表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇帝になった独裁者  作者: ツァーリライヒ
第2章 諸国民の戦争
13/53

第12話 パリは燃えているか


「祖国は危機にあり!」



 9月15日、パリは瞬く間に地獄と化した。降伏勧告を無視したパリに対して、ドイツ軍が容赦のない砲撃を加えたからだ。激しい砲撃は花の都パリを瞬く間に瓦礫の山へと変え、火災と煙が被害拡大に輪をかける。


 しかし激しい砲撃がもたらした廃墟と瓦礫は無数のバリケードとなり、皮肉なことにそれはパリを要塞都市へと変化させていく。既にフランス政府はボルドーへの疎開を完了しており、首都パリでは第6軍と市民が徹底抗戦の構えを見せていた。




 そして9月20日、ついにドイツ第8軍が猛烈な砲撃支援のもと、パリ市内へと突入を開始する。しかし砲撃と火災により瓦礫の山と化したパリは難攻不落の要塞都市と化しており、廃墟の中で敵味方が建物一つ、部屋一つを奪い合う熾烈な市街戦となった。ドイツ軍がコンクリートの塊となった廃墟に突入しても、フランス軍は上階や地下室で頑強に抵抗し、完全に占拠しても地下道や下水道を使って逆襲をかけてくる。


 さらにフランス軍は各軍から射撃の腕のいい兵士を抽出し、パリ防衛隊に優先的に配属替えを行い、街の至るところに狙撃兵を配置した。伝統的に将校や士官を狙い撃ちにすることは卑怯という風潮があったものの、総力戦の合理性の前に古き良き時代の不文律はもろくも崩れ去った。そして替えの利く兵卒と違って専門教育を受けた将校・士官を失った痛手は、後々ドイツ軍にボディブローのように効いてくることとなる。



「パリは地獄です! あれは花の都なのではなく、死の街だ!」


 

 前線で戦うドイツ軍からは悲鳴のような声が、連日のようにプロイセン参謀本部に届けられた。泥沼の市街戦は普及し始めたマスコミの写真で海外にも伝えられ、ペトログラードにいるニコライ2世の元にも届いた。


(スターリングラードを思い出すな……)


 ニコライことスターリンは過去に思いを馳せ、自らの名を冠した都市で勇敢に戦ったソ連将兵の勇気を讃える。思えば、あれが大祖国戦争の転機だった。

 


 **



「陛下、パリ包囲戦は完全に膠着状態になっております。その間に両軍とも塹壕を英仏海峡まで掘り進めた為、この『西部戦線』はすでに長期戦の体を見せ始めているとか」



 ベラルーシにおける鉄道交通の要所・バラナヴィチにおかれたスタフカ(ロシア帝国軍大本営)では、ニコライ2世と将軍たちが地図を広げながら戦況を報告していた。



「余の予想通りだ。英仏と独墺は先の見えない泥沼の戦いへと足を突っ込んでおる」


 おお、と取り巻きの将軍たちが称賛の声をあげる。その媚びるような態度に鷹揚に頷きつつも、スターリンの内心は穏やかではなかった。


(ふぅ……危機一髪であったな。フランス人の評価も少しは上げてやらんと)


 フランスの頑張りに報いるために、ロシアが東部戦線で100万の将兵からなる総攻撃を開始した。ロシア領ポーランドから見て北に位置する東プロイセンには第1軍と第2軍、南に位置するオーストリア・ハンガリー領ガリツィア・ロドメリアには第3軍・第4軍・第5軍・第8軍という配置だ。

 ちなみに第6軍は首都防衛という任の傍らで国内の反乱に睨みを利かせており、第7軍はトルコの参戦に備えてコーカサス方面に展開させてある。



 対する中央同盟軍はというと、まずオーストリア・ハンガリー二重帝国軍は東部戦線に第1軍・第2軍・第3軍・第4軍、そしてセルビア方面に第5軍と第6軍を配置しており、数の上ではロシア軍と互角となる。

 一方のドイツ軍は、開戦後に急きょ動員された新設の第9軍が唯一の防衛部隊となっていた。



(……史実とさほど変わってないな)


 

 戦力配置図を見たニコライことスターリンの正直な感想である。


 タンネンベルクの敗戦という屈辱的な事件はソビエト連邦でも詳しく研究され、スターリンも大まかな展開は頭に入っている。

 その記憶に間違いがなければ、史実でロシア第1軍に敗北したドイツ第8軍が西部戦線に転進しているだけで、東プロイセンにはヒンデンブルク&ルーデンドルフの名コンビ率いるドイツ第9軍が待ち構えていた。


