男子の半数が消えるのだ。



 現実にはそこまでせずとも、死者が増えて補充が追い付かなくなれば、自然と長大な西部戦線に穴が開く。いずれにせよ、西部戦線で消耗戦になれば数の多いドイツ軍が有利だ。



「……分かった」



 しばらくの沈黙の後、モルトケは憔悴しきった声で答えた。もともと小心なモルトケは戦争のストレスによって神経衰弱気味であり、同時にこの戦争がもはや自分の手に負えないことを悟っていた。


 手元のグラスにワインを注ぎ、ヤケクソ気味に一気に飲み干す。


「エーリッヒ、すぐに内示が出るだろうが、次の参謀総長は君だ」


「はっ」


 図らずも軍人の頂点に立つこととなったファルケンハインだが、その表情に歓喜の色は無い。こんな状況での出世など、罰ゲームのようなものだ。 


 

現実的にタンネンベルクの死亡フラグを回避しようとすると、時代のテクノロジー的にクッソ地味な陣取り合戦になりがち

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