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皇帝になった独裁者  作者: ツァーリライヒ
第1章 独裁者の復活
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プロローグ 生まれ変わった独裁者



皇帝ツァーリ陛下! 皇帝陛下!」



 目が覚めた時、最初に聞こえたのは焦っているような声だった。


(頭が痛い……)


 どうしてこんな事になったのか。男――ヨシフ・スターリンは頭をおさえながら、記憶をたどってみる。


 たしか、昨日はブルガーニンらと徹夜で飲み明かしていたはず。それから寝室に入り、異常が無いかランプを持って隅々まで検査した後、経験したことの無いような激しい頭痛に襲われた。


(儂は……毒を盛られたのか?)


 思い当たる節はいくつもある。多すぎて逆に分からなくなるぐらいだ。もっとも怪しい者を全て粛清すれば誰かが犯人に違いないのだろうから、いずれ犯人は報いを受けるだろう。



「皇帝陛下! ご無事でしたか!」



 ……それにしても外がうるさい。


 何事かと思ってうっすらと目を開けると、大勢の人間が驚愕したような表情と共にこちらを見つめていた。


(……見慣れない者たちだな。いったい誰がどこの馬の骨とも分からぬような輩を儂の部屋に入れたのだ! )


 まったく、警備担当者には失望の念を禁じ得ない。これでは、暗殺に備えて同じ形の寝室を複数作った意味が無いではないか!


 偉大なるソ連の指導者ともなれば、常に暗殺の危険は付きまとう。ゆえにスターリンは住居にも厳重な警備を敷き、寝室を複数に分けた上でどこに泊まるのかを就寝直前に決めていた。


(儂を除けば鍵をもっているのは警備責任者だけ……となれば、やはり奴が怪しいな。あとでじっくり拷問せねば)


 そんな事を考えている間にも、寝台の周りは何やら騒がしくなった。


「すぐに大公殿にお知らせするのだ。それから宰相閣下にも連絡を」


「見たところ大事はないようだが、念のため医者に見せた方がよろしいだろう」


「この調子なら、明日に予定していた宣戦布告も……」

 


 聞き捨てならない単語が聞こえたような気がする。“宣戦布告”だと……?



 がばっと身を起こすと、そこには知らない光景が広がっていた。



「なっ……!」


 まず、部屋が違う。まるでレニングラードにある冬宮殿のような、無駄に豪華な内装。寝室を改装しろと命じた記憶は無いはずなのだが……誰が勝手に改装したのだろうか。


 次に、人々が違う。こちらもまた、帝政ロシアも斯くやと言わんばかりのブルジョア趣味だ。男は軍服に、女はドレスに刺繍だの宝石だのを溢れんばかりに張り付けて飾り立てている。


 儂の知るプロレタリアートの祖国ソビエトは、どこに行ってしまったのか。まさか、一晩のうちに西側の支援を受けたブルジョアジーたちに奪い返されてしまったとでも言うのか?



「誰か! ベリヤを呼べ! 内務人民委員部長官のラヴレンチー・ベリヤだ!」



 自分も含めて要人警護は、全てあの男が担当している。何があったのか、まずは情報を集めねばならん。


 しかし居合わせた者たちは目を丸くするばかりで、まるで動こうとしない。どうしようもない無能ばかりだ。



 苛立ったスターリンが睨みつけると、軍服を着た赤毛の女性軍人が恐る恐るといった体で前に進み出た。


「怖れながら陛下、帝国の要人の中にベリヤなる人物はおりません……」


 ちらり、と女性の階級章を見遣る。一つ星……つまり少将だ。もっとも西側と違って、男女平等を実現しているソ連では女性軍人も珍しくはない。


(だが儂の知る限り、少将クラスまで出世した女性はいなかったはず……となれば、やはり大きなクーデターでも起こったようだな。おそらくは世界初であろう、女性少将が誕生するほどの)


 それに、彼女の言葉の中身も気になる。


「今、ベリヤという男はもう居ないと言ったな?」


「その通りでございます」


「本当に、間違いは無いのか」


「というより、記憶にございません」



 ――なんたる事だ!



 スターリンは愕然とする。


 どうやら、ベリヤは存在ごと抹消されたらしい。存在自体が公式記録から抹消され、「そんな人物はいなかった」事にされている。秘密警察長官の粛清はこれで4度目だが、あの変態もエジョフと同じ道を辿ったという事か。


「では、今は誰が内務人民委員部の長官になっているのだ? フルシチョフか?それともマレンコフか?」


「……残念ながら、いま陛下が名を挙げられた両名も存じません。それに……我が国に内務人民委員部なる部署も存在しておりません」


 先ほどの女性軍人が、申し訳なさそうに首を横に振った。紅い、やわからそうな髪がふわりと揺れる。

 周囲に並ぶ人々も不安げな顔で自分を見つめているが、衝撃を受けたスターリンはそれを気にするどころでは無かった。



 若手有力株の2人も粛清されているばかりか、内務人民委員部すら解体されたというのか!