 史実では敗戦の原因を作ったとされる、指揮官の顔ぶれも変わっていない。


 ロシア第1軍の司令官は史実通りにレンネンカンプ大将で、第2軍の司令官もサムソノフ大将だ。ただ、敗戦の原因がこの二人の不仲にあったというのはドイツ側の勘違いで、実際のところは単純に補給切れと暗号化されてない無線を使ったことで作戦内容がバレバレだったというもの。



 初歩的な失敗と言われればそれまでだが、史実では英仏に配慮したニコライ2世が準備不足のまま進軍を急ぐよう急かしたために、ロシア軍は有線電信の限界を超えて進軍してしまい、暗号理論もなかったために暗号化されていない無線通信に頼らざるを得なかった。結果、作戦内容を傍受したドイツ軍に各個撃破の憂き目にあってしまった―――というのがタンネンベルクのロシア軍大敗北の真相である。




「それで、参謀長の意見は?」


「補給に気を付けつつ、東プロイセンとガリツィアの南北両方で攻勢に出るべきかと」


「だろうな」


 散々開戦を引き延ばした割にはパッとしない作戦内容だが、開戦と同時に華々しい奇襲攻撃&電撃戦で一気に敵の首都制圧!みたいな曲芸が出来るほどロシア帝国軍は洗練されていない。


 というか、ドイツ軍もそんな事が出来ないと知ってたから、シュリーフェン・プラン=アウフマーシュ・I・ヴェストを実行したまでもある。現実は非情である。



 まず補給の問題であるが、厳密にいえばロシア領ポーランドは衛星国であるため内政は本国ロシアと統一されておらず、鉄道の規格が違う。兵士は国境付近で乗り換える必要があり、積み替えの為に大量の労力と時間を要求され、しかもドイツ=ロシア国境は安全保障上の理由で両国ともに道路が舗装されていない。


 加えて東プロイセンはほとんど開発されておらず、無数の河川やら森林やら湖やら丘陵地から構成されており、見通しが悪い上に進軍に不向きな地形だった。数少ない道路や鉄道を通れば容易にドイツ軍に特定され、そもそも交通の要所はドイツ軍によって要塞化されているという始末。



 その時、スターリンの頭に名案が閃く。そういえば忌々しいナチ共はかつて、戦車部隊を使って突破不可能と思われたアルデンヌの森を走破して連合軍を壊滅に追い込んでいた。


 今度はそれを、奴らにそのまま返してやるのだ。実に痛快ではないか。


「戦車を使うのはどうだね? あれなら森林地帯だろうと突破でき――」



「無理です」


 

 食い気味にニコライの思い付きを一刀両断したのは、参謀総長のミフネヴィッチだ。


「東プロイセンには本当にロクな道路が本当に無いのです。多少でも道路が整備されているフランス国境沿いの森林地帯とかならともかく、わが国との国境沿いのドイツ軍が布陣しているマズーリ湖付近は針葉樹の生い茂る湿地帯で、雨と泥の湿気のせいで林道すら腐るような場所ですので」


「………(ニッコリ)」


 ぐうの音も出ない正論である。事実、第二次世界大戦でドイツ軍がアルデンヌの森を突破できたのは運良く道路が整備されてたおかげで、東部戦線の『春の目覚め作戦』などでは雪解けの泥や雨のせいで独ソ両軍ともに戦車部隊が進撃停止に追い込まれている。

 

 30年後の技術で作らた戦車ですらそうなのだから、もしここでスターリンことニコライ2世の命令通りに戦車部隊を投入していれば悲惨な結果が待っていただろう。未来知識を知っていたわけではないがその保守的思考によって、結果的に参謀長ミフネヴィッチはロシア帝国軍を救ったこととなる。



 だが、うんうんと頷いて「そうか」と短く返すニコライ2世の目は全く笑っていない。


 指摘内容はともかく、大勢の前で皇帝に対して正面から反論する姿勢が気に食わない。権威に傷が付けば、ピラミッド型上下関係で成り立っている軍の指揮系統が揺らぐことをコイツは分かっていないのか。


「参謀長、よく言ってくれた。今の言葉、覚えておこう」


 その後のミフネヴィッチの命運はさておき、とりあえずロシア軍の方針は固まった。



 ほとんど史実通りに南北の両方で攻勢に出るが、史実のように小煩い英仏に忖度して進撃を急いだりはしない。補給に気を付けながらゆっくりと、だが確実に歩兵の物量と火力の支援の元で敵の領土を削り取っていく。


 『スチームローラー』の異名の通り、派手さは無いが真っすぐ愚直に全ての抵抗を踏み潰す。それがロシア帝国軍の戦い方なのだ。

 

パリはスターリングラード化、フランスは生き残れるか?


史実の機甲部隊によるアルデンヌの森突破、実はちゃっかり道路がちゃんと整備されてるあたり、やっぱり西部戦線は東部戦線よりヌルゲー説



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