 内務人民委員部――俗に言う「秘密警察」は党や軍と並んで、ソ連を支える鉄のトライアングルだ。その一角である秘密警察が解体されるともなれば、よほど大掛かりなクーデターがあったに違いない。


「………っ」


 まずい、非常によろしくない。スターリンは苛立たしげに爪を噛む。


(クーデターを起こした奴は、本物の馬鹿に違いない! 軍隊、共産党、秘密警察……ロシアを統治するにはこの3つは必要不可欠だというのに!)


 偉大なる祖国、ソビエト連邦は多様な文化を内包した多民族国家である。もし秘密警察という枷を失えば、それぞれの民族は己の利益のみを求めてバラバラに動いてしまう。そうなれば祖国は分裂し、国外の敵から身を守る術は無くなる。


 その結果が、あの忌々しいロシア内戦だ。相次ぐ戦争と工業化の遅れによって、あの時ロシアは危機に瀕していた。それを正すべく立ち上がったのが敬愛する同志レーニンらボリシェビキであり、人民は一丸となって祖国のために団結するべきだったのだ。


(しかし西側のブルジョアジー共に誑らかされた一部の者は私利私欲に走り、あろうことか外国の軍隊を招き入れるまでに堕落してしまった! 己の民族だけが豊かになれば、他の人民はどうなってもいい……そんな偏狭なナショナリズムが、卑しい売国奴を生み出したのだ!)


 5年にわたった長く悲惨な内戦は、母なる祖国ロシアを荒廃させた。弱体化した祖国が列強の植民地にならずに済んだのは、我々が団結して帝国主義勢力に立ち向かったからに他ならない。党は権威で、秘密警察は権力で国内をまとめ上げた。


 そして国家が巨大な暴力装置であるとするならば、それを国外の敵に向けるのが軍隊であり、国内の敵に向けるのが秘密警察である。



「ニコライ、いつまで寝ているつもりだ。体調に問題がないなら、すぐに着替えろ。時間がないぞ」


 壮年男性の不満げな声で、物思いに耽っていたスターリンの思考は中断される。振り返れば、豊かな顎鬚を蓄えた壮年男性が不審そうな目でこちらを見つめていた。


「……ニコライとは誰の事かね?」


 聞き間違いでなければ、この男は儂の事を『ニコライ』と呼んだような気がする。さすがにソ連の支配者たる書記長を人違いした訳でも無いだろうが、念のために聞くと呆れたような嘆息が帰ってきた。

 

「ニコライといえば、お前しかおらんだろう――――ニコライ・アレクサンドロヴィチ・ロマノフ……我らが皇帝ツァーリ


 

 聞き捨てならない単語が聞こえたような気がする。儂の記憶が正しければ、この男の言葉に該当する人間は一人しかない。


 かつて自分たちが憎悪し、怒りの矛先を向け、挙句の果てに惨殺した宿敵。無能な戦争指導で国家財政を傾け、偉大なる祖国ロシアを衰退させた張本人。



 その瞬間、経緯こそ解らないが自分が何者になったかを確信した。ああ、今の儂はもはや『鉄の男』スターリンではないのだ。


 ―――ロシア帝国最後の皇帝『ニコライ二世』だという事に。


 

 そこまで思い至ったスターリンは、ある重要な情報を聞きそびれていた事に気付く。


「……ところで、今日はいつだね?」


 

 すると老人は「そんな事も覚えとらんのか」と言わんばかりに鼻を鳴らし、重々しい声で告げた。


「1914年の7月28日だ」


 それを聞いて、スターリンは再び倒れそうになった。



 第1次世界大戦の引き金となった「サラエボ事件」、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子フランツ・フェルディナントが暗殺されたのがちょうど2か月前のこと。


 つまり――。


「今日、オーストリア=ハンガリーがセルビアに宣戦を布告した。お前はそれを聞いて卒倒したのだ」



 それはある意味で、死刑宣告にも等しいものだった。


 もうすぐ戦争が始まる。結果としてニコライ二世を死へと誘なった、全ての戦争を終わらせる戦争………第一次世界大戦が始まるのだ。

                    

「帰ってきたヒトラー」のロマノフ朝版みたいな感じで。


拙作ではありますが、楽しんでいただければ幸いです。

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[良い点] いきなりヨシフおじさんの偏執狂ぶり描写がずるいくらい面白過ぎる [気になる点] 壮年男性って皇帝の叔父かなんかですか? その後この人の描写ないようなので気になりました まあ二話以降一切関係…
[良い点] ソ連の事がある程度書かれている [気になる点] スターリンがニコライになった事に気づく下りが雑過ぎる読む気が失せる最初に読みたいと思わせる事が肝心 [一言] 頑張って
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